「――！」

役に立ったと言われて、心に花が咲いたような、なにかがほどけて溢れだしたような気分になる。
いま、今日、いらないと言われた事に、ほっとする。

「よかった」

明日も、そうだといい。明後日も、その次も。
そうやって、いつまでも、役に立てれば。この力を必要だと言ってくれれば――

「一揆、上手くいくといいですね」

――私は、一人になることはない。
そう笑った私の顔を、

「……おい。どうした？」

レンツォさんが覗きこんだ。
揺れた髪が触れるどうか。微かな風。二人の呼吸が間で混ざる。
それでも、レンツォさんは眺めるだけ。私の上から下から、何かを確認するような、冷たく……そう、冷たく尖った視線。
人を見る目ではない。モノを見る、細められた琥珀の瞳。

「苦痛、衝動、病ではないな。ならば……あぁ、 成程」

何が起きているのか、わかったのだろう。槍の反対側で、地面を叩いた。
でも私は、何もわからない。
レンツォさんは、私に、何を見た？

顔がわずかばかり離れる。それを切欠に私は慌てて声をあげる。

「えっ？」
「どうも、してな――っ」

何を見たのか知らないけれど、私はわたし。
変わりのない、私で。
声を出したことで身体に力が入る。
詰められた距離を開こうと、逃げようと。下がろうとし た足が、
動かない。
足だけではない。せめて、と視線を遮ろうと伸ばそうとした腕が
動かない。
辛うじて自由な首を回せば、黒いなにかが、ういて、ほどけて、さけて。
腕を足を腰を、縫い止めている。

「動くなよ、すぐ終わる」

ゆっくりと向けられる穂先。その切っ先は私のからだの真ん中に。
無表情の目、形だけの笑み。
『この後何が起こるか、知っている』
ざわざわと耳元で何かがうるさい。突き止める前に、私のスカートから何かが飛び出す。

「――！」

音にせず呼んだ名には、何を求めたのだろう。
ただ、手を出さないように、と。 逆らう『異分子』には『罰』しか無いと

いたみのむこう

ここで死んではいけないことを
くろいかせよりまっくろな

死ねばその後引き起こされる禍殃を
でもわたしはかのじょじゃない

――あ、

暗くなる前に見えたのは、私の赤い、紅い血。

少女が落ち着きを取り戻したのを見上げ、安堵する。

突如聞こえる深く響く重低音、
あまりに見た目にそぐわない低い声だがそれを発した主は紛れもなく足元の金毛である。
その低音がコンプレックスなのか、声を発することが余程恥ずかしいのか、常時顔を前脚で押さえて。

発した声で問いに答え、
少女が手を伸ばしてくるのをじっと待っている。

龍は首を傾げてみせた。
彼の知る常識では飲酒を咎めるものなどそう多くはない。
忌避するのは大抵は下戸か、酔っ払いの世話をする人間くらいのものだった。

相手の笑顔に青年まで心が温かくなる。

初めて、青年は少女の名前を呼んだ。

そして彼女の手を取りぎゅっと握る。痛くないよう加減しながら、けれど気持ちが伝わるように力を込めて。

少し力の入った手を解すように包み込んで、青年は更に続けた。

まるで子供に言い聞かせるようにゆっくりと話す。
青年の顔は相変わらず無表情だが、それでも何か伝わった気がした。

　少女は一瞬、目を逸らして。ぱしゃりと掬った水で髪を少し濡らすと、ちょっと頭を振りました。
水気が飛びます。ええ、元通り。

　雨が降ると体調を崩したり、古傷が痛んだりする人々が居るらしいですが、
この娘は先天的に髪の毛がその技能を獲得しているようでした。悲惨の二文字。

　……それは果たしてびっくりしたのが原因なのだろうか？　子供の遊びみたいに言ってますけど。

　気にしたって仕方ないとばかりに。お腹さえ壊さなければこっちのもんだ、と自信満々。
熟練の水夫の如く頼もしい、川遊びで育った人間でした。