
暗い。
暗くて、赤い。
……ここは
「………え?」
意識がはっきりとして、自分が知らない場所に立っていることに気付く。
不気味な色の空や土。温度を感じないのになぜか冷やりとする空気。
イバラシティであって、イバラシティではない場所。
ハザマ。
侵略戦争の舞台。
「な……ぇ……」
以前に夢で見た光景と同じだ。
なんとかっていう世界の人達が、自分たちの世界を侵略しようとしているという…
まるで漫画のような、おかしな話。
ただ、妙にリアルではっきりとした夢で、しばらく心の片隅に置いてあった記憶だけれど…。
「……」
目の前の景色は、今度こそ現実だった。全身の感覚が、夢なんかじゃないって訴えている。
「ね、ねえさ……」
あたしの服の袖を、誰かが掴んだ。
一瞬ビクリと体が跳ねるが、その声と姿を確認すれば安堵の息が漏れる。
「かのん……」
音和かのん。あたしの弟。
女の子みたいに可愛い整った顔を不安でいっぱいにしながら、
小動物みたいに小刻みに震えている。
ひとりでこんな変な世界に放り出されたわけじゃないとわかったのと、
自分より不安げな弟を見て少しだけ落ち着いた。
「……ねぇ、ここって…。ぼく、夢で見たこと…」
「……うん。あたしも、ある」
あたしの返答に目を真ん丸にしたかのんを横目で見ながら、周囲の状況を確認する。
どこを見ても赤黒くて、荒れていて、なんというか…気持ちが悪い。
「……他に人は、いないのかな」
近くに人の気配はない。誰か人を探そうか…。
と、歩き出そうとした瞬間、白南海と名乗る男からの連絡が入った…
。。。。。。。。。。
「ハァ……ハァ……」
白南海の説明を受けていた最中、
急に化け物のような生き物を倒すことになった。
ちょっと何言ってるかわからないと思うけど、あたしもわからない。
あの赤いどろどろとした生き物はなんなのか。
というか一般市民である自分がなぜ戦わないといけないのか。
と、最悪死を覚悟して言われるままその化け物と対峙した。
「ねえさん、大丈夫…?」
息を切らすあたしにかのんが声をかける。
その瞳は異能の影響で薄っすらと赤のようなピンクのような色に光っていた。
このハザマでは異能の力が増幅される…?らしい。
その辺で拾った棒を振り回して対処しようとしていたあたしに、白南海が教えてくれた。
とはいえあたしとかのんの異能なんて、どう考えても戦う力にはならない。
これでどう戦えっていうのだろう…そう思いつつ力を使ってみたら、いつもと挙動が違ったのだ。
まず異能の発動に目を合わせる必要がなくなった。
あとは…うん、言葉では説明が難しい。
それに、色々と試してみないと…まだ自分でもよくわかってない。
まぁ、とにかく…それであたしは化け物をなんとか倒したのだ。
「…はぁ…ふぅ」
心配したかのんに背中をさすられる。少し落ち着いてきた。
まだ怖くて足とかちょっと震えてるけど、大丈夫。
たぶんだけど、これからも戦うとしたらあたしの方だろう。
弟を危険に晒したくないし、あの子の異能は前に出て戦うのには向いていないっぽかった。
本当は怖いし嫌だし、もしかしたら死ぬかもしれないなんて考えたくもないけど。
これでたまにはお姉ちゃんらしいことできるかな、なんて。
「……」
これからどうしよう。情報を整理しながら考える。
ハザマのこと。
アンジニティの侵略のこと。
……友達のこと。
古浄さんは、無事かな。
古浄さんはアンジニティの人じゃ、ないよね。
クラスのみんなは…レイシーちゃんや、イリヤさんは…
自分の知っている誰かが、自分の知らない何かである可能性がある。それがとても怖い。
「……かのん」
傍にいる弟を抱きしめた。
この子が"敵"じゃなかったことが、ちゃんと自分の弟であることが
今になってようやく"良かった"と思えた。
かのんもそう思ったのかもしれない。震える手であたしの背中に手をまわし、ぎゅっと抱きしめる。
少しの間、そうしてお互いの存在を確認しあった。
「……知ってる人、探そうか…」
そう呟いたあたしの言葉に、かのんは神妙な面持ちでコクリと頷く。
怖いけど、確認しないと不安は晴れないだろう。
かのんの手があたしの手を握る。震えは止まっていたけど、不安そうな顔は変わらない。
「手、離しちゃだめだよ」
あたしは珍しく姉っぽいことを言いながら、かのんの手を引いて歩き出した。