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前髪で隠れたシズの顔は、よく見えなかった。

声音は何だか苛立たしげで、怒っているようにも聞こえた気がした。


「……もし、アリシアが居なくなったら、嫌か？」
「言ったじゃん、いやに決まってるって」
「……俺だったら？」
「──っえ、」

らしくないなと思った。
違和感に思わず訊き返したけれど、返事を待つみたいに、シズは何も言わなかった。
答えを迷うような質問ではなかったから、

「……シズだってやだよ」

と、言って返す。
三人一緒がいいのだ。
誰か一人が欠けても駄目で、アリシアと、シズと、一緒でなければ。

数秒、だったと思う。
何だかとても長く感じられて、けれど、数秒だったと思う。
溜息を吐きながら、シズがベッドに腰を下ろす。

前髪で隠れて見えなかった顔は、相変わらず見えない。

向けられた、背。


「三人、一緒じゃなきゃ、いやだ」
「……アリシアも、そうやって言うんだろうな」
「シズは、……違うのかよ」
「…………」


違うと言えば嘘になるだろうか。
アリシアは、義務だとか責任だとか、およそルカには分からないだろう重い物を、相変わらず、自分達が何と言おうと一人で抱え込もうとしているのだと思う。
彼女が頑固であることも理由の一だが、それだけではない。

「──お前さ、」

さっきと同じ、言を繰り返す。
ルカが返すだろう答えを、分かっていながら、問う。

「……アリシアのこと、好きだろ」
「当たり前じゃん」
「気付けよ馬鹿」

分かっていたから、すぐに言って返す。
一瞥すると、切り返しの早さにか、言われた言葉にか、少し驚いたような顔をしていた。

「……何に？」
「……アリシアのこと、好きだろって言ってんだよ」
「だから、好きだって言ったろ？」
「……そうじゃねぇよ」

気付かせてやろうとしても、分からせてやろうとしても、多分、これでは無理だろうと思う。

分かる。
ルカの無意識は、無自覚はタチが悪いことくらい、ずっと前から分かっている。
他人の機微には人一倍、鋭い癖に、自分へ向けられたものに対して、馬鹿みたいに疎い。鈍い。

それだけではない。
自分自身の感情に対しても、コイツは。

「……シズだって、アリシアのこと、すきだろ？」
「お前と一緒にすんな」
「っなんだよそれ、」
「────なあ、」

コイツがアリシアのことをすきだと言うたびに、苛々するのは。


「……いくら馬鹿でも、お前にだって分かるだろ」


上体を起こしたルカの肩を、片手で掴んで制する。
一瞬怯んだ緑色を見据えてやると、怒られたか何だかと勘違いしたらしい、情けなく眉尻が下がった。
叱られるガキみたいな顔をして、おまけに小さく謝る始末だった。

謝ったのは多分、分からないからだと思う。
だから教えてやろうとしているのに、相変わらずだった。
教え方が悪いという自覚が無いワケでも、ないが。

「…………ご、ごめん、」
「正直、謝られても困る」
「……」

そもそも、こんな話、する必要なんて何処にも無かった筈なのに、だ。

「……お前にとって、アリシアは大事な幼馴染なんだろ」
「──へ、……え？」
「前にそう言ったろ」
「……だって、そうだろ？」

だから好きだと言ったのはルカだ。
嘘を吐いているわけではなく、単純に、気付いていないだけだ。
その筈だ。

ルカにとってアリシアが大事な幼馴染であることは間違い無いし、大事な幼馴染だから、ルカは。

アリシアが大事だから、すきなのだ。

アリシアが好きだから、大事なのではなく。

ルカは前者だ。限りなく。

「…………はあ」

馬鹿らしくなってきた。
こんな会話、男二人でするような話でもないだろうに、何をこんな。馬鹿馬鹿しい。
掴んだままのルカの肩を放し、部屋に戻るべく立ち上がる。

気付かないなら気付かないままでいいのかも知れない。
と言うか、態々、そんなことをルカに教えてやる必要なんて無いのだと思う。
くだらない。
どうしてこんな話をする羽目になったのか思い出せない。
どうでもいい。

呼び止められて、振り返る。
へにゃりと笑ったルカがそこに居て、また、謝られた。

この無償の懐っこさを、どう扱ったものか。
笑顔からは程遠いものの、肩と表情からは、自然と力が抜けて。

シズの返答に対しては、瞳を軽く見開き。
驚嘆の念を以って、彼の静かな言葉に耳を傾け続けた。

言葉を続けながら、居並ぶ少年二人の顔を見やる。
柔らかに微笑む少年と、努めて静かな表情を崩さない少年。

はっとした表情で、フィンが言葉を繋ぐ。

思い返すよう、そうこぼす。

それから、フィンヴェナハについて問われれば、少しだけ黙って。

次々変わるルカの表情に、なんだか微笑ましくなって微笑み。
何回も無邪気に名前を呼ばれて、悪態をつく気にもなれなかったのか、
イェジは目を細めるだけに止め。

傲慢な物言いをするものの、悪く思っていないのは声の明るさと、
子狐には珍しく機嫌の良さそうな表情で丸分かりだろう。
話の矛先を向けられて、はっとしたようにミハウは目を丸くして。

簡単に自己紹介をして、軽く一礼。染み付いているのか、自然な所作で握手を求めて、右手を差し出した。

ルカの反応に、イェジは得意げに胸を張ってドヤ顔しつつ、言葉を続けて。

そう言いながら、ちらりとミハウを見て。だが、目はすぐにそらされ、ルカへ戻る。

　問われ、ちらりと傍らのウルヘアを見て。頷きを返した。

　そういえば、練習試合の時も、今回も。
　ルカが砂地で契約した、ザントマンの姿は見なかったな、と内心。

　隠すような仕草に、そう問うた。

　少し遠くの方で、あなた達と近い年頃の青年が悪態をついている。

　何かを探すように周囲を見渡していたが、あなた達と目が合うとパチパチ瞬き、叫ぶ。

　

　勢いよく駆けて来たかと思えば、勢いはそのままで捲くし立てて来る。

　代価を握り締めた拳を突き出そうとして、あなた達二人を交互に見つめ動きを止める。