王城へ向けて進軍中の一揆勢。
　ひたすら一つのルートを先行し踏破するものたち、障害の確認されたルートを確実に検討し準備を整えるものたち、錯綜する情報の中から自らに益となるものへと脇目も振らず突撃するものたち……その行動も意図も、統率された集団とは到底言えぬ程に様々である。

　その中のさらに一部たる集団として、進攻ルートのひとつを進む“人形使い”たち一行の、それは幕間劇であり――。


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　ちょうど、陽が落ちて進軍の歩みを止め、各々が食事やら身の回りの雑事やらに傾注する折……
　“人形使い”の姿は、王城正面へと続く平原のごとき広大な庭園、その一角にあった。
　常に携え引き運んでいる大鞄は横倒しにされており、それを椅子代わりに腰掛けて、手元の数枚の紙をぺらぺらと捲っては、気のない様子でそれをぽつぽつと読みふけっているのだった。


　「……［広庭］からの王城入口には、庭師姿の門番役あり。
　　一揆勢力の進攻から落伍しつつある者達が誤って門番達のテリトリーに踏み込み、淘汰されるケース多数。
　　なお、城の［大廊下］へと続く王城入口を避けた、［広庭］のさらに奥方面に関する詳細は不明……」


　“人形使い”の、まるで造り物のように優美な繊手が、気紛れなペースで次の紙をめくる。


　「……［星屑の小川］と名付けられた河川を遡った先には、新王軍の駐屯する［兵舎］を確認。さらに［先見の塔］発見の報あり。
　　［広庭］ともども新王軍の索敵領域と思われ、新王軍兵士との遭遇可能性に要警戒。
　　王城を迂回して奥側へ向かうと、［大草原］と呼べる程の実り豊かなエリアが広がっている。
　　ただしその近辺で巨大な水棲生物、またそれと交戦する別勢力を確認したとの報告もあり。要注意……」


　ぽつぽつと紙に書かれた文面を読み上げている風の“人形使い”ではあるが……その口調に、文面の内容についての感慨は一切感じられない。
　本当に、ただ暇潰しに朗読しているだけ、といった雰囲気すら漂う。


　「……［枯れた土地］と地元住人に称される、王城下にあって人の手が入っていないエリア。
　　新王の密偵と思われる怪しい人影の目撃談もあり、警戒度はこれまでのエリアと同様。
　　ただし、同エリアでは王城の［地下牢］への隠し通路を発見した者もおり、報告によれば［女神の園］と呼ばれる豊かな水場への迂回路があるとのこと。
　　先行メンバーからの続報が待たれる……」


　読み上げた側から、記憶に留めようという努力を一切感じさせぬペースで迷いなくページを次に進める“人形使い”。


　「……［護りの森］と呼ばれている森林エリアは、前記のエリアよりも強力な生物が棲息している。
　　より戦力の高いエンブリオを獲得したり、エンブリオの効率のよい育成が可能だが、危険度も比例して高い。
　　城の［大廊下］へと続く裏道に繋がっているが、それとは別に新王とは異なる敵性勢力を発見したとの報告あり。
　　今後更なる注意を要す……」


　まったく『注意』など払っていない態度のまま、“人形使い”はさらに新たなページをぺらりと露わにする。


　「……［星屑の山］と名の伝わる山岳部への進攻ルートは険しく、容易な進行を許さない天然の要害。
　　また、森林エリアを上回る凶暴な生物が多数棲息しており、危険度も森林以上。
　　かなり山道の奥まった所まで進んだ所に、新王の勢力下と思われる［小さな屋敷］が確認されている。内部の情報は現時点では不明……」


　ふぅ、と溜息をついて朗読を終えると、“人形使い”は手に広げていた紙の束を、無造作に腰掛けている尻の下へと押し込んだ。
　正確には、椅子代わりにしていた大鞄の合わせ目の隙間へ、紙束をねじ込むように収納したのである。


　「まぁ、これといって面白そうな場所はありませんわね……
　　新王が血眼になって一揆勢を狩り出しにかかっていることもないようですし。
　　逆に、それによる不穏な気配が感じ取れるのだけは、ある意味救いですけれど」


　彼女の御眼鏡に適うモノが何なのかはわからぬながら、“人形使い”は諦めたように首を振って、ひょこりと立ち上がる。
　横倒しになっていた大鞄も、彼女から僅かに遅れてひとりでにむくり、と起き上がると、吸い寄せられるようにその持ち手の握り部分が“人形使い”の手に収まった。
　ごとごと、と小さな音を立てて、一人と１つの影が、その場を歩み去って行く……



　「――そうですわねぇ。
　　せっかくですから、そろそろ城に入り込んで、新王の痕跡あたりでも見つけてみたいものですわ。
　　一筋縄ではいかないようなモノが、見られるといいのですけれど。くふ、くふふ……」



　　……トテモ　トテモ　オイシソウ……


　そんな台詞が、もしかしたらその場に居合わせていれば聞こえたかもしれない。
　だが、極小さな、くぐもった低音のそれは、男の声とも女の声とも、――そもそも人間のものかも、判然とはしなかった。