「あ、もしもしファル」

――あら、どうしたの。元気にしてる？

年齢を重ねた上で、張りのある声。
優しい教師のような響き。
受話器越しで少しくぐもった音で返ってくる。

「うん。えーっと……
　ファルさぁ、ウィルに幾ら出してるの？」

――……

「何で吹き出すのさ！」

かふっ、と息の音が聞こえたのだった。
吹き出した後の沈黙にも抗議する気持ちで、ことさら大きな声を出す。

――だって、なんでそんなこと訊くの、びっくりするじゃあない。

「教えてくれないんだ」

――喧嘩でもした？

「……」

違うけど、と、ぽつり。
ふーむ、という、息を吐くような声の後、諭すようにファルは続けた。

――遠まわしに言ったってね、伝わらないのよ。
　　頭で考えたことを、言葉に訳して、相手に伝えて、相手が言葉を受け取る。
　　そこまでして、やっと相手に伝わるものなのに、最初に遠まわしに言ったら
　　本当に伝えたいことの損失がさらに、大きくなるでしょう。

トーコの返事はない。

――まぁね、あなたが本当に訊きたい相手は、私じゃないんでしょう。
　　そうやって悩む時間もねぇ、大切だとは言うけど。
　　あなたがね、そんなに塞ぎこんでいたら、言葉で伝える前に
　　要らない誤解を生むかもしれない。
　　口にできないのなら、手紙でも、いいんだし。

「……交換日記に書いてみる」

――交換日記？ああ。

彼から報告は受けている。３４歳と１６歳の交換日記。
それすら依頼の一環として受けてくれた彼には感謝しきりである。
流石に「どんなきもち？」と彼に言ってはいない。

――そうなさいな、うん、じゃあね、おやすみね。

もう二言、三言交わし、受話器を置く。
良かったわね、と、独りごちる。

「そういうことに悩み、立ち向かうのが、あなたの望みだったのだから」

乗り越え、成仏に近づくのか
打ちのめされてしまうのか
それはわからないけれど。

真顔で聞いてきた。信じ込みやすい性格なのだろうか？

話の内容が遊びだからだろうか。
始終リラックスした様子で話しかけていた。

露になる瞳に、視線が吸い込まれるが如く。
その青く光る双眸を、真っ直ぐにジッと見つめ返し。

突如ぐらりと体躯が揺れ動いて、腰から力が抜け落ち。
そのまま、片膝を付いて、どうにか姿勢を保つ。

そう言って、視線をトーコの瞳から外して安定を得ようと。

視線は相変わらずフラフラと。
トーコの瞳を捉えぬように、中空を彷徨い続けている。

そう言って、トーコへとすこし、目線を近付ける。

息を吐いた。

自分の手よりも小さな手に、不思議なものを感じつつ、何度か揺らしてから放し。

自身の背の高さの話には、あまり実感は湧かないのか、やや首を傾げ。
明かされた彼女の同行者のコンプレックスには彼の人の姿を思い浮かべ。

今まで会って来たり、見かけた参加者達を思い浮かべれば、
気持ちが何となく分かったのか、ほんの少し羨ましそうに呟き。

自分の出身については淀みなく答えてから、問いかけ。

　
　『視』れば分かると思う、そう付け足す。それはもう経験談だ、彼女に会ったほぼ全ての人がそう言ったから。
　

　

　
　詳しい事はよくわからないんだけど、そう聞いた事がある。曖昧な記憶を辿って言った。
　

深く息をして、武器を構える。

　ウルヘアはいつもより血の気が多い気がする。

息をついて、ぎこちなく笑う。

　少女がナチュラルにそう言う一方、イヌワシはクライの方をじーっと見ていた。