「ア゛ア゛ア゛ア゛ァァ…………」
耳障りな呻き声を遺して、異形の者は勝手に死んでいった。
血と泥の匂いがした。
*
昨日──いや、一刻前か。
日常の記憶が入り込んでくるせいで、時間の感覚が狂っている。
兎に角、一刻前に比べれば、周囲を観察するだけの余裕は出来た。
自分以外にも、数多くの人間がこの空間に呼ばれているようだ。
異形の者が潰れた痕も、そこかしこで見られる。
驚くべきは、呼ばれている者達に、なんと女子供の多いことか。
このような血生臭い空間に、彼らの色鮮やかな服装は、何とも場違いに映った。
───────否。
人を見かけで判断すべからず、である。
異能と外見との間に相関関係はない。
そしてそれは、人格との間においても同じこと。
親友や妹の例で、よく知った事ではないか。
彼、彼女達の異能が"世界影響力"に大いに貢献するとして、選ばれた者達と考えるのが筋であろう。
ただ。
ただ、その場合。
場違いであるとされるのは、むしろ。
パァン!
両手で強く頬を叩いた。
下らないことを考えている暇はない。
どんな明日があるというのだ。
過去を悔やむ者に、現状を嘆く者に、未来を憂う者に。
どんな未来があるというのだ!
拳を握れ。
血が滲むまで握れ。
そしてそれをを空に突き出せ。
忌々しい、あの、紅い空に。
暁を告げる
鐘の音が聴こえる
人生において、空は青い期間の方が長かったと記憶しているが、
今となってはこの血の色の方が落ち着くのであるから面白いものである。
空をそのまま模したような、先程まで呻き声を発していた"何か"の残骸を、赤毛の女が踏み付ける。
ぐちゃ、という音を出して潰れたのは、生命であったか、或いは。
「色々ごちゃごちゃ言われたが、つまりは此処に居るもんは何でもかんでも叩き潰しゃいいんだよな?」
「あまりにも極論ではあるけれども、特に否定する理由はないね」
より多くの"影響力"を得た方が勝利。
"影響力"を得る為には相手を戦闘不能にする。
あの案内役が言っていたことは、そういうことだ。
ゆるりと歩を進めながら周囲を見回せば、成る程此処は見慣れた《否定の世界》ではない。
そして先程まで過ごしていた《響奏の世界》でもない。
この祭りの為だけに、何処かの誰かが用意した空間なのだろう。
「…………なんか、あんま嬉しそうじゃねーな?」
「何がだい?」
「何がってお前がだよ。あの世界から出たかったんだろ?」
前を歩きながら、得物の槌を回していた女が振り返る。
「それなら、こんな機会久々じゃねーか。希望が見えてきたんじゃねーの?」
「ふむ」
飛び散った血のようなものを、踏まないように歩く。
足元が汚れるのは歓迎すべきことではない。
「ある種の機会が与えられたということは確かだ。そしてそれと同時に、奪われた機会もある。
それを踏まえると、そこに見えるものを希望であるとするのは早計だと私なら考えるね」
「………………つ……つまり?」
「脱出のための千載一遇の機会を得たことを希望とするならば、
絶念のための随喜渇仰の機会を失ったことは絶望と呼んでも差し支えないだろうということさ」
与えることは奪うこと。
奪うことは与えること。
機会を。
望みを。
罪を。
罰を。
「…………だぁーもう!お前の話はいっつもわかんねぇんだよ!」
「それは勿論、君に理解されることを目的としている場合は、私ももう少し手段というものを選ぶけれども」
「うっせ!そのまどろっこしいのがわかんねーつってんだ!」
肩を怒らせて大股で進む女をやり過ごして、再び空に目を遣る。
あれを映している自分の瞳も今、或いは、血の色をしているのかも知れなかった。
鐘の音が聴こえる
新月のように絢爛で
雷鳴のように静粛な
故郷の鐘の音に
似ている