結局、あいつらはすぐに姿を消してしまって、それ以上、追いかけてくることはなかった。
　もしかしなくてもやっぱり、あれが本当に公爵の手によるものだとしたら、あまり大勢を巻き込むような力技は難しいのかもしれない。西方領の規模を考えても、一揆の混乱に乗じた最中とは言え、王領の中で派手には動けないのだ。
　だから、僕としてはさっさと地下牢を見て、あのラズロとか言うやつがいるっていう場所だけ確認してしまいたかったのだけれど。
　どういう訳か今、僕はなぜかカレーを作っている。

◇　◆　◇

　ものすごい悲鳴をあげるマッスルポテトの群れを、トートの切れ味鋭い包丁が容赦なく、皮を剥ぐ。
　断末魔の悲鳴にも怯む様子なく、華麗にくるくると丸ごと皮が剥いていく様はなかなか堂に入っていて、料理歴が長いことをうかがわせた。皮が綺麗に一つながりになっててすごい。
　でも正直、僕としてはこのマッスルポテトたちの悲鳴の大合唱を早くなんとかしてほしい。うるさくてうるさくて、耳から爆発してしまいそうだ。

　バケツの中に山盛り入ったマッスルポテトやダンディ人参、インテリオニオンが我先にとこぞってバケツの中から脱出しようと肩車をして詰み上がるのを、脱走したやつから順番にティルムが拾い集めては表情一つ変えず、ぽいぽいとバケツに放り込み直す。
　ときどき「あ、傷物だ……」って痛んだ奴を見つけては、コロとか言う犬に穴を掘らせてノーフと一緒に土をかけて埋めていた。食べられない野菜はちゃんと土に還して肥料にする、元素の民メルンテーゼの基本中の基本だ。

　僕は合成器具を出して、『妙な液体』の合成係。
　トートの剥き終わった野菜を、勝手に借りた中華鍋の中に放り込みながら、ついでに焚き火の番もする。炒め焼いた野菜に水を注いで、野菜が煮えたら妙な液体を入れる。
　トートいわく、メルンテーゼの地元野菜やっぷりカレー、らしい。

　川まで水を汲みに行っていたフィンが戻って来たらしい。
　片手に持った桶を乱暴に地面に置くと、マッスルポテトの悲鳴に嫌そうに顔をしかめる。

　相変わらず、何だかよく分からないけど気難しいやつだ。
　文句も言わずに働くティルムを見習ってほしい。
　と、ティルムの手の中で大人しく捕まっているように見えたマッスルポテトが突然、最後の力を振り絞って大暴れをはじめて、ティルムがあわあわとマッスルポテトのお手玉をはじめてしまった。
　慌てるティルムの手の包囲網をかいくぐり、空中に飛び出したマッスルポテトを、一掴みで捕まえたのはフィンの、女性にしては少し大きい手だった。

　――なんだ。あいつら、実はけっこう良いコンビなんじゃないか。
　フィンのやつがティルムをいじめたら、思いっきり嫌味を言ってやろうかと思っていたのだけど。

　中華鍋を掴んだトートが、お玉を片手に謎のポーズを取る。ベルの視線が白い。いっつもこのノリに付き合わされてるんだとしたら、このベルってシェイド、相当可哀想だと思う。

◇　◆　◇

　カレーの味は、悔しいけど美味かった。
　フィンは文句も言わず黙々と食べ、トートは自分で自分の料理に舌鼓を打ち、ティルムは小動物みたいにちまちまちまちま食べてる。
　僕はおかわりもして、ミルクも暖めて、それから、トートの喋ることに適当に相槌を打ったり、あまり饒舌ではないフィンやティルムの代わりにあれこれ口を出したり、いろいろなことを思いつくがままに喋った。

　ぼそっと、という感じで口を開かれて、思わず、みんなの目がティルム一人に集中する。
　あんまり、目立つことをしないティルムがこんな風に話しを切り出すのは珍しい気がした。
　――もしかして、僕の話にどこか、変な部分があったりしたんだろうか？

　突然、何を言い出すのかと思った。
　魔王パラダイス。王さまの名前だ。最初にラルフと腕試しをしたとき、ルリアンナが言っていた。
　一揆の参加者は当然、そのことについては知っているとばかり思っていたのだけれど。

　トートまで、今度は何かに納得したようにポン、と手を打つ。

　――トートも、ティルムも、フィンも、何を今さら言ってるんだ？

　そうだよな。別に僕は、何も間違ったことは言っていないと思うのだけれど……。

　その瞬間、あまり複数の人間に注目されるのが好きじゃない僕は、ちょっとだけ心臓が止まりそうになった。
　トートも、フィンも、あの大人しそうであまり意見を主張しないティルムですらも、僕の方をなんだか、ぽかんとした表情で見つめたのだ。
　――何でみんな、そんな変な顔をしてるんだ？

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※前回に引き続きENo.353・ティルムくん、ENo.985・フィンさん、ENo.1023・トートさんをそれぞれちょっとずつお借りさせて頂きました！アイコンも盛大にお借りいたしました！
※一方的にストーリー内にお借りしている内容なので、レンタルさせて頂いた方々のお話や時間軸と矛盾している部分があったらごめんなさい。参加者の数だけ分割世界がある、ということでお許しを……！

そこまで言ったところで、ああと首をかぶり。

　なんだか心底不思議そうな語調だ。

　悪魔が嫌なら相手が事前に断ることもできるし、そもそも後で騙した騙されたで問題になることも減る。
　良いこと尽くめだと笑い含みに付け足した。

　仔犬、ならぬ仔狼っぽさの残るお年ごろである。
　見た目がぬいぐるみっぽいのはあんまり気にしていないようだ。因みに縫い目は無い。

割とがっくりした。

魔王分を問われれば、痛いところを突かれた様に、う、と小さく呻いて。

まさかの装備をセレクトした。

声を掛けて勝手に失礼しておいて、すぐに練習試合が始まってしまって。
終えてから、また話し掛けたのだろう。
その赤毛眼鏡に、謝って来いとか何とか、言われたりして。

何を指して意外なのかは、兎も角。
それから、はた、と、思い出したように。

やっぱり失礼だった。

静かに刀を抜き、構える。
そのまま、敵前へ向けて歩を進めて行く。