「急に両親が"お前は俺たちの子供じゃない"とか"私たちの子供を返して"とかって騒ぎ出して……」
「苦しむのは『執着』しているからです。」
「お互い、ヒーローにはなれなかったわけか」
「…はい、殺人鬼のトーシロー君への制裁かんりょーっと。」
「人を殺したという事実そのものは変えようがありません。」
「人を疑いなさい、根拠のない信用は、疑うより失礼なことよ」
「アイツもキミも罪の大きさは変わらないよ。」
「他人への執着を捨ててしまえば、その苦しみも薄くなるとわたくしは考えるのです。」
「そうだなトーシロー君は……ロクデナシだから"ロック"で」
「…大の男がクヨクヨしてるんじゃないよ、トーシローとやら。もう全部知ってしまったつもりかい?」
「その立場だからこそきっと見えてくるものもあると思うんです。」
まったくふざけたハナシだ。
あっちの俺は,アンジニティの糞共のコトなんかほとんど何も知らねぇ。
それなのに,気付いちまったんだ…………。
隣に居るやつが,化け物かもしれねぇって………しかもソイツらにゃ,その自覚も無ぇんだって。
このままじゃ,何を信じていいのか,分からなくなっちまう。
大切なダチだと思う裏側で,化け物かもしれねぇってビビっちまう。
だけどソイツにゃ自覚が無ぇんだ。どうすんのが正解なのか,分からねぇ。
こっちの俺は単純に考えられっけども,あっちじゃそうもいかねぇ。
ぶっ殺した4人のコトも気にしちまぁし,自分に先が無ぇのも分かっちまってる。
この侵略だとか何とかってのが片付くよりも,向こうの俺がおかしくなっちまぁのが先かも知れねぇな。
…………………………─────
「………ごめん。」
ハザマを歩く道すがら,リンカが小さくそう呟いた。
「……………何がだ?」
アンジニティの糞共にトドメを刺すのを止めたことか。
内心にはそう思ったが,どうやら違うらしい。
「………侵略者達とやり合う前,ここの住人らしい連中とやり合った時…あいつらが,妙にバケモノじみて見えた瞬間,あったでしょ。」
妙に言いづらそうにするリンカの表情を見て,それからその言葉を聞いた。
登志郎にとってそれは,確かに気分の良いものではなかったのだが,殴り倒してしまえば同じこと。
「…お前か,アレを俺に見せたのは。」
登志郎の言葉に,リンカは俯いた。
「ナレハテだけじゃなくて,アンジニティの侵略者まで「化け物」って決めつけた。そう「確信した」人を,あっちで殺しもした。
…そんなアンタなら,「目の前の敵が少しおどろおどろしさ割り増しに見えても」退かない…ううん,寧ろ弾みになると思った。」
至極真っ当な考え方だ。リンカと登志郎は古くからの知り合いや友人というわけでもない。
だとすれば,下手な応援をするよりも,ずっと効果がある。
事実,登志郎が握る鉄パイプには力が入り,化物に深くめり込んだのだから。
だから,リンカの行動を咎める理由も,それを非難する理由も,登志郎には一切無かった。
「…ま,お前が俺より賢いアタマで考えた作戦だったんだろ?
俺をビビらしてぇとかそーいうのだったらちぃっとムカ付くけどよ,そうじゃねぇんだろうし……許す。」
「いや、ちょっと、そんな軽くちゃダメじゃない!?」
「軽く?さっきも言ったけど作戦だろ?
お前こそ,なんでぇ,そんなコト気にしてやがったのかよ。」
登志郎は楽しげに笑った。今は,生きるか死ぬか,そんな場面だと思う。
それなのに,こんな些細なことを気にするリンカがおかしくも思えたし,別に何か理由があるのではとも思った。
「………だって,あたしはアンタにドツキ合いメインで押しつけて…
アンタは人殺してるし,色々荒いし,あんまり頭よくなさそーではあるけど………そんな…人でなしとかじゃ,ないのに。暴力を,加速させる方に,煽ったりして。…それが,あそこまで,すごいことになって…
………ヒキョーじゃん,そんなの。闘う気でいるのは,あたしも同じなのに」
卑怯。リンカの口から出たのはそんな言葉だった。
言うなれば,安全なところから火に油を注いだようなものだから,それを気にしているのだろうか。
けれど,結果はリンカの目論見通りだったのだ。ほかに,どうしようというのだろう。
同じことをやってほしいわけではなかったが,自分の後ろで守られることを気にするようになっては,少しだけ都合が悪い。
リンカを危険な目に遭わせるわけにはいかない。
そう思うのは,イバラシティでリンカを驚かせてしまった償いなのか,それとも弱いものを守ろうという登志郎の矜持なのか。それは登志郎自身にもよく分からなかった。
「…お前はアレだろ,どうしたら勝てんのか考えてそう動いてんだろ?
だったらそれで良いじゃねぇか…どうせ敵はみんなぶっ潰すしかねぇんだ,どんだけ煽ってくれたって構わねぇよ。
ったく,気が咎めるとか何とか言ってっけどよ,そんなコト気にしてる場合じゃなくね?
俺がお前のダチだってんなら別だろうけど,さっきそこで出会ったばっかしだろ?
俺ぁほれ,相手をぶっ倒せんならそれで良いよ,だから好き勝手やってくれ。」
いずれにせよ,少なくとも当分は,こうして二人で戦っていくことになるのだろう。
だから,リンカがいつもこんな風に気にしてしまうのでは,苦しいだろうと思った。
いっそのこと,使い捨ての盾ぐらいに思ってくれれば,それが一番気楽だとも思った。
「………だって。自分のズルさを突きつけられるみたいでうんざりするんだもん…」
「ズルさ…ねぇ。」
登志郎には,まだリンカの言葉の真意は掴めない。けれど,それでも先に進まなければならない。
アンジニティの糞共とは言え,4人も殺した自分はもうきっと“普通の生活”には戻れない。
けれどリンカはまだきっと,戻れる……そのはずだ。
それならば,今ここで自分にできる事は,リンカを“普通の生活”に戻すこと。
きっと,そのくらいだろう。
何の異常性ももたないまま,異常な殺人犯となった登志郎は,
まだ“普通の生活”に戻ることのできるリンカが羨ましかったのかも知れない。
そしてそれを,壊してはいけないと,思ったのかも知れない。
二人の不思議な旅は,続く。