（ENo.349ウィルフレッド＝ヒルテンベルガーさんの日記の一部とリンクしております。）

　アリシアとルカ、シズたちと別れて、地下牢への進攻をするためにウィルとトーコと合流した。
　ミハウとは、相変わらずだ。あれ以来、あんまり会話が無くて、気まずいまま。
　アリシアたちと一緒に居た時は、何だか賑やかだったから、彼女たちには気づかれてない、……と思いたい。
　けれど、今回はそうもいかなさそうだ。
　合流した時の言い振りからして、少なくとも、ウィルは気付いてそうだった。

「俺で良けりゃ多少の相談には乗るさ」
　そう言われたのは、いつのことだったか。


　***



　目が、覚めた。
　地下牢を進んでいるから、時間は分からないが今はまだ夜で、恐らく、夜営の見張りもまだ交代の時間でもないだろう。
　確か、今、見張りをしているのは、ウィルだ。



　起き上がり、音を立てないように、なるべく静かに扉を開ける。
　それでも、きぃと小さな音がした。

「……あの、ウィル？」

　ウィルは廊下で、何かして（書いて？）いた。控え目に、声を掛ける。
　彼は直ぐに、視線を落としていたものから目線を上げて、振り返った。

「眠れないのかい？俺も牢屋の中は落ち着かなくてねぇ」
「牢屋の中が落ち着くような人にはなりたくないわ」

　彼とのいつもの会話のように、そう返す。
　相談に乗る、と以前言われたことを、思い出す。
　……でも、本当に良いのだろうか。

「ちげぇねぇ……ん？」

　声を掛けたのに、不自然に黙り込んでしまったせいか。ウィルは眉を上げて、怪訝そうな顔をした。
　ふむ、と唸ってから、背を向けて言う。

「何か、あったんだろ？」
「……やっぱり、分かる？」

　案の定、気づかれていたらしい。その背にぽつりと、

「あのね、ウィル、……この前、相談に乗るって言ってたのは、まだ有効かしら」
「新しい空気のエンブリオでも、2人の間にいるのかと思ったぜ？」

　そう軽く言った後に、黙って小さく溜息を吐いた。
　呆れられただろうか、と思ったけれど、彼は静かに続けた。

「有効期限は発言から1年、ってな。面と向かって話しにくかったら、俺はここで一服してるだけだからそのまま続けてくれぃ」
「……ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えるわ」

　トーコと話した時にも思ったけれど、ウィルは優しいと思う。
　壁を背にして、座り込む。
　事の発端を、話す。

「私、ミハウにね、……嫌いって言っちゃったの」

　すると、煙草に火を着けようとしていたのだろうか、ウィルの手がピクッと止まった。
　続いた、真剣な呟きは。



「……振ったのか？」



　何言ったこの人。

「……、……えっ」

　振った、とは。
　つまり。

「ちょ、ちょっと待って、もしかしてずっとそう見えてたの？」

　ああ駄目だ、私、狼狽えてる。
　ウィルは良い人とか思ったけど前言撤回したい。

「あ？違ったのか……てっきり悩める恋の相談だと思ってたんだが……」

　そんな訳がない。

「違っ、全然そんなのじゃないわよ！　って言うか、何でそうだったらウィルに相談しなきゃ駄目なの！？　……笑ってるでしょ！！」

　震える彼の背中に、そう言い放つ。顔が熱い。
　そうだ、万が一そうだとしても、ウィルに話す必要がどこにあるというのだと。
　我ながら酷い言い振りだと思いつつ、全力でそう返した。
　その言葉に、背中の震えが大きくなり、ウィルは可笑しそうな顔で体ごと振り返った。やっぱり笑ってた。

「ほら、声響くから抑えて抑えて……なぁ、だが気にしてなきゃ“嫌い”なんて言わなねぇぜ？」
「……ウィルのばか……一緒に行動してるんだから、気にするくらいは、するわ」
「あぁ、笑ったのは謝ろう……多少はリラックスできたかい？　それで……？」
「そうね、効果覿面よ」

　暗がりに、赤が灯る。煙草に火を着けて、胡坐をかく。そのまま、聞いてくれはするらしい。
　最初ほど、雰囲気が重苦しくなくなったのは間違いなかった。感謝するべきなんだろうか。でも素直にそうする気持ちにもなれなかった。
　まあ、それでも、聞いてくれるのは有り難いな、と思う。
　ようやく、本題に入る。

「この前、ミハウが戦う時に性格が変わるのは、『強がり』だ、って言ったでしょう？　……それをね、ミハウは、すごく自分のことが情けなさそうに言うの。すっごく、よ」
「ふぅん？　確かにこないだ喋った時も悩んでる風だったしなぁ……迷惑はかけれない、とか言ってたが」
「……迷惑をかけるのも、怖いみたいだわ。そのせいで私にも迷惑をかけてる、って、そんなことも言われた。申し訳なさそうに」

　正確には言われてはいないが、伝えようとしたことは、それで間違いないだろう。

「……私、それが許せなかったの」
「それは、なんでだい？」

　ウィルは通路の天井に向かって煙を吐き出しつつ、それだけ聞き返した。
　どうしてか、それは、

「だって、ミハウはそんなことを言ってても、ちゃんと一揆に加勢して、戦ってるわ。迷惑だって、そんなにかけられたとも思ってない」

　視線が、自然と下がる。

「……なのに、自分のことを、本当に情けないと思って、蔑んで、うじうじしてるのよ」

　でも、それは、

「戦うのが怖いことは、いけないことなのかしら。私だって、」

　それは全部、

「……私だって、戦うのは、怖いわ」

　私のことでも、あって。

「そうだなぁ」

　ウィルは一旦、肯定して、言葉を切った。

「それは、ミハウに言ったのかい？」
「……最後以外は」

　自分だって戦うのは怖い、とは、彼に伝えなかった。伝えられなかった。
　それにしても、言い過ぎ、だ。

「そうかい……何故、そんなに許せねぇんだ？　ミハウだって、まぁ、確かにちと周りにも気ぃ遣い過ぎだとは思うが……」

　ゆっくりと煙を吐き出して、ウィルは私に問うた。

「嬢ちゃんは、ミハウに何を見てる？」
「私は、」

　ああ、全部、分かっているんだろなあ。
　その答えは、とっくに自分でも分かっている。

「……私は、ミハウが許せないけど、私のことも、許せないのよ。彼に、私を重ねて見てる、……結局、八つ当たりなのよね」

　そう言い終えたら、少しだけ、胸がすっとした気がした。
　ウィルは煙と共に小さく溜息を吐いて、ふと目尻を緩めた、ように見えた。

「分かってんじゃねぇか……嬢ちゃんは、ミハウを通して自分も責めてる。俺にもそう聞こえたよ。どうしたら良いのか分からないのかい？」
「……うん」

　小さく、首肯を返す。

「全然、分からなくて」
「……で、嫌いって勢いで言うだけ言っちまって、そのままって訳か」
「……そう、なの。言い過ぎちゃったし、謝るべきだと思うわ、……思うんだけど、それから、何て言ったら良いのか」

　ずっと一人で考えたけれど、良い答えは出てこなかった。

「俺だったら“嫌い”なんて言われたら凹むねぇ……と、俺はどうでもいいか。嬢ちゃんはミハウにどうして欲しいんだい？　謝ってその場は収まったって、嬢ちゃんかミハウが変わらない限り、また同じ事の繰り返しだと思うが」
「……誰だって、そんなこと言われたら、かなしくなると思うわ」

　最初の言葉は、少し痛かった。
　誰だって、そうに決まってる。ミハウと私の、付き合いが短いとは言え。

「どうしてほしい？　……そうね、」

　彼は、ちゃんと自分の為すべきことをしている。
　私も、……多分。
　だから、

「……もっと、自信を持ってほしいのかしら」

　その言葉を聞いて小さく、うんうんと頷くのが見えた。先程の煙草は、もう短くなったのか、灰皿に押し潰されていて。

「俺もそりゃ思う、もっと自信を持っていいと思うんだよなぁ……何か出来そうな事はあるかい？　例えば褒め殺し作戦とか」

　褒め殺し作戦。

「ウィルって、変なこと考えるの、上手ね」

　妙な作戦名だと自分でも思ってるのか、ウィルも首を傾げている。
　褒め殺す。
　ミハウを。
　……何か、褒めること。

「ミハウは、……ええと、優しいし……りょ、料理が得意よ」

　駄目だ、このくらいしか思いつかない。仮にもここまで一緒に行動してきたのに。
　気付いてはいたけれど、そもそも会話が足りない、お互いのことを知らない、と言うことを改めて実感する。
　ウィルもその二つしか出てこないのは、流石に想定外だったのか、カクン、と胡坐についていた肘が滑るのが見えた。

「りょ、料理かぁ……あー、あー……うーん」

　腕組して唸り出した。微妙そうな顔してる。

「ほら、そこは戦闘中に黄色い声援を送るとか！　女の子に褒められたり応援されたら自信も付くってもんだぜぇ？」
「この前、土筆と野菜の……かき揚げだったかしら、作ってくれたけど、おいしかったのよ」

　それは間違いなかった。それから、

「……ミハウ、それで自信がつくタイプに見える？」

　私には思えない。
　それ以前に、どうも女の人は苦手そうだし。

「ほう。以外な特技だなぁ……料理から攻めるかぁ、うーん。確かに声援も萎縮しそうだなぁね……あぁ、なら」

　ぽん、と手を打つ。何か、思い付いたらしい。

「ほら、ミハウって嬢ちゃんと喋る時ですます調だろ？　アレを、戦闘中、とは言わないがタメ口で話してもらうとか？」
「そうね、私もそれは気になってたわ」

　正直、すごく気になっていた。
　敬語は、使うのも使われるのも、あまり慣れたものではない。

「私はミハウのこと、呼び捨てにしてるのに、彼、私のことをさん付けして呼ぶのよ？」

　距離がある、とも、思っていた。

「……そういうこと、今まで言わなかった私も、悪いんだけど」
「ふむ……謝ってみて、反応次第だが、“私の事コトカって呼んで見て”もいいじゃねぇの？　名前が普通呼べるようになれば、話し方も引き摺られるだろ……」

　丁寧に裏声で声真似もされた。

「ウィル、気持ち悪いから止めて」

　そこは正直、気持ち悪かったので率直にそう言って。
　ただ、案としては、良いと思う。

「でも、そうしてみようかしら。……何とかなると、思う？」
「はいすみません、っと……結局はさ、ミハウ自身の問題だが、嬢ちゃんだって黙ってイライラするよりはぁ、して欲しい事はちゃんと言うべきだ」

　その通り、だと思う。
　それから、ウィルは続けて、

「まだ一緒に歩いてくんだろ？」

　ミハウと、一緒に。
　どうしてか本当によく分からないけれど、一緒に行動することになって。
　色んなところに行って、戦って。
　一方的に、あんなことを言って、気まずくなって。
　このまま、何も解決しないで、何も知らないままで離れるのは、嫌だ、と思う。

「……うん、そのつもり」
「な？　今の俺へのツッコミくらいバシッと言えばいいのさ」
「分かった、やってみる、……私、がんばるわ」

　そう言って、笑ってみせた。

「ウィル、ありがとう」
「あぁ、人間なんてさエスパーじゃねぇんだ、言って初めて分かる事もあらぁなぁ」

　暗い通路の天井を見上げて笑うウィルは、まあ、やっぱり、優しい、と思う。
　視線をこちらに戻して、ウィンクを一つ。

「ご利用から有効期限は1年だ、俺でよけりゃ愚痴だって聞くさ……さ、明日はココを出るぜ？　眠れそうかい？」
「それじゃ、またお世話になるかもしれないわ……ええ、お陰様で」

　そこまで言って、ふと、ウィルを見て思う。
　いつも飄々としていて、余裕がありそうな彼も、何か悩んだりするのだろうか、と。
　人間なんだから、それはきっとある、はずだ。

「……ウィルも、もし悩み事とかあったら、私、聞くからね」

　だから、そういう時は、力になりたいな、と思って。
　私が力になれるかは、別として。

「そりゃ良かった……あぁ、有難う、そんときゃ頼むぜ」

　膝元の本にウィルは一瞬、視線を落とした。それで、こちらに視線を移し、

「明日は色々頑張れ青春、ってな、おやすみ」

　もう少し、見張りは続けてくれるらしい。その言葉に甘えて、暫く眠ることにした。

「おやすみなさい」

　明日は、頑張う、と。
　そう、思った。

（ENo.1195ミハウ・クワイアトコウスキさん宛てのメッセージに少し続いてます。）

　撃たなくていいと言われて巻き戻しているかのように変形していた腕が
　元の形に戻っていく

　ウルヘアの言葉はわかってはいないようだがインコがケンカを売っていることを咎める。
　インコの頭の毛をぐっとつかみ、そのまま少し引っ張る。

きょとん、相手の提案に目を瞠って、それから、

あっさりと答える。
どこか、他人事ですらあるようだった。

少しだけ、考え込む。
不吉に揺らぐ片目の奥に、懊悩に似た色。
それからコトカを見る。見て、瞳を伏せる。

草木をかきわけ、謎の少年が現れた！

謎の少年は手を振りどこかへ消えてしまった。

深く息をして、武器を構える。

　ウルヘアはいつもより血の気が多い気がする。

息をついて、ぎこちなく笑う。