カリンカランは頭を悩ませていた。
それは当然アジュガのことで間違いは無かったのだが、いつものふわふわとした言動等日常茶飯事だ。
今更頭を抱えてうんうん悩むほどのことではない。
そうやって悩みたいときが、全く無いわけでもないが。

今彼女の頭を悩ませていたのは、あの夜のこと。
―アジュガがヴィツと同様の、高位妖精語を話した。
それを把握しているのは自分だけ、というこの状況、さすがに改善すべきように思えてきたのだ。

となると、相談できる協力者はというと、その本人しかいなかった。

そう告げると、彼は普段細めている瞳を見開いて、心底驚いたような表情で呟いた。
当たり前だろう、自分だって信じられないのだ。
これでアジュガが人間ではなく妖精だというのなら、可能性的に全く無いとは言い切れない。
しかし、妖精の気配の感じられないアジュガが、妖精にも出来ない技能を持っている。
本来なら、どう考えたところで「不可能」の文字しか浮かばないことなのだ。

ベルエトワールが高位の妖精だった可能性も無いわけではないが、それでもはいじゃあと納得できるものではない。
悩む頭は二つに増えて、小さな二人はうんうんと難しい表情を浮かべる。

その黒い瞳をぱちくりとさせながら、カリンカランはヴィツの顔の覗き込む。
昆虫めいた瞳が、眼前の少年を映し出す。

その声色は肯定だった。
カリンカランは礼を述べると、ヴィツの隣に座り込む。

このもの静かな少年が協力してくれることを、カリンカランは大いに喜んだ。
自分はアジュガと違い、彼と意思疎通を取ることが殆ど出来ない。
こちらからの一方的な発信と、お互いのボディランゲージのみ。
言葉は便利なものではあるが、こういうときには何より不便なものだと思う。
動物はどうやって意思疎通を取っているのだろう、とも。

そんな難しい環境の中で、ある程度の信頼を彼は寄せてくれたことになる。
それが自分なのか、アジュガに対してなのかは分からないが、それでもカリンカランはそれが嬉しかった。

それでも――苦しむ『友達』のために頑張ってみようと。
私がそう考えるのは、いささか傲慢が過ぎるのだろうか。

ずきり、胸の奥が痛む感覚がした。
……表情に出てしまったかもしれない。うまく隠せているといいのだけれど。

一足早くテラスに着いたマキリは奥の見晴らしの良い場所に狙いを定める。
午後の間は日陰になりゆっくりできるそうだ。

席に着くとメニューを広げつつ、語りかけてくる。

とメニューを向けて話しかけてくる。

今マキリが指さしていたものがサンドイッチやクッキーというものらしい。
決まったらテーブルの上にある小さな鐘のような鈴を鳴らして呼ぶそうだ。

と、語りかけるその顔は何だか楽しそうだ。

（あなたの個人的な理由ではない『バランスが偏るから』という話を聞いた青年は、意外そうな表情を浮かべていた。）

（『この世界の住人じゃない、責任をとれねーからサ。』と頷き、言葉を続ける。）

（そして再び、にかっと笑いかけた。）

（そこでようやく青年は我に……物凄い剣幕で捲くし立ててしまった自分から、冷静に戻る。
しかしその説教は怒気こそ含み冷静さを欠いていたものの、全てあなたの身を案じてこその発言だった。

青年はしばらくの間ばつが悪そうに頬を掻いていたが、やはり間が持たなかったのか、再び口を――今度は静かに――開く。）

（そして地べたに正座し、大きな仕草から地面に手と頭を着け、叫んだ。
つまり土下座である。）

そう言って、ひとつ、息を吐いた。

カリンカランに向かって、首を傾げ。

カリンカランにちらりと目線を向けて。