――side 巽 燈史郎
>> 1:00
荒廃した街を、歩いていく。
いつの間にやら上着を脱ぎ捨てていたらしい。少し、肌寒かった。
最初に何やら言っていた男の姿は、もう見えない。
道を塞ぐものが居た気がする。
……今こうして歩いているというのが、その末路の答えというものだろう。
「……うん」
「うん」
「あぁ、大丈夫だ」
「そちらは平気か?」
「……何かあったら、すぐに声をかけてくれ。駆けつけよう」
通信機、気付かぬ内に幾つも送られていた安否を問う声に返しながら。
歩く。
「……こちら巽燈史郎だ。無事か?」
「返答の余裕がなければ、何か合図でもいい。……どうか……何、か」
祈りごとめいた切実さを、自虐する余裕などありはしない。
何を信じればいいのか。
何をすればいいのか。
分からない。何も。
……いっそ、全てが虚構ならばよかった。
“俺だけが皆の敵ならばよかった”。
俺は笑って消えただろう。
光を求めやってきた、愛すべき隣人達へ全てを譲っただろう。
――恐ろしいのは。
――奪われることでは、ない。
誰が、侵略者であったのか。
……少なくとも。己にとっての“日常”は。
この戦いの結果如何に関わらず、喪失される。
「(どうすればいい)」
“勝てば、失う”。
“負ければ、失う”。
……自分一人の中で完結することすらこうなのに。
侵略する者、抗うもの、その二元論ですらない複雑な勢力図は既に描かれている。
解決できる問題など、眼前にはない。
正解など、ない。
「(誰の味方をすればいい)」
どちらにも、大切な人が居た。
「(どの決着が望ましい)」
どちらを望む意志も、切実で、必死なもの。
「(俺は、どちらを望んでいる?)」
“どちらも”であり。
“どちらでもない”。
「……ぁぁ゛あぁあああ゛あア゛ッ!!!!」
頭を掻き毟る。
感情の高ぶりとともに暴発した異能が、暴虐の力場となって周囲を薙ぎ払った。
分からない。
分からない。
何も、分からない。
「……死ね、ない」
正解など見えない。
“自分がどうしたいか”もわからない。
ただ。
―――あたしは、君とずっと一緒にいたいよ。
少なくとも。
“自分の存在”というものが、“己の幸福”に必要な人間が、存在する。
「死ねない」
闘いたくない。
「死ねない」
人の願いを、挫きたくはない。
「俺は、死ぬわけには、いかない」
それでも。
「――約束、したんだ……!!」
“いつか”はもう、叶わない。
その一事すら、己の心を折るには容易い現実で。
それでも――
――では、その為に別の友人の願いを壊せるか?
思考の袋小路に、心が螺じ切れる前に。
“幸いにも”、見知らぬ人間が、敵として現れた。
「(……あぁ、すまない)」
これは、ただの八つ当たり。
巡り巡っては、結局それが“敵側の身内”と闘うことになるとしても。
・・・・・・
今は、丁度良かった。
――side ■■■
>> 0:00
……、……
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■■ 「……うわけでシロナミで……なんて……で……どねぇ……」 |
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■■ 「……て……何が……」 |
……シロ、ナミ……
…………あぁ、アイツが居ない。波音が聞こえない。……今度は何処まで歩いてきたのか……
―――終わらない夢を、見ているようだ。
―――色々なものが抜け落ちて、矛盾して。
―――それを自覚もできないまま、体裁もバラバラな物語は、進んでいく。
行かなくては。
微睡む意識に、ただそれだけが、残っている。
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■■ 「……でもって……何かおいでなすった」 |
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■■ 「「何か、って……う、うわぁ!?」 |
眼前に、男が二人。……何かだうわぁだとご挨拶だな。
「ァ゛、ア……」
……起き抜けに皮肉はキツかったか、最後に話したのがいつかも覚えていない。
億劫になった。素通りしよう……
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■■ 「うっわ、キメェですね……これからこんなのとやり合うのかと思うと……」 |
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■■ 「まぁでも、やっちまう相手としちゃー……いや、待てよ、こりゃあ……?」 |
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■■ 「く、くそ、よくわかんないけど……侵略なんて、させるかよ!」 |
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■■ 「待ってください、コイツ、」 |
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■■ 「胸糞な説明は十分だ! 闘えばいいんだろ、俺だって……!」 |
……? 邪魔だよ、退いてくれ。
行かなきゃいけねぇんだ……あぁ、そう、頭が回ってきた。
誰かに……彼女に、逢いに……
あぁ、そう。
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■■ 「……冗談でしょう、何ですアンタ……」 |
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■■ 「あぁ、いや。どうぞどうぞ。私、未だお仕事ありますんで。何処へなりと御勝手に」 |
ナレハテ……?
血の色をしたどろどろのなにか。
……纏っている襤褸は、道着と袴だったのだろうか。
……こちらはどうやら邪魔する様子もない。
胸を焦がす焦燥に反して、あまりに緩慢な動きで。それでも、前へ。
―――
――
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>> 0:32
「……こんなとこでまで、オマエの相手をしなければならないのかと思ったよ」
「……悪かったな」
「足りないね。こっちは連れがいるんだ。誰彼構わず襲う怪物に、わやにされたんじゃ堪らない」
「……悪かったって……」
「4、5年振りに呻きと一刀以外を吐いたと思えば、言うに事欠いて“乗せてくれ”だと。厚顔も此処まで極まれば笑い話だ」
「……言いつつ、乗せて、くれるんだもの……」
「途中までだ。俺にも寄る所がある」
けほ、と咳き込む。
今度はそんな長いことトんでいたのか。道理で色々億劫だ。
……コイツが居たのは行幸だった。遠くからでもよく見える。
「……どういう、風の吹き回しだ」
「何が」
「お前は俺とは違う……他所様の、世界に、用なんて……無いはずだろう」
「……さてな」
鼻を鳴らす――と、それだけとっても大事である。
海の魔物
怪物の背が、地震のように揺れた。
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ナレハテ 「……少しは、荷を気遣え」 |
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海の魔物 「落ちてしまえ、馬鹿者」 |
決して快適とは言えない、波に攫われるような空の旅。
>> 1:00
「……ふ、くく」
「なんだ、気持ち悪い」
「……いや……」
――俺は、俺だ。お前じゃねえ――
――お前のそれは、俺にくれてやる程安いもんかよ――
己でない、己が吠えていた。
「……叱られたのは、何時ぶりかな」
……そうだ。お前は、お前だ。
あり得たかも知れない、俺が成し得なかった道。
孤独であることにすら気付かず、道化を演じ続けた俺と。
孤独であることを受け容れ。己を肯定したお前と。
……惜しくは、ない。違う道を選んだのだから。
それでもきっと。あの頃の俺が、望んだかも知れない道だったから。
俺
「……アイツが、拾ってくれてよかった」
「……そうか。……らしくもない……」
らしくもないな、と。……重ねる言葉は、自分にも言い聞かせるようで。
「お前は、後悔してるのか?」
「かもしれん」
「……さよか」
追求はしなかった。
……“悔いのない生き方”など。それこそ理想とも言える、“あちら”でも出来ていないのだから。
「今更……後戻りなど、できん。できてもせんがな」
俺は俺らしくやらせてもらうだけだと。
そのらしくない感傷と、“らしい”物言いに、ただ笑った。
しばし、なだらかに風を切る音のみが場を満たす。
「……“オマエ”、まだ聞こえるのか」
何が、と問うこともない。
「あァ。……熨斗付けて返してくれたよ」
――
……ちりん。
目を閉じれば、今も。
頼りないような微かな音色はしかし、風の音にも妨げられることはない。
「……"良い音"だ」
短く、されど確かに、鯨は聞き入るような吐息を零す。
……荒波と怨嗟、呪詛の渦中で。
音の届かぬ沈黙の海から、ついには否定の世界に堕ちた。
海洋の悪魔に……この音は、どのように聞こえるのだろう。
「“俺”にはお気に召さなかったようだがね。……それでいいんだ、俺のだから」
栓もない思考を打ち切るように、手痛い一撃を思い返す。
どれ程手を焼かされたのか、その記憶を辿ればよく分かった。
「ざまぁみろ」
グラグラと揺れるような、珍しく愉快そうな声が聞こえる。
「その図体で笑うんじゃねえよ、頭に響く……」
振り落とされぬよう苦心しながら。
「お前の方こそ、大概じゃねえか“白波白楽”。えぇ?」
仮初の日々。“間明蓮”の記憶を辿り、意趣返しにと口に出す。
「鏡写しだ。……正確じゃないな。最中と言おうか」
沈む
「いずれ、俺に至ると?」
「かもな。けど、そうじゃないかもしれない」
ただの鯨が、信仰と成り上がり、呪いと成り果てたように。
在るが儘。……ただそれだけの在り方が、どうしようもなく。
「“他人から見たあの子”は今も、重くて、多い。……行き着く先は、あの子と周り次第さ」
「…………」
……一笑に付すかと思えば、なにやら黙り込む。
「俺はな」
「アイツを一度、完全な"底"まで沈める」
「……物騒だな」
その言葉は、それこそ地鳴りのように、低く、重かった。
「お前に言わせれば、“アイツも俺”だからな」
「……ただ。同時に"期待"をしたのかもしれん」
三度、どうしようもない話だ、と。自重めいて。
それをやはり、似た者同士だと、そう思う。
「……どうせ、切って捨てることもできねぇんだ」
理解できず、肯定もせず。けれどしかし。
この鯨は、仮初の"白波白楽"という存在を、無視しきれないでいる。
「応援くらいはしてやれよ。遠く遠くでも、手前だろ」
「……考えておこう……」
それきり、会話は途切れて。
思考の海に浸る鯨と共に、また進んでいく。
―――
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>> 1:47――to ENo.671