本日幾度目かの、風の防壁の向こうから放たれた、風の刃が飛来する。
触れれば岩すらも容易く切り裂く、不可視の刃。
それを私は「魔視」の魔術でもって方向と大きさ推察し、少し伏せて躱す。

魔術の詠唱を続けながら、ディラックへ目を向けた。
風の刃を、音と巻き上がる砂埃だけで判断して的確に剣を振るい、捌く。
ディラックは奴から数メートルの距離を維持したまま、しかしそれ以上近づけないでいる。
奴の周囲に張られた風の障壁が、白兵戦を許さない。
魔法を、矢を、近づく万物を吹き飛ばし切り裂く不可視の暴力。下手に近づけばミンチになるか、あるいは天空城の外へ弾き飛ばされるかの2択となる。

ヴィルムへ視線を流すと、彼女は痛みに顔を顰めかけたが、私が見ているとすぐに「大丈夫です」とジェスチャーを送る。
私の張った魔法防壁に阻まれているので大した傷ではないが、それでも無視できるようなダメージではない。蓄積すれば遠からず命を奪うだろう。

グリフの様子を確認する前に、詠唱が完了し、魔法が発動した。
氷の大魔法ブリザード。周囲一帯に極寒の嵐を巻き起こし、凍結させる、広域攻撃魔法の中でも最高峰と謳われた魔法は、しかし巻き起こした風によって阻まれた。
奴――風の四天王レウティアとやらの周囲の地面が、魔法によって凍結し、凍結した傍から奴の周囲を巡る風によって砕け散る。
グリフの放つ矢が、吹雪を掻き分けレウティアの背後から迫ったのはその時だった。
あるいは万全の状態であったのならば、意識をせずとも彼女の周囲を巡る風の防壁が弾いていたかもしれないが、大掛かりな魔法同士が激突し、消耗した今はそうはいかない。
ましてやグリフの放つ矢は、魔法の影響を受け辛い木から作られている。疲弊していた風の防壁を、矢は銀閃を描きながら軽々と突破し、レウティアへと迫る。

それを、防いだ。
死角から放たれたはずの一撃を、すんでのところで気付き、障壁を張って。
戦闘開始からすでに10数分。この局面に来てやっと、余裕面に見間違い様の無い焦りが浮かんだが、すぐに安堵の笑みを漏らした。
これを凌げば安心だ、とばかりに。

それが致命的な勘違いであったと奴が気付けたのは、矢によって破壊された風の障壁を切り裂き、肉薄したディラックを見た時だった。
咄嗟に張ろうとした防壁を、ヴィルムが唱えた対抗魔法が打ち消す。
ローブに覆われた陽炎の様な身体に深々と刃が食い込んだ。
声にならぬ絶叫がこだまし、ディラックを吹き飛ばさんと膨大な魔力を解放し、吹き飛ばそうとする。
離れて、と叫ぶと同時に私は再度魔法を発動させる。
私の声とほぼ同時のタイミングで、ディラックが地面を蹴り後方へと跳躍して距離を取る。
ディラックが安全圏内へ逃げた直後、彼が先程までいた場所を突風がごう、という音と共に薙ぎ払う。
風の障壁が強度を増して再度貼り直されたところで、私の魔法が障壁の内側で発動した。
大魔法ブリザード。巻き起こる吹雪は、障壁によって逃げ場を失い、本来は広範囲へ向けられるその威力の全てを障壁の内側へと集中させる。
地獄の底から響くような絶叫が響き渡り、それに僅か、遅れて障壁が解除された。
身体の8割以上を凍結させ、少なくとも見た目は瀕死となったレウティアがそこに立つ。
しかし精神は未だ折れていないのか、怒りに打ち震えた瞳がこちらを見ている。
最早プライドも何も投げ捨ててでも勝つつもりか、両手に込められた圧倒的な魔力を一つに纏めようとする。
天空城そのものを破壊しかねない程の破壊力を秘めた、恐らくレウティアの最大最強の魔法――しかし、それを放つ機会は二度と訪れなかった。

まさにその一撃を放とうとした瞬間、グリフの矢がレウティアの手を射抜く。
手に込められた魔力が、抗魔の矢に貫かれて霧散する。

その瞬間、レウティアは完全に硬直した。
恥も外聞も捨て去り、勝利をもぎ取る為に他の全てを犠牲にして放とうとした己の切り札が、顕現する事もなく、目前で消えて無くなったのだ。
放心するなと言う方が無茶というもの。

…だから、その時点できっと勝負は決していた。

放心していた、その一瞬の間。
跳躍したディラックは音も無くレウティアの頭上へと躍り掛かり、真下へと剣を突き出す。
ヴィルムの魔法によって祝福を受けた、輝く剣がレウティアを脳天から深々と刺し貫く。

奴は、間抜けとさえ言える呆けた様な表情のまま、どう、と倒れて二度と起き上がる事は無かった。











オリニヴィスへの攻撃を停止、天空城の司令官である風の四天王レウティアを撃破！
いきなり空中から攻撃を仕掛けられた時は、打つ手無しかと焦ったが、あのドラゴンのおかげで助かった。
情けは人の為ならずと言うが…まさかほんの小さな親切が、この結果を呼び込むとは思わなかった。
あのドラゴン、集中攻撃を受けていたみたいだが大丈夫だろうか？
怪我も治ったばかりなのだから、あまり無理はしてほしくない。
本人(？)は掠り傷と言ってはいたが、念のため今日一日は休んでおこうという事になったので、暇な時間が出来てしまった。

…天空城には魔物の気配はもう存在しない。
レウティアの敗北を知り、とっくに何処かへと逃げ去ってしまった。
ならばと好奇心の赴くままに、天空城に備わった兵器類も調べてみようとしたが「error」「パスワードを入力して下さい」という謎の記号の羅列が硝子に映るだけで動く気配がまるでなかった。
どうも、レウティア以外は起動できないように作られているらしい。
まあ、その方が良いかもしれない。
使えると分かれば、今度は誰がこれを所有するかで国同士がモメる事になりそうだから。

宝玉を巡っての旅は随分遠回りになってしまったが、四天王のうち3人を撃破し、各国を悩ませていた殲滅兵器、天空城も停止した。
後は天空城をどこか草原上空にでも移動させて、コアを奪い去れば良い。
そうすれば、勝手に落ちて瓦解する。
残骸になった天空城のパーツを求めて争いが生まれるかもしれないが、そんなのは此方の知った事か。好きに殺し合えば良い。いっそそのままお互い全滅でもしてくれたら此方はぐっと楽になる。

…まあ、恨み言は置いておこう。
ともかく私達は明日、王に報告をし、宝玉を渡す。
それで全ての役目は終わりだ。
四天王のうち3人を倒し、天空城を破壊し、宝玉を持ち帰ったのだから、褒美の一つでも欲しいところだが…まあ、あの王だ。期待はしないでおこう。

それよりも、名誉を立てたディラックが、父に認められる事。
ヴィルムが聖女への道へ一歩近づく事。

…彼等が少しでも良い立場になるのなら、幸せになるのなら、それで良い。
それが私への一番の報酬だ。

　嬉しくなってたまらず頬擦り
　完全に懐いた顔だ

　レバーを操作すると、棒の先端から刃が飛び出した
　果たしてどういう構造になっているのか（考えてません）

くすりと笑いながら偽はその言葉に同意する。

小首を傾げながら、あなたの提案に素知らぬ顔をして受け入れる。
何をされるかも分からないけれど……
―――知りたいなら調べれば良い。望むなら、あなたが望んでくれるなら―――

　フィーグルの話を聞いて、思い込みすぎたところがあったかもしれないと、少し反省する。

　えっちなことはよくないと思います。
　という価値観は変わらないけれども……

　少し、見方を変えてみるのもいいかもしれないとも思った。

　無自覚だっただけという可能性が大いにあります。

　

　

器用に羽ペンを操り、自分の名を記した、丸文字だ！

世界を渡ってきた商人だけあって、連れて行ってもらうことに抵抗は無さそうで、誘ってもらえて嬉しそうだ。

顔洗いをする黒猫の喉をちろちろっと撫でつつ。

下半身を指差して笑いつつ。
フィーグルさんの話を聞いていました。

しんみりした表情でそう呟く。

そう言うと、気合を入れるようにぺしぺしっと頬を叩いた。

えらく奇妙な尋ね方であった。

フィーグルが16、17歳程度で魔王になったと聞けば、
へえ、と少しだけ目を瞠った。

　一転、真剣に問われる。きょとんとした表情を浮かべた。
　それから、ああ、と頷いて。

先程まで逃げ腰だったが、その発言と名乗りを聞いて、闘気を膨れ上がらせる。