ヘイアンからの説明を受け、私達は今日の終わりにパーティを一時分割する事になった。
『各々が、一人でも行動できるに足るだけの力を得ることができた』というのがその理由だ。
私とヘイアン、ナビはこのまま水辺に残り、この先に待つという魔物と宝との調査を。
フィアは平原へと一度戻り、風をつかさどるエンブリオの一つとの契約を試みるという手筈だ。

「……」

　私は夕焼けに紅く染まる川を横目に眺めて歩きながら、ぼんやりと思考に耽る。
確かに私は、数々のエンブリオと契約してきた。最初に貰ったネクターもそろそろ切れる頃だ。
だが――果たして私は、一人で歩いていけるだけの『力』を、真に得られたのだろうか。

　思い返す。私が分岐の世界スプリゲートで歩いてきた足跡を。
私は一人で選択し、親友と共に駆け、手を差しのべられて。
そして、そのことごとくを誤った結果、全てを失ってしまった。

「……私、は」

　ぽつりと、小さな声でつい零してしまう。その先はなんとか飲み込んだ。
私は、戦えるだろうか。たった一人で間違えずに歩いていく事ができるだろうか。
――またあの世界の皆のように、私のせいで傷つく事がありはしないだろうか。
もしそうなってしまった時にしわ寄せがいくであろう人は、今、共に居る三人だ。

　そう考えた時、私はまた胸の奥が強く痛んで。足も震えてしまって。
歩くことができなくなって、その場に立ち止まってしまった。

「どうした、ミモザ」

「……ヘイアン」

　それに気がついたのか、前を歩いていたヘイアンも立ち止まり、こちらに振り返った。
胸を押さえて息を一つ、二つ吐き、何とか痛みを止めると、彼の方へと視線を向ける。
その先に待っていたのは、数日前からヘイアンが湛えている冷たい色をした瞳だった。

「ここが分かれ道だな。やる事は説明した通りだ」

「……」

「今から数日は、自分の意志で状況を判断して戦うんだ。良いな」

　淡々と、あくまで淡々と、ヘイアンは私にやるべきことを告げる。
――そうだ。私は彼の『道具』。彼の望んだ結果を持ち帰ることが役目なんだ。
だが、それと同時に。たった一人で動いて失敗しないか、不安でならなかった。

「分かったよ、ヘイアン。それがあなたの『命令』とあればね」

　だから私は、自分で自分を『命令』で縛った。
彼が言ったのだから、私は動かなければならない。道具として、選択せねばならない。
ヘイアン＝ディヴァータの命令であれば、私が間違う事なんてありえはしない。
その言葉は確認であり、そして私自身への束縛で、お守りでもあった。

「……、……行け」

「うん」

　眉根を歪めたヘイアンは、くるりと私に背を向けて歩き始める。
ナビに視線を向ければ、エンジンの音を発してヘイアンとはまた違う方向へと走っていく。
フィアとはもともとあまり話す方ではない。手短に別れを告げると、彼女も歩き去る。
そうして、暗くなり始めた川辺に、私一人だけが残された。

「……」

　私一人で、歩いていく。
だがそれは私の意志ではなく、ヘイアンの命令で。
彼の命令だから、大丈夫。戦っていける。

　なんとも奇妙で――そして、私らしい身勝手な鎖なのだろうか。
それでも私は、この鎖だけを頼りに、一人で戦っていく。
もう一度彼ら彼女らと再会するため。その時に、迷惑を掛けないため。

　
立ち止まっていてくれた。
逃げないでいてくれた。
穏やかな顔で、淡緑は言葉を続ける。

　

　
掬い上げるようにとった手は冷たく。
彼女がどれだけ冷たい世界に身を置いていたのだろうか。
女の子が、こんなに手を冷やしてまで、居続けないといけない場所なのだろうか。

　

　
もう片手を上から添えて、軽く力を籠める。
開けられたジャージ、その胸元には、彼女の髪と同じ色をしたシルシ。
話し始めたころには無かった『芯』を持って、シセはミモザの青い瞳を見上げた。

　

　頭に残る変な感覚にもぞもぞと身体を動かしている。

　

　申し訳なさそうにするミモザにぶんぶんと手を振りながら大丈夫アピール。

　なんか悔しそうにじたばたしているが、コレ以上暴れるなと抑えられる。
　残念ながら少年の制止を振り切る程の力はないようだ……

　死ぬにしても只では死なない事。
　耐久性能の評価試験は、持ち得るスペックを全て使い倒してから……なのである。

　少女がナチュラルにそう言う一方、イヌワシはクライの方をじーっと見ていた。