酷い夢を見た。
気が付くと自分はお菓子の家に居た。
壁はビスケットで出来ていて、テーブルはクッキー。
椅子はマシュマロだし窓ガラスはキャンディ。
別の部屋ではベッドが綿あめだったしテーブルランプもゼリーのようだった。
それはまるで童話に出てくるお菓子の家そのものだ。
はじめこそとても嬉しい夢だった。
想像で膨らんでいたお菓子の家をまさか見ることができるなんて。
…衣類は魔女である時の姿だ、つまり今この夢の中では自分はお菓子の家に住んでいるのだろう。
そう考えるとさらに嬉しくなって今度は外見も見たくなった。
まだ見ていない部屋はあるけれど先に外に出ようとして玄関へと向かってドアノブに手をかけた。
回す。
回す。
がちゃがちゃと回す。
…いくら回しても開こうとはしない、鍵はかかっていないような感覚がまた奇妙だった。
――カンッ、カンッ。
困ったなぁと悩んでいるとふいに音が聞こえてきた、それはまるで鉄を叩くような音。
方向から察するにまだ見ていない部屋からの音だろう。
その音は不愉快、というよりかは不安を掻き立てるような、そんな感覚だ。
最初は少しどうしようかと悩んでいたが、音は鳴りやむことはない。
仕方なく部屋へと向かい、音の発生源を確認することに決めたのだ。
ゆっくり、慎重に、近づくにつれて次第に音は大きくなる。
しばらく歩いてようやく音の発生源であろう部屋の前にたどり着く。
扉の前に立つと夢の中なのに酷い動悸を感じるような、そんな気がした。
入りたくない、この部屋は自分にとって恐怖の対象である。
頭で思っているのに、身体はドアノブに手をかけている。
…ここで引き返せば、まだ幸せな夢のままで終わることができたかもしれない。
だが、意思と反してドアを開けてしまったのだ。
…部屋の中はどうやらキッチンのようで、特に目を引くのは人さえ入りこめるような大きなかまど。
そして壁の一角、そこに別の空間から引っ張ってきたかのような異質なそれはあった。
――牢屋だ、キッチンの中に不自然な牢屋があった、それに中に誰かが居る。
その誰かが鉄格子をずっと叩いていたのだ、音の正体はこれであった。
一体何者なのだろうかと、確認し。
…息が詰まった。
――牢屋の中にいたのは自分だった。
思わず飛び起き、ようやく夢は終わりを迎える。
体中にぐっしょりとかいた冷や汗が酷く心地悪く感じた。
息が荒い、しばらくぎゅっとお肉のクッションを抱っこして気持ちを落ち着かせる。
…しばらくしたらようやく落ち着いて時刻を確認する。
午前4時ぐらい、起きるには少し早すぎる時間帯だ。
それでも二度寝はあまりいいとは言えない、その身を起してまずは汗を流すためにシャワーへと向かう。
さっぱりと身体を流して身を整える。
いつもの服に着替えて身だしなみを整える。
今日の朝食はお米にしようか、必要な分を炊飯器にセットをする。
あらかた終えて日課のジョギングへと出かける準備を始める。
と、本棚に入っているふと一つの本が目に付き、それを取り出す。
『ヘンゼルとグレーテル』
とある洋菓子店で見つけて買ってきたものだ。
それを最初に見つけたとき、ひどく興味を惹かれてしまった。
その内容こそ知ってはいたが、それでも周りを忘れてしまうほどあの場で読み更けてしまった。
今日見た夢はまるでそれに状況が似ているようでなんだか不気味であった。
あれはまるで自分が兄妹を食らおうとして悪い魔女にように扱われていた。
…違う、首を横に振って自ら否定をする。
ふと、洋菓子店の店主さんともし自身がお菓子の家に住んでいる魔女だったらどうするか、なんて話をした。
彼女が「兄妹と幸せに暮らす」と答えたときはなぜだか嬉しくなった。
自分もまた同じだ。
みんなで一緒にご飯を食べたり遊んだり、そして幸せに暮らす事、それがきっと一番なのだ。
いつか立派な魔女になって、お菓子の家を作って暮らすことになったら快く招き入れてあげよう。
…と、ついつい物思いに更けてしまったが、はっと我に返る。
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アメミヤ 「…よし!」 |
今日は少し早起きした、ちょっと遠くまで走っていこうか。
玄関へと向かい、靴を履く。
扉を開けて外へと向かう。
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アメミヤ 「いってきますであります!」 |
部屋に他の誰かが居るわけではないが、癖のように口にする。
そして今日も一日が始まるのだ。
牢屋の中の自分は、自分を見て酷く驚愕していた。
自分も同じだ、こんな事がありえるのだろうか。
これではまるで、自分が人を食らう魔女のようではないか。
それも、自分自身と同じ姿をした者を。
不気味だ、気持ち悪い。
夢の中なのに動悸が激しい。
この場から離れたい、そう思うのになぜかこの場から離れようとしない。
…頭が痛い? 吐き気がする? 夢の中なのに?
酷く現実感のある夢、起こっていることはこんなにも現実離れしているのに。
激しい不快感に頭を悩ませていると、不意にごう、と燃えるような音がした。
ふと、頭を上げてみると、目の前には大きなかまどが口を開いている。
そこから溢れる熱気が妙にリアルだった。
――怖い、それを間近で見たとき、どうしようもない恐怖感に包まれた。
まるで灼熱の炎が自分を包み込んでしまうかのような錯覚、早くここから離れたい。
今すぐ振り返って数歩歩けば部屋の外だ。
そう思った矢先。
――とんっ、と背中を押され、自分の身体が宙に浮く。
そのままかまどの中へとその身は投げこまれ、その蓋が閉じられた。
…熱い、本当にそういうわけではないが、そう感じてしまうのだ。
嫌だ、早く出してほしい、すぐに蓋をどんどんと叩こうとする。
…が、その行為は為されることはなかった。
蓋の中心は窓になっていて外の様子を見ることができた。
そしてかまどの前に立っていた人物を見て、頭が真っ白になる。
――自分だ、牢屋に閉じ込められている自分とはまた別の自分が背中を押したのだ。
…酷く怯えた顔をしていた、それだけは覚えている。
刹那、そのまま灼熱の炎の中で意識は途切れてしまう。
それで今日見た夢はおしまいだ。

[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――