【――ハザマにて】
1:00~2:00
――長針が時刻を告げる。
きっかりとした一時間を知らせる歯車の音。
次の時刻へと短針が示そうとする瞬間に。
凡そ二十日分の記憶が、秒で、全て流れ込んでくる。
二十日分の記憶――時間にして480時間、分にして28800分、秒にすれば1728000秒。
その記憶が、僅か数秒の時間を使って流し込まれる。
増してや、自分が見て感じた〝情報〟だ。
映像として、感覚として、感情として。
匂いも味も、痛みも心地よさも。
その時に感じた想いも、願いすらも。
無遠慮に、全てが押し寄せてくるのだ。
正直、これはこんな最中に受ければ多くの物が混乱するであろう現象だ。
具体的な話だが、これは「文字だけの」容量ではない。
映像と音声、其れだけじゃなく、五感を通して伝わった物も送られてくるのだ。
それが480時間分とすると、現代の記録媒体での容量とすればどれだけのものになるか。
考えると負担が大きいとしか思えない、この記録の受信の瞬間。
タイミングが悪ければ、最悪致命的な事にもなるのだろうけど――
そこはきっと各々によるのだろう。
だからこそ、自分も――何の影響も無く、それは受け入れられた。
水瓶の中に注ぎこまれる水の様に、難なく、すんなりと。
わたし
私という〝器の在り方〟を証明する様に、それは綺麗に収まっていく。
ただ、それは――
「……っ、そっか。記憶は記憶でも――」
日常の記憶だってあると言う事を頭の中で理解していても。
「っ、これはちょっと……
恥ずかしい、のだけど」
血が上がり、見る見る間に、身体に、熱が回っていく。
胸が切なく、苦しくなるような、そんな感情が胸の内を一杯にしていく。
回りは安全、共連れがいるからこそ、
多少が気が緩んでしまうのは仕方ない……といい訳をしておきたい。
(今、私はどんな顔をしているんだろう)
これだけ上気しているのだ、きっと顔は耳まで赤いだろう。
座り込んだまま、顔を覆い隠し、深く深く、呼吸を繰り返す。
正直に恥ずかしい。恥ずかしいけど、嬉しいし、満たされる。
自分でも、こんな風に想えて、
恥ずかしさに動悸がするなんていうのは
(うん、それに。そっか、進む事を決めたんだ)
自分の隣にいる少女の事を想起すれば、
ほんの少しの不安が胸を締め付けるも、直ぐに消え失せる。
一度目は、幼い時に。
二度目は、私一人が目を覚ました時に。
そして、今度は――
私が貴女の手を、引く番なのだから。
二度と、もう、その手を離さない様に、零さない様に。
立ちあがり、呼吸を深く一度だけする。
「――よし。いきましょう。
その為に、まずは大切な人の居る世界を守らないといけないんですから」
ーーただ、もう一つだけ。
それとは別に気掛かりな事がある。
姉のーー楔奈の事。
私が助けようとした姉に、かえって命を救われ、代わりに死んだ人。
私の半身のような大切な人の一人。
あの時の、スガタミカガミから現れたのは姉さんであること。
あの日、あの時の、死んでしまった時の姿で在るという。
会いたい。会って抱きしめたい、抱きしめられたい。
私と姉さんと〝ティーナ〟と手を繋ぎあったあの日を少しだけ想起する。
決して、今の在り方を、今について後悔など微塵もしていない。
私の選んだ道も、あの人と共に進むことを決めているのだから。
叶わないけれど、また昔の様に三人でーーーー
ーーーーあの二人の続きを見届けたい。
私の願いは、ただそれだけ。
道具
〝お前達は、器なのだから〟
〝誰かを求めてはいけない〟
〝何かを求めてはいけない〟
〝ただカミサマを容れるべき『器』でないといけない〟
〝だから、伽藍堂のままでいなさい〟
繰り返される言葉。
姉と私を器で在ろうとさせる為の言葉。
呪いにも似たような言葉。
余分な要素を持たせないように。
余計な感情を育てさせないように。
わたし達の事を無視する〝母親〟と
私達を厳しく鍛え上げようとする〝父親〟と
物を扱うように接する血縁者達。
道具として造り上げるための抑制。
其れでも、今の私とわたしで入られたのはーー幼い時に出逢えたあの子のおかげだった。
ーーこの日から先は日記が途切れている……。
2月■■日
『ここ最近、ずっと夢見が悪い。
あの日からだ。
きっと、あれに触れてしまったからだろう。
目を瞑り、意識を落とすたびに、あの時の夢を見てしまう。
理不尽な暴威に巻き込まれた多くの命。
わたしを庇おうとして、巻き込まれた妹。
その身体は無残に引き裂かれ、あまりにも簡単に命を散らす。
惨い、赤色の悪夢。それを繰り返し、繰り返し見ている。
半分以上は精神体にも近い私には、宜しくない状況だ。
兎に角、夜より日中寝ていたほうが、負担は軽くなる。
少しでも休息を取りたくて、リビングに寝ていた時にーー
とても、とても、懐かしい温もりと、匂いがわたしに触れた。
もう、二度と会えないと思っていた。
帰りたくても、帰れなくて。
伝えたかった想いも言葉も告げられないまま。
ーーねぇ、君なの?』
2月■■日
『玄樹くんに、久々に会えた。
まさかわたしに会えると思って、近くのハーブ園まで来ていたとは……
ちょっと驚きである。
色々、話を聞いた。
つい、その言い分にカッとなってしまい、言い合いになってしまった。
ーー結論だけ。
少しずつでも、わたしが、変えていく。
望まれなくても、わたしが望む限りは、わたしに付き合ってもらわないと。
君がちゃんと幸せに生きていける様になるまでは、
掴んだ手を、離すつもりは無いからね、玄樹くん』
2月■■日
『廃校港でまさかあんな目にあうなんて…。
我ながらよく生きてるーーいや、死んでるのだけど。
正直、詳細はあまり書きたくない。
こんなことありえるの?というくらいの事故だ。
ドローンに大量の爆発物が積まれていて、落下。
運悪く大爆発した。というところだ。
そもそも、何でそんなものを積んでいるのか。
まぁ、気になってちょっかい出したわたしもわたしではあるけども。
当然、避けれる位置にはいなかった為にまともに爆発を受けた。
瞬間的に痛覚に〝楔〟していてたので、痛みはないものの
身体はボロボロになるのまでは防げない。
あれだけの大爆発だ。当然、人は集まる。
思いの外、早いのも驚きである。
親切な人たちが、介抱してくれたけどやっぱり効果が薄い。
分かってはいたけど、
とりあえず、天使さまとトウシロウさんのお陰で助かった。
あの傷具合からすると、ティーナへの負担が少し気になるけども……。
嗚呼、それに。今度、彼にはお礼をしないと……。
兎に角、暫くは屋敷内で生活する。
直してもらったとはいえど、少し調子が悪い。
……ところで、あの港、本当に呪われているのだろうか』
2月23日
『少し間が空いてしまった。
この日、くーちゃんに遊園地に連れて行ってもらった。
ーーまぁ、デートみたいのものになるのかな。
遊園地自体は初めてだ。
正直、ちょっと想像していたのとだいぶ違ったけれど。
設計した人は何考えているのか、コレガワカラナイ。
楽しいからイイけども 。
異能者の遊園地ってこんなもんなのかしら。
あと、ご飯食べて外に出てたら、何回施設が増えてました。怖い。
……途中、少し問題があったけど。
くーちゃんの方は大丈夫そうだ。
わたしの方は……なんとも言えない。
腰が抜けたけど、それどころじゃなかったし。
何というかピンポイントで人のウィークポイントを突いてくるのは
わたしの運が悪いのか、何なのか。
色々困る。
その後、一杯話した。
わたしの事も少し知ってもらった。
……きっと、大丈夫だもおもうけれど。少しだけ、怖いとも感じる。』
2月7日
『……まさか。天使さまが顔を出すとは思えなかった。
まぁ、わたしは元から多少なりとも見えていたのもあって、単独で姿を見せるのも不可能じゃないのかもしれないが。
正直、暇、なんですね?
……天使様はわたし達の母親の様な人。少なくとも、育ててくれたといっても、嘘にはならない。
それくらいの人。
だから、正直、久々に顔が見れて、お話ができてよかった。
色々、天使さまは隠してる事も多いけど、それでも。
ーー大好きだよ、天使さま』
2月■日
『この日、気分転換にお散歩に出ていたら。
黒羽のペット……じゃなかった。
なんて言うべきなのか……憑いてる死神と出逢った。
……なんかこの表現も違う気がするけども。
コンビニの前で、自動ドアが開かなくて困ってるところを
助けてくれた。
ついでに肉まんと、ミルクティーまで奢ってもらった。
……断じて餌付けされてるわけではない。ないのだ。
そのあと、ガラクタ山に連れて行ってもらった。
重機の上なら眺める風景はとても綺麗で、
見下ろす形で見えた物は少し寂しさを感じた。
ーーあの日、〝私〟の中から見ていた
最期の光景に似た落陽。
わたしの中の、終わりの景色を。
だけど、不思議と落ち着いた。きっと、クーちゃんがいたからだろう。
帰り際に、くーちゃんから羽根飾りをもらった。
すごく嬉しい。宝物にしないと。
帰り際に、ついくーちゃんの背中で泣いてしまった。
嬉しくて泣いた日はいつ以来だろう。
隠しはしたけど、きっとバレているんだろうなあ』
2月3日
『大きな失敗をしてしまった。
少し身体を動かしたくて、
友達の誘いに乗ってイノカクの試合に出てしまった事までは良かった。
……まさか、こんなタイミングでティーナに会うなんて想像もしていなかった。
増してや、わたしが。わたしが――。
本来の名前。そうであるべき名前と、新たに付けられた名前が認識の齟齬を生む。
凛音と呼ばれていたら、もっとアウトだ。
最悪、その場で消えていた可能性もあった。そこだけは本当に命拾いしたとおもう。
そして、そこで一度、意識がぶれた。
意識が途絶える寸前、ティーナの顔が目に入る。
赤い、赤い瞳。――もう、昔と違うけれども。
それでもやっぱり、君だけには見せたく無くて。
なんとか口を開き、友達に私を遠ざけて貰う様に頼んだ。
きっとあの場にいたら、もっと良く無かったとおもう。
正直、あの場に残してきた事も不安だらけではあるが――。
今はこの日記を運んでもらった屋敷で綴っている。
――なんの因果だろう、この屋敷は確か。
……自己認識が合ってしまい、傷口が開いた。
兎も角、今は休もう。休んで――
此処から先は字が途切れ、所々朱色に塗れている』