○月　○×日　晴レ

　無事、みんなと再合流完了！

　私が砂地に行ってる間に、みんなは賞金首の人たちと取引をしてたみたい。
　一応詳しく話を聞いたけど、礼儀正しい人達だったらしい。
　無事に取引もできて、ちょっとした臨時収入になったからよかったのかな？

　私の方もドラゴンさんと契約できたし、色々上手く行ってよかった。
　……まぁちょっと面倒事はあったけど。

　そうそう、その面倒事に関してはあまり進展がなかった。
　メリファンちゃんに封印した影を渡したり、改めて現状を教えてもらって納得した。

　魔力によって存在するあの影が、世界の落とし物であり、世界そのものとすら言える断片から魔力を得たというのなら。
　影が増える程度の事は驚くにすら値しない。
　その程度の事なんかは問題にすらならない。
　なぜなら三百年前、私の叔母さん達が終わらせた戦争が、再現されてもおかしくないからだ。

　……とは言っても、当時のように世界中を巻き込むような事には、ならないと思うけど。
　せいぜい、私が過去を無くす程度ですむと思う。
　まぁ、未来に加えて過去まで失ったら、生きてるんだか死んでるんだかわからなくなっちゃいそうだけど。

　またこれを読む私が、十四年分の過去をもっている事を祈るばかりだよ。

　それはそうと、今日は水辺に行ってきたよ！
　親切なお姉さんと、可愛い雀さんに案内してもらって、前よりもっと深くまで探索できちゃった。

　そこでパロロコンっていうエンブリオさんと契約したんだけど……。

　うーん、角のある蛇？　竜？
　雷雲を呼んだり、地震を起こしたり、なんだかすごく不思議なエンブリオさんだったよ。
　契約したのによくわからないっていうのも、おかしな話だと思うけどね。

　そして明日は、今度は平原の方も探索したいねって話になった。
　また誰かに案内してもらえれば、ずっと効率よく動けるんだろうけど……。
　明日も親切な人に会えるといいなぁ。



　本当に、物事は思ったようには行かないものだ。

　確認できた影を処理する為にティアと離れて行動していたのに、まさかそのティアが影に狙われるとは思っても居なかった。
　いや、どう考えても私の過失で認識不足で、油断だったんだけど。
　それでも全面的に私が悪い、とは言い切れないはずだ。

　別に言い訳って事でもなく、ティアが狙われる可能性を失念してしまう程度の事情はあったのだ。

　本来、混沌の影はティアを避ける。
　生命でなく、ただの現象である混沌の影が、意識的に避けるというのも変な話なのかもしれないけれど、とにかく避ける。

　ティアが特別何かをしている訳ではないのだけど、ティアの持ついくつかの要素が、影が近寄らない要因になっているのだ。

　一つは、ティアの持つ魔力。
　本来、ティア達の世界での魔法には、扱うのに魔力の相性というものが必要になる。
　素質と言い換えてもいいかもしれない。

　たとえば、火に相性の良い魔力を持っていれば、火の系統に属する魔法を扱える。
　けれど、同じ魔力で水の系統に属する魔法は扱えない。

　それなのにティアは、現存する魔法系統すべてを扱えるという破格の魔力を有しているのだ。
　……代わりに、魔力の量や、出力、許容量といった点は、どれも平均を大きく下回っているのだけど。

　そして混沌の影は、自信の系統と相反する系統の魔力をぶつけられると消滅してしまう。
　だから、特別ティアだけが避けられる訳でなく、相性の悪い相手を自然と避けていくのだけれど、火や、水や、風やなんだと影にも色々な系統があって、その全てに対して相性のいい魔力を持つティアは、どんな影にも避けられるという訳だ。

　更にもう一つの理由もある。
　それは、ティアの中にいる『彼女』──『時渡りの精霊』の存在だ。

　時渡りの精霊。
　長いので彼女と呼ぶけれど、彼女は以前……私がティアに出会うよりもずっと前に、ティアが引き起こした事故の際、ティアと同化することになった。

　そして、恩恵と言って良いのかは判断が付かないけれどともかく。
　その結果、ティアはある特殊な魔法を扱えるようになった。
　それが『封印』。

　触れたものを問答無用で停止、圧縮、結晶化してしまう『時』の系統に属する魔法だ。
　本来その魔法を持っていた彼女は、自身を結晶化し存在を圧縮する事で、少ない魔力で効率よく時を渡っていたという。
　ティアが頻繁に使う魔法のストックも、この『封印』の魔法を応用した物だ。

　封印に抵抗することは、意志を持ち意識のある存在なら難しくはない。
　けれど、ただの現象にすぎない混沌の影には、それに抗う意志も意識もないのだ。

　まぁつまり。
　どんな影に対しても有効な魔力を持ち、更に抵抗を許さず結晶化してしまう魔法を持っていて、さらに高位の存在である精霊を宿したティアは、混沌の影にとって天敵とすら言える存在なのだ。

　だから、混沌の影はティアを避ける。
　たとえすぐ近くに発現してしまったとしても、ティアを積極的に襲う事はまずない。

　ただ一つ、影に意志がある場合を除いては。

　何度も言うけれど、混沌の影はあくまで現象にすぎない。
　前触れ無くそこに出現し、目的があるでもなく、ただ付近にいる生物や魔力のある物質を取り込み、自身が消え去るまで徘徊する。
　ただそれだけの、地震や嵐のような災害でしかないのだ。

　ただ、その影が意志を持っている場合がある。
　それには二つあって、一つは『人為的』に出現させられた場合。
　地震や嵐を人為的に起こす事ができるのと同じ事で、混沌の影を故意に出現させ支配し意のままに操る事ができるのだ。
　もちろん容易に出来る事ではないのだけど、私たちには到底不可能な事なのだけど。

　もう一つは、取り込んだ対象の意志が、あまりにも強力だった場合。
　この場合、影は対象に影響を受け、意志を持つようになる。
　その姿形も取り込んだ対象に影響され、不定型な存在から、固有の姿に変化していき、実体すら得る場合もあるのだ。

　ティアが影に襲われる時、大抵の場合はこのどちらかのパターン。
　そして、今回は……、

　人の思考に割って入ってくる声。
　その声には嫌と言うほどに聞き覚えがあった。

　耳に障る不愉快な笑い声。
　姿は違っても、その気配、声は間違えようもない、

　この、どこか偉そうな口調のミニドラゴン。
　外見こそエンブリオのソレだが、その中身は間違いなく、あのティアの兄の物だった。

　どうやら本人にもわからないようだ。
　だとしたら私にもわかるはずがない。

　……アルって誰だろう。
　まぁその誰かさんはともかく、実際問題彼を殺せるのは私か、それとも『未来を得た』ティアくらいのものだろう。
　だとすると、やっぱり私が殺したのかもしれない。

　……だからアルって誰。
　でも、そういわれたらその通りだ。
　どこの、いつの私であっても、正面から殺し合うなんて馬鹿馬鹿しい事はしないだろう。
　本気で殺すつもりだったなら、だけど。

　一応補足しておくと。
　このティアの兄は、今この世界に居るティアの、お兄さんではない。
　正確な表現ではないけれど、平行世界のお兄さんだと言うほかに説明のしようがない。
　いや、あるけれど、長くなるから面倒くさいので割愛しておく。

　そう言うと、どこか面白くなさそうな表情を浮かべる。
　……こんな姿になっても表情豊かな人だ。

　……本当、この勘の鋭さは一体なんなんだろう。
　これだけ状況が揃えば、彼にとってはなにも難しい推測でもないのだろうけど、いつもいつも驚かされる。
　当然、表情になんて出してはあげないけども。

　苛立ちを隠すつもりも無いのか、炎を一度吐き出して、ふん、と鼻をならした。

　彼は愉快そうに嘲う。機嫌は良くなったようだ。
　これ以上相手にするのも面倒だし、機嫌が良い内に聞きたいことだけ聞いてしまう方がよさそう。

　そのパターンには、嫌と言うほど覚えがある。
　そのせいで、ティアの国もその隣国も崩壊しかけたのだ。

『世界の破滅に決まってんだろーが』

賞金首に真面目な顔をした揚羽と、それを止めるようなティアの言葉を聞いて、目を見開いた。
「もしかして、賞金首を全部狩るおつもりじゃないでしょうね！？」と、揚羽に言い放つ。

出し抜けな言葉に、びっくりした顔で。

メリファンさまのいた世界なら、わたしが知っているものより、よい終わり方をしたんじゃないかと。
そう期待していると告白して、返事を待ちます。

あまり詳しいことは言いたくなさそうな感じだ。

唐突に揚羽の方を一瞥し。

肩を竦めてみせた。

シオンはやや難しそうな顔をしていたが、ティアラに心配されると途端に表情が崩れ。