『首届かぬ剣王姫』

　大剣。戦闘妖精族にとって、普通ではありえない剣。
　双剣で己の実力である精霊の本質を発揮する者が、双剣に頼らなくなったという証明。元服のようなものである。その元服を終えた者が、五人。現在生存している数が、たった五人である。
　大剣の遣い手を、《妖精剣王姫》と呼称する。《妖精女王》という戦闘妖精の経営者の命令にのみ従い、妖精の里の秩序保持を大義とする。
　《妖精剣王姫》が、ロギとハズサ様の前で大剣を構えて、立っていた。

「覚悟は、できておるか」

　短い、別れの言葉。それは、ロギ達が自ら断った栄達への道であり、生存への道標であった。

「あなたを倒す覚悟だけは、あります」
「……倒されても、文句はありません。どうぞ、よしなに」

　大剣の像が、ぶれる。とっさに、双剣を交差して構える。まず、反抗する意思を持つ私だけを潰す。そう来ると見ていい。両腕が、股下まで沈む。両手に確かな手応えを感じ、”受け止められた”とまず思った。それから身を半歩引き、羽根を閉じる。ゆっくりと旋廻しつつ地面へ自由落下する。それで、初撃振り下ろしを受け止めてからの腹徹しはかわした。

「読んだ……？」

　妖精剣王姫がそう呟いた瞬間、ハズサ様がロギの上方に飛び込み、縦に回転しながら切り降りて来る妖精剣王姫の上方から双剣を振り下ろす。それを、妖精剣王姫は正面で受け止めた。

「凌ぎ切れなかった……？」

　妖精剣王姫の困惑した声。すかさずロギが双剣を交差させ、そこから更に剣の切っ先を開いた。妖精剣王姫とハズサ様が圧し合っている背を取った格好だ。妖精剣王姫が、左手で大剣を握り支え、空いた右手をロギへ向けた。その右手で、刃の腹を掴んで刃の裏をロギの首を押し当てる。息ができないどころではない。このまま、この立体座標に居座れば一秒もしないうちに首が捻じ切れるのは間違いないと確信する。まだ自由に動く左手の双剣を振り上げ、妖精剣王姫の心臓を狙い突き出した。妖精剣王姫の背をほんの僅かに裂いて、勝てるかもしれないと思った瞬間、ハズサ様が上空へ跳んだ。
　ハズサ様が上空で咳き込み、口から血を垂らしていた。同時、妖精剣王姫が大剣をぐるりと振るい、ロギを地面へ叩きつける。一撃の重いハズサ様と違い、空間を把握して戦うロギは正面から完全に妖精剣王姫を受け止めることはできない。地面が粉を噴く中、全身にヒビが入っているのを知覚した。
　ロギも、ハズサ様も隙だらけである。どちらでも、今なら討たれうる。大剣にあって、双剣に無いものは無い。だが、双剣にあって、大剣に無いものがある。『魔法』だ。精霊固有の魔法を自ら封じてなお最強にあるからこその、《剣の王》。
　ハズサ様が火焔を滾らせながら、猛火となって妖精剣王姫に直撃する。軽い爆発があり、妖精剣王姫が地面近くまで下降した。そこで滑空して姿勢を立て直しているところに、ロギが精神攻撃を放った。性質は衰弱。
　だが、その精神攻撃で体勢を崩すことはなかった。瞋恚の瞳をこちらに向け、突っ込んでくる。

「後の先だ、近づくな」

　ハズサ様に対して叫んだ。狙いはロギではなく、対等近くに渡り合う腕力を持つハズサ様の首のはずだ。妖精剣王姫の隙の全てはハズサ様の直感と行動が生んだものだからだ。
　ハズサ様は、止まらない。このカウンターを見逃せばロギが死ぬと知っているからだ。
　だからこそ。

「一人で平気だ。心配しないでくれよ」

　立ち上がり、地面に足をしっかりつけ、双剣の右手の一振りで大剣を受け止める。一瞬止まれば、よかった。再び精神攻撃を準備し、左手の一振りに乗せる。肉体に直接流し込めば、精神影響は減衰しないからだ。大剣を支える腕に、掠めた。皮一枚だったから、かわさなかったのだろう。ロギは妖精剣王姫の大剣を、正面から受け止めた。

「どうした。魔法を使っているうちは、《妖精剣王姫》にはなれないと、教わらなかったか？
　そう、私は教えたはずだがな」

　妖精剣王姫は、喋りながら士気を自発的に頂点まで高めて腕力を取り戻し、大剣を振り上げた。ロギは羽根を使って巧く滞空し、天井への衝突を防いだ。
　目を凝らすと、地面にハズサ様が倒れていて、今にも腹部に大剣を徹されようとしていた。
　ロギはハズサ様の名を叫び、双剣の一振りを妖精剣王姫の首裏に投擲する。
　ハズサ様の周囲に血が飛び散った。腹部の、体の半分近くまで刃を入り込んでいる。そして、振り返ったようだった。ハズサ様の体に突き入れる左手は休めずに、右手で投擲した剣を受け止められてしまった。

――望んでこうなった訳じゃない。

　　だが、この戦局は、かなり有利だ。

　全能をもって羽根を振り羽ばたかせ、妖精剣王姫が両手とも空いていないこの瞬間に、脳天へ、『剣』を振り下ろした。
　されど。顎で、挟めるのか。仮にも筆頭の成績を出している妖精隷姫の両手持ちの剣を、歯ではさんで受け止めれるものなのか。
　逡巡しかけて、すぐに精神攻撃を刃に乗せる。歯は、肉体だ。精神攻撃は減衰しない。
　顎の力が弱まる。衰弱が効いたのを理解したハズサ様が立ち上がって、腹部に刺さった大剣を片手で握り妖精剣王姫にもう片方の手に在る『剣』を振り上げる。先ほどの投擲で使った剣を捨てた妖精剣王姫が、ハズサ様の仕掛けた剣を掴んだが、衰弱の状態でハズサ様の腕力と対等に渡り合えなかったようだった。妖精剣王姫の手の平が裂けたところで、引っ込めた。
　ここにきて、ロギが歯に対してずっと精神攻撃を仕掛け続けていたが、大剣をいまだに身を受けているハズサ様もかなり限界に来ていたらしく気を失ってしまった。
　妖精剣王姫がハズサ様から大剣を引き抜き、大剣の腹でロギを地面に振り払う。

「ハズサは、本当に妖精剣王姫になれるかもしれん。『一振りの剣』で、『魔法を使わずに』、私と五分に近かった
　ロギ、貴様は駄目だが、ロギを殺せばハズサを失うことになるらしい……そういう、古い約束があるのだったな。殺さないでおいてやる」

　ロギは尻餅をついて、大きく呼吸した。

「妖精女王がなんと言うか、想像するに難い
　もし殺せと言われれば、ハズサはなんとしても助けるが
　ロギの方は殺さざるをえんな。それは、心得ておけ」

「分かりました」

　拠点へ、ハズサ様を抱えて急いだ。拠点にすぐに運んでハズサ様に傷薬を練り込む。間に合うか分からない。出血量が多くて死ぬ場合も、体躯の小さい妖精にはよくある。
　助かってくれとロギは念じる。十時間。０時から会見・戦闘を始めて十時間経って、ハズサ様が目を覚ました。十時間だ。

「心配……した……からな」
「安心なさい。あなたよりは長く生きる予定だから
　一人ぼっちは寂しいでしょうし」
「私の方が友達多いけどな」
「今そういう自慢するシーンではないわね」

　それだけ言って、また眠った。一時間後に目を覚まして、攻城をすると言い出した。
　強情だな、とロギは思う。禍々しい一揆は、どこで決着をつけるか。体制と強力な指導者の居ない従属民の勝負には、政権の打倒は難しく、現体制と上手く和解したほうがいいのだ。ロギは思案する。ハズサ様のことを、頭の片隅でずっと思いながら、思案した。

――さいきょうのあかし――

　　◇　◇　◇　◇

　攻城だ。本日だけはいつもと違ったメンバーなのだとふと気づく。すっかり忘れていた。舞台袖で暴れてたら本編に出れなくなったスピンオフの残念主役みたいだ。
　思い起こす。確か、ちえりと侵略者はトキサメに聞いた場所を攻城すると言った。ネクターも多めに持っていったので、何か訳があるのだと思う。
「他の二人はどうしたのさ。ネクターを余分に持って行ったよ。黙認したぐらいだし知ってるだろ？」
「うむ。ロギ殿がアルミ・カーンと遭遇する前のミーティングに来てないので知らぬのだ。我から話しておくべきであったな。すまぬ」
「仔細を聞かせてくれ」
「地下に行くのは情報収集ができてからという話であったが、何度か顔も合わせている顔ぶれのパーティーがその情報をたんまり持っておったチュン
　そこで、自生しているのか分からんが、某エンブリオをスカウトするのだ」
「偵察と援護が役割のスズメドラゴンさんは何に貢献したんだい」
「麦食って寝てた」
「殺すぞ」
「ヒィ……真面目に偵察してるしたぶん。昨晩も森に行って攻城中の一揆参加者と接触したチュン。睡眠時間の短いのをよく、色々な情報収集活動はしておる」
「それならいいけどね」
　で、これからハズサ様が大怪我をしてるのに、攻城だ。
「はぁ……」
　おもむろにスズメドラゴンが尻尾でハズサの頬を叩く。
「傲慢でこその妖精チュン」
「反論は無用ね。確かに、それが在るべき姿と思えてきたわ」
「でも今日の攻城では私が」
　瞬間、ハズサ様が大剣でロギの額に軽く触れる。皮が切れたような感じがしたが、血は出なかった。
「いいこと。ロギ様、私は強い。誰よりも強い。それが妖精剣王姫になりうる私の在るべき姿
　そして、その威容を壊さぬように永遠戦い続けるの。それが、このハズサの選んだ道よ
　早いこと私に追いつきなさい。夢と思い出を、ただの記憶にしてしまわないためにね……」
「ああ。よし！」
　スズメドラゴンがふわふわした滞空で見た目オレンジ色の髪の女性に近づく。
「心優しき魔神こと案山子殿と、こちらの練習試合やパン屋さんでお馴染みのユパック殿がスレイプニルなる獣と格すこと決めし利は、ありてかくに、我何人も抗わんや」
「ごめん言ってること半分しか分からない。要は目標の合致によるパーティー分割ね
　……そうね、フラグ台詞はこうだわ『PK同士としてまた会おう』。ちゃんとこう言ったわよね？私いっぺんあのメンバーと戦ってみたいのよ」
「練習試合ならともかく、PKはダメだろ」
　さあ、目の前に獣が見えてきた。

＞ユーノ

＞スズメドラゴン

＞エオル

＞うた

服を摘まれて起きたようである

だが、寝ぼけている様子である

何か盛大に勘違いしている様子であった

　ハズサ様が大剣で敵の近接初撃を受け止め、そこから手札を切り始めた。