先ほどまでに平原に居たはずのカーキアスは、気がつくと黒い場所にいた。
目の前には黒い丸テーブルの黒い椅子に腰かけ、黒いカップから何かを飲む女。
カーキアスはここに来た事がある。と感じた。
それが何時で有ったか、この案山子は覚えて居なくとも来た事があるという感覚は感じていた。

女はそう告げ、指をパチリと鳴らす。
女の向かい側の位置に黒い椅子が現れる。
促されるままにカーキアスはそこへと着席した。

椅子にかけたカーキアスに女が尋ねる。何時の間にか現れた黒いカップにコポコポとお茶が注がれている。

上機嫌な声色で女が尋ねる。注がれた黒いお茶の水面に映る顔を眺めて、カーキアスは頷く。

カップを置いて女が手を差し出す。すると、何かが、カーキアスの体から零れ落ちる。
光を放ち、微風を呼び、ふわり、と。『それ』が宙に浮く。

女がはしゃぐ。パチパチと手を叩く。ちょうど女とカーキアスの中間。机の上に『それは』仄かで優しげな光を放ちながら浮いている。

尋ね、ちらつかせる。そして、それはカーキアスにも伝わる。『それ』を差し出せば、自らがなにを手に出来るのか。

カップに口を付けて一口。女はそれを飲み込むと改めて手を差し出す。さあ、と。それを寄越せ、と。いわんばかりに。



しかし、しかしこれは――。



――案山子は、カーキアスは首を縦には振らなかった。

女がカップに口を付ける。口に含んだものを飲み込み、もう一度口を付ける、
カタリと音を立てて、カップをソーサーへと置く。そうして、一つ、小さく息を吐いて、口を開く。

一言放つ。それは感情の篭らない感嘆詞。

放たれた言葉には全く感情が篭っていなかった。
つまらないおもちゃに対するコメントの様なそれを、女は続ける。

空気が、変わる。

カーキアスを取り巻いていた黒が鋭さを持つ。
差し出されていたカップがゴポゴポと音を立てる。
この時、この空間の全てがカーキアスに火傷する様な敵意を向けていた。

周囲の空気から比べると、余りに冷え切った声で口を開く。

小さな光が、カーキアスへと還る。全てが自らへの敵意を持つこの空間で、仄かに光る『それ』は、とても温かく感じられた。

周囲の空気からは考えられない台詞であり、また、台詞からは考えられないほど感情の篭らない声であった。

と、ここで案山子の目が覚めた。

尤も、案山子であるカーキアスが寝ることは無い。遵って、案山子の身体に意識が戻ってきたと言うべきであろうか。
案山子は今見た夢の事は覚えていない。案山子に夢を記憶する場所はないからだ。
しかし、違和感は覚えている。自信の身に何かが起きている違和感は。
そして、不思議な温かさを感じた。なにか、とても大切なものを守れた感覚を。



農奴革命主義的自治武装細胞報告書

早馬たる存在と遭遇。
然るべき処置を行う。
同行者と合流。
若干の不安を感じる共闘となった。
大丈夫であると考えたい。
地下牢を目指すものとする。
断固たる、石の意思をもつ存在が居るとの情報である。期待したい。

＿φ(￣Ω￣；)

＞ユーノ

＞スズメドラゴン

＞エオル

＞うた

力強く書き記される言葉を注視し、

名乗り、右手を差し出す。
盟約を表す『握手』。

　板を削る音。
　文字の刻まれる音。
　奇妙な静寂の中、呪術師は、その文字が刻み終わるまで、微笑みを顔に貼り付けたまま、その仕草を眺めていた。

　ゆっくりと、開かれた、瞳。

　――――ぐわんっ。

　その言葉は、最後まで、案山子の意識に届く事は無かった。
　一歩、踏み出した足。
　地に放り出された板切れ。呪術師は、足元のそれに灰色の視線を向ける。
「何故貴公、呪術師ソルト＝エルト＝タクト＝アルトセルトは――」
　それこそ、互いの言葉共、意識の断絶と共に、不完全な形で、斬り落とされていた。

　その呟きは、案山子は愚か、世界の誰にも届かない。

　伸ばした腕、近付いた足。
　それこそ、口付けられるような距離で、呪術師は、動かなくなった案山子に向けて、両手を差し出した。

　まるで、恋人にそうするみたいに、呪術師は藁と竹で出来た身体を抱き締めた。
　細い指先が、それの後頭部を撫でる。
　優しく、慈しむように、彼が立ち去るまでの暫くの間、呪術師はぎゅっと『命』を感じない身体を抱き締めていた。

　ハズサ様が大剣で敵の近接初撃を受け止め、そこから手札を切り始めた。