未だにぼんやりと霞掛かった意識が、私の手元に戻ってくる。
いったい私は、いつからこうなっていたのか。それすらもはっきりとしない。
ただ一つ理解できるのは――パーティに迷惑をかけてしまったと言う事。

　あの歪んだ世界の中で自我を手放した私は、何をしたのだろう。
いや、何もできずに倒れ伏していたのかもしれない。だがそれでも、だ。
『道具』として機能を果たせないなんて事は、あってはならなかった。

　私は、端々がぴりぴりと痺れた上体を、無理矢理に起こす。
ずっと寝ていた体はうまく命令に従ってはくれないが、構いはしない。
周囲の様子をうかがうべく、目を開く。うまく見えずに、数度擦る。
そうした後に分かったのは、ヘイアンが私の横に座っているという事だった。

「……あ」

　驚き、小さく声を上げてしまう。
恐らく一番迷惑をかけたとすれば、リーダーで『持ち主』の彼だ。
まずその彼が近くにいたのは、謝る上では幸運な事なのだが。
どうしても、心の整理がつかないままで、言い淀んでしまう。

「……その。ごめんなさい、私」

「フィアとナビは野営地点に戻ってる。……もう動けるなら、俺達もいくぞ」

　謝罪の言葉をさえぎるように、彼はそう言い放つ。
そうだ、私はパーティメンバーを待たせてしまっている。
こうしている時間さえ、本来は惜しいくらいなのだ。

「分かった」

　だから私は、彼の言葉にいつも通りそう返して、立ち上がろうとする。
しかし、うまく足が言う事を聞いてくれずに、僅かにふらついてしまった。

「……っ」

「だ――」

　倒れそうな私の肩を、ヘイアンの腕が支える。
少し前から、何度か触れてきた手。花を紡げなかった、私の頬を優しく撫でた、その手。
だが――どうしてだろうか。それから、今までのような暖かさは感じられなかった。

　私はヘイアンを見る。彼と視線がぶつかる。
彼は小さく息を吐くと、私の肩から手を離した。

「……無理なら、そうと言え。お前が『壊れる』と、俺も困る」

「ごめん、なさい。すぐ治すから」

　彼の瞳は、私がほんの少しの間見ていたそれとは違うものだった。
冷たさを孕んだ刃のような目。他人を押さえつけて言い聞かせるような目。
それは数日前に同じ物を見たから分かる。レンツォという青年と同じ物だ。

　そうか。
私は出過ぎた事をしてしまっていたんだ。
そう、今さらながらに思い知らされた。

「分かっているなら、いい」

　顔を背けてそう言い残すと、ヘイアンは私の許を離れていく。
どうしてこうなってしまったのだろうか。意識を失っている間に、何が。
あの時見た彼の優しい瞳が、暖かい手が、彼の本質なのだと思ったのに。

　――いや、違う。
きっと私が弱いから。『道具』であることができなかったから。
私の力が足りなかったから、彼はこうなってしまったのだ。

　彼の暖かさは、まだ覚えている。私の心の中でまだ枯れていない。
でも、私には何もできない。彼の冷たい瞳と手が、私の在り方を縛りつけたから。
どちらが本当のヘイアン＝ディヴァータなのか、私に知る権利なんて無いから。

　――いったい私は、どうすれば。

　

　
ああ、『だから』怖かったんだ。
私の抱えている悪夢（モノ）と、彼女の背負った呪い。
摘まれる『既知』と、刈り取る『武器』

　

　
私は、吸われる側だった。
その恐怖に、突き動かされたんだ。

　

　
一歩だけ踏み出す。それでも、十分だろう。
私たちは、血に浸かりすぎている。
違う道を歩いて、同じ場所（ぬま）に、足をひたしている。
でも

　
目を閉じて、ゆるく首を振る

　

　
恐れで欲で盲目的に。
死を揮った彼等と、貴女は。

　ミモザの手が角に触れる。
　クーリアの角の表面は硬く、少しつるっとした感触だ。

　クーリアは角から伝わる、手の感触に、身体をこわばらせている。

　さすがにツッコミが入った。セクハラいくない。