白黒縞の虎のチビは、足が太くて短いから、歩くのがうんと遅い。パーティを組んでいる中で今まで一番脚の遅かったクローシェにすら、一生懸命歩くとついて来られない。
　仕方が無いからクーの背中に載せているが、これがまたきょろきょろと周囲を見回しては色々なところに興味を示すから、クーの歩調を落とした上でしっかり押さえて置かなくてはならなかった。
「クーのうえ、たかいねぇ！」
　嬉しそうに尾を立てるチビは、初めにうちこそにゃあとしか鳴かなかったが、いつの間にかきちんとひとの言葉を喋るようになっていた。どうやらクーが一枚噛んでいるようだったが、一体何をしたのか、彼は決してクローシェには教えてくれなかった。
「とおくまでよくみえるよ！　でもおそらはまだまだとおいねぇ」
　――聞くに、チビ本虎曰くお母さんは喋るのだそうで、喋れるようになったらなったで随分流暢に喋る。
　ごろごろ鳴く声を聞きながら、クローシェは曖昧に相槌を打つ。
　何せ喋れるようになったばかりのチビは相手をしてやると本当に舞い上がってしまって、既に数度、クーの背中から飛び降りてしまっているのだ。余り舞い上がらせて怪我でもさせたら大変だ――というのが、クローシェとフォルカーの共通の見解である。
　そんな苦労を続けることしばし、前の方を歩いていたサラマンが足を止めているのを認めて、クローシェとフォルカーとチビとのふたりと一匹を乗せたクーもまた足を止めた。
「この辺りなら安全だってさ！」
　と口にしたのは、サラマンと並んで歩いていたチャチャカだった。
　それに対してうなずいてから、クーの隣を歩いていたフォルカーは笑ってクローシェの方へ手を伸ばして来る。
　その大きな手にチビを手渡し、クローシェ自身もフォルカーに抱かれてクーの背中を降りた。クーはぐるぐる機嫌良さげに喉を鳴らしてその場へ座り込む。
「それじゃあここらで一休みしよう」
　フォルカーは一度クーの喉を撫でてやり、荷物を出してくれるようにと指示を出す。
　ひとつうなずいて、クーは言われた通りの荷物を引っ張り出した。
　――中身入りの白い磁気の器、小さなティーセット、作りおきの綺麗な色をしたマカロン、同じく作り置きのビスケット。順繰りに取り出されるそれらに鼻面を近づけて、チビはいちいちふんふん匂いを嗅ぐ。
　それを眺めていたサラマンは軽く尾を揺らし、無表情のまま並べられた器の中身を覗き込んだ。
「今日のおやつは？」
　クローシェが尋ねると、サラマンはフォルカーの方を見やる。どうやら同じことを聞きたかったのだろう。
　フォルカーは小さく笑って、ひとりひとりにスプーンを配った。
「今日はプリン。足りない分は、各自マカロンとビスケット」
「ぷりん。まかろん。びすけっと」
　尻尾をぴんと立てて口にしたのはチビだった。
　それを見たクローシェは彼の前にひとつずつおやつを差し出して、どれがどれであるか教えてやることにする。チビはひとつずつまた匂いを嗅ぎ、場合によってはちょっとだけ舐めたり齧ったりして、最後に大きくみゃあと鳴いた。
「ぷりん！　ぷりんすき！」
　更にごろごろ喉を鳴らしながら膝に乗ってくるものだから、クローシェは受け取ったばかりの自分のプリンを頭上に持ち上げて避難させなくてはならなかった。
「チビの分はこっちだ」
　フォルカーがそう言って器を差し出しても、チビはクローシェの膝の上を退かない。
「や！　あれ！」
　鳴き声混じりにそう叫んで後ろ足二本で立つものだから、支えにする前足ががりがりクローシェの服の布を引っ掻きそうになる。慌ててフォルカーが抱きかかえたからよかったものの、放っておいたら服は傷だらけになっていたことだろう。
「チビちゃんはこのプリンが特別なんだね」
　フォルカーの腕の中で毛並みを逆立てるチビの頭を、クローシェは慎重に撫でる。
　そうするうちにチビはしゅんと髭を垂らして、ようやく少し落ち着いたようだった。
　その落ち着いたチビに、クローシェは仕方無く、自分の分のプリンをひとさじずつ食べさせる。
　チビはまだまだ子どもで我儘なのだ。それからもクローシェが食べるものは大抵にゃあにゃあ鳴いて欲しがったけれど、クローシェの方がお姉さんなのだから、その辺りは我慢して根気良く与えてやることにした。
　おやつの時間が終わってから、フォルカーは少しだけ苦笑して、クローシェの頭を撫でてくれた。途端にそれを見ていたチビがフォルカーの足にかじりついて、
「ちびも！　ちびも！」
　と尻尾を擦り付ける。
　対するフォルカーはちらりとクローシェに目配せしてから、大きな両手でその身体を抱きかかえてやったのだった。