
先生が居ない。
それだけで、私の心を乱すには十分だった。
この場所に先生は呼び出されなかった?
私なんかが呼ばれているのだから、先生が居ないはずがない。
何の力も振るえない、私なんかが。
すぐに連絡をくれて、『大丈夫だから』って、『全部任せておけ』って。
これまでだって、そうだった。
けれど、その姿を見せてくれることも、連絡をくれることもない。
オニキスの黒猫に祈る。
しつこいほどに、何度も。
向こうへと繋がる感覚はある、けれど返事は返ってこない。
もうなにもわからない。
どうすればいいのかもわからない。
だから、私に出来ることは……。
泣いて、叫んで、誰かに縋る事だけだった。
手鏡に映る、自分の姿をしっかりと確認する。
記憶にあるものと相違ない、それを。
しっかりと。
別の場所で過ごした記憶が存在しているというわけでもなかった。
ならばそう、自分はアンジニティの者ではないイバラシティの人間だと確信が持てる。
それ以外の事はともかくとして。
ならば、次に確認するべきはあの街で共に過ごしている友人達。
視界の上に映る、『Cross+Rose』の文字。
これを使うことでこの場所に呼ばれた人間と連絡が取れるようだ。
連絡先としていくつか、見知った名前が見つかる。
この中に居ない名前は、こちらに呼ばれていないイバラシティの住人だろうか……それとも。
連絡先の中、一つの名前を選択しようとして迷う。
もし、返答がなかったら。
もし、返ってきたものが別の姿だったら。
もし、あのままの姿で別の誰かだったとしたら。
思考が恐れを纏い、ぐるぐるぐるぐると巡る。
でも……。
それでも。
声が、声が聞きたい。
あの街で、聞きなれたその声を。
ペットボトルの水で口を濯ぐ。
まだ、喉の奥に苦みが残っている。
だるい、しんどい。
つらい。
なんなんだあの次元タクシーという乗り物は。
しかも、なんだ次元酔いって。
わけのわからない場所に放り込んで、わけのわからないものに乗せて、わけのわからない酔わせ方をするんじゃない。
それにあの運転なら次元とか関係無しに酔うわ。
自分の服装を見る。
馬鹿か、俺は。
馬鹿だったわ、俺。
今から呼び出される前に戻れるのなら、配信など殴ってでも止めるのだが。
こんな姿で知り合いに連絡など取れるわけがない。
……ま、大体がアンジニティだろうが。
あんな出来たやつらがそうそういてたまるか。
そんな奴らが、俺なんか構うものか。
ちょっと弄って調整、感覚同期。
うん、オッケー大丈夫。
ちゃんと痛がってるね。
痛覚が遮断なんてされてたら興ざめだからね。
あー、イタイイタイ。
この痛みを味合わせられてると思うと、たまらない。
うん、もっと痛くしてあげるからね。
楽しみだなぁ、楽しみでしょう?
っと、なにこれ……連絡?
ああ、同期してるから見えちゃうんだ。
これからが良いところなのに、興ざめだなぁ、もう。
へー、へぇ、ふーん。
かわいい生徒達じゃない。
せっかく連絡くれたんだから、ちゃんと返信してあげないとね。
んふふふ。
大丈夫大丈夫、この子たちにには手出しはしないから。
だから、そんな目で見ないでよ。
なにかしたくなっちゃうでしょー?