びゅう……と。
　風を斬って飛来したその一撃を、俺は遂に避ける事が出来なかった。




　それまでの戦いで疲労困憊していた、というのは勿論ある。

　何度も何度もギリギリの淵にまで追い込まれ、しかしそれでも俺が倒れてどうするそうなったら他の奴等の回復は誰がするんだ……と、半ば気力でもっていたようなものだ。それぐらいに相手の勢いはあったし、戦い……というか荒事自体に慣れているような気配もあったからな。
　逆に、俺たちはこういう空気には慣れていない。まあ、俺なんかは元々次元の狭間の棲家でのんびりと過ごしてたような身だし、ミクネだって狩人といっても普通の野生の生物を相手にしていた程度だろう。アルコルやステフの過去は微妙に謎に満ちては居るが、どちらもそんな物騒な世界とは縁が薄そうではある。

　こうなると長期戦は非常に俺達にとって不利だ。
　精神面的な意味でもそうだし、元々身軽さを利用して相手を攻める戦法が得意なヤツの方が多い俺達からすると長時間の戦いっていうのはスタミナをじわじわ削られていくぶん危険なものだ。疲れてくれば動きが鈍る。動きが鈍れば相手の攻め手を回避しずらくなる。いずれ致命的な一撃を受けてぶっ倒れるのは時間の問題……という訳だ。
　ドレだけ注意していても、どれだけ警戒をしていても、これは変わらない事実だろう。


　その時はあっさり訪れた。
　気が緩んだ一瞬の隙を突いての一撃は、乱戦の中をまるで掻い潜るようにして俺の元まで到達し。

　そうして、俺の意識はあっさり落ちた。

　俺の意識を揺さぶったのは、最近すっかり聞き慣れてきたミクネの声だった。いや、意識だけじゃない。身体もガクンガクン揺さぶられてるのがわかる。うっすらと目を開けた先には心配そうな顔の声の主と、やはり同じ様に覗きこんできていたアルコルの顔があった。相変わらず表情に動きは少ないが、眉尻を少し下げたその顔は……心配顔なんだろうか？　何にせよ珍しいものが見えたもんだ。
　そこまで意識すると途端に身体のアチコチがまるで痛みを思い出したみたいにズキズキと悲鳴をあげだした。鈍い鈍痛やら裂けた箇所からの疼く様な痛みやら……痛みには正直慣れていないので勘弁して欲しいぜ。何度味わっても慣れるもんじゃないし慣れたいとも思えないんだけどな。

　そういえばアイツ等は結局どうなったのだろうか。
　聞けば、何とかギリギリだったが撃退には成功したらしい。「ステフさんも倒されちゃった時はどうなる事かと思ったッスよ本当！！」と興奮冷めやらぬ様子なのは、危険度MAXな戦闘の後でアドレナリンが出まくったからなのかもしれない。うんうん、とミクネの言葉に頷いているアルコルはと言うと俺の次にダウンしたステフの介抱をしているようだった。

　それにしたって皆酷いもんだ。擦り傷切り傷打ち身は当然だが、ドタバタ大乱戦ですっかり埃っぽくなっちまっている。後でこりゃ水浴びの一つでもして服の破れは繕ってやるべきかね、などと思いつつ俺は契約するエンブリオ達を呼び寄せた。治癒の力を操るアンヘルとファータ、あとカッパ（まだ名前を思い付かない。というか、コイツ……気のせいか凄くステフに似てないか？　目つきとか、こう……うん）の助力を貰って全員の傷を癒して回る。
　自然治癒じゃ追いつけないモノを何とかこうして補えるのはありがたいことだ。エンブリオ様々ってな。

　こっくりと頷きつつ声を返してきたのは、気絶中のステフの頭に川の水で濡らした布を宛てがってやっているアルコルだ。俺がうなされていた時の真似のつもりか、少し低めの声を無理に絞り出しつつ唸ってみせる。
　うなされて……ねぇ。まあ確かに何かろくでもない夢見た気はする。俺の後に皆も続々と倒されていって負けちまったりとか。その上で俺は拾い集めてた作製だの合成だのに使う用の物品をSPと一緒に強奪されちまったりとかな。勿論、夢は夢だ。俺達は無事に買ったし、逆にアイツ等が落としていった金品を回収することも出来ちまったぐらいだしな。
　本来なら落とし物は持ち主へ……ってのが筋なんだろうが、今回は突っかかってきたアイツ等には多少凝りて貰う必要もある。勉強料として貰っちまっても、悪かないだろ。状況が状況だしな。



　それにしても変な奴等だったな……やたら荒々しい気配の女とそれに振り回される男連中。ぱっと見た感じの印象は、ザッとそんなものだったっけ。
　構成人員的にはこっちとは間逆だな。あっちは男共の中に紅一点（って言っても随分とおっかねぇヤツだったが）だが、こっちは男一人に女が三人。女は三人集まると姦しい……なんて言葉を聞いた事もあるが今回ばかりは姦しかろうが何だろうが俺の方が立場的にはマシなんじゃねぇかなとは思ったのはココだけの話だ。

　だってそうだろ？
　幾ら煩いぐらいに騒がしかろうが、さすがに『人狩り行こうぜ』なんて物騒なこと言い出したりしない訳だしな。そんなろくでも無い事言い出す奴よりは、多少ムチャ振りが多いとはいえまだアイツラの相手をしている方が良いってなモンさ。



　そういう意味では、俺は随分と幸運に恵まれている……のかもな。
　多分、だぜ？






散々な目にあった水辺での活動を後にして、俺達は『護りの森』と呼ばれる場所に来ていた。
名前の通り、深い深い森で城壁をぐるりと囲みこむ様にして広がっている様は上空から見ても壮観だったな。

しかしこの森を抜けないと城には多分入れないんだろう。
上空からだなんて狙い撃ちしてくれって言ってるみたいなもんだ。
俺だけならまだ何とでもなるが、他に背に乗せてる奴等が居るからな。
ココは大人しく森のなかを突っ切るとするかね。


そういえばこの森には他の場所と同じように色んな生き物が生息しているらしい。
エンブリオとして契約できるやつも勿論いるとは聞いている。
ただ、どいつも今までの場所で出逢ったやつよりかは強力な傾向があるって話だ。
要注意……ってトコだな。

エンブリオといえば、契約可能な奴に『ユニコーン』ってのが居るらしい。
多分俺の知ってるユニコーンと同類なら、アレだろう。
頭に角がある綺麗な馬……なんだろう多分、きっと。
コイツが回復役には便利なスキルを持っている、という噂を水辺でチラッと耳に挟んだ覚えがある。
だいたいココの生き物は一度打倒して契約しちまえば付いてきてくれるみたいだしな……。
ちょっと狙ってみるべきかもしれねぇ。


ぁー……ただしアレだな。
ネックになる事がひとつあるか。
ユニコーンの性質っつーか気質っつーのか……有名な話だろ？
『非常に獰猛で、処女の懐に抱かれて初めて大人しくなる』とかいう話は。

まあうん……処女とか言われてもな、俺は男だしな……。
下手に俺が出てったらアレか？　問答無用で串刺しー、なんてあるのか？
さすがにそれは正直……御免被りたい。


そんな風にどうしたものかと悩んでいると、思わぬところからアドバイスが帰って来た。
こうして日記を書いている俺を物珍しそうに見ていたステフからだ。
ステフ曰く、「ユニコーンなら女装で誤魔化せるっしょ」……ってちょっと待て。
俺にアレか、ソレは女装をしろと言いたいのか！？
詰め寄った俺に対してステフは「背後から急にブッスリ刺されたいのかねイケメェン？」とニヤニヤしてる。
しかも「回復技覚えたいなら……覚悟決めたほうがイイんじゃね？」とまで。

……く、くそぅ。
否定出来ないから地味に辛いぜ……。
これからさらに戦いが厳しくなる可能性もあるんだ、回復手段は多い方がいい。
俺自身の強化にもつながる訳だしな……。


そんな訳で渋々、女装によるユニコーン対策を許可したわけだが。
……何つーのかな……うん。

……おれ、ちょっとかえりたくなってきたかもしれねぇ。

（最後の方の文字はブルブルと軽く震えており、随分と掠れ気味な様子だった）

両手で顔を覆い、さめざめと泣く青年が居たそうな。

クライの妹の話については、早々に終わらせる。
人がいい……もとい、竜が良いと評されることには苦笑を浮かべた。

どう話せば良いでしょうね、と少し考えを巡らせながら指先で髪の毛を弄り、

そこまで話した後、不意に髪の毛を弄る指を止め、

口元を手に当てて、楽しげに笑った。

軽く右手を裏返して、回答を促す。
相互理解を計る意図があるようだった。

離れていろと言われて首をかしげつつ遠くに離れたスズメ。

何が起こるのか分かっていない。
そんなとき。
目の前の青年が大きな咆哮とともに巨大な竜へと変化した。

さすがに驚いたらしく短く鳴いて羽根を逆立てた。

謎の声を発してスズメが謎の魔物の姿に変わった。

聞こえてくる声は、まったく言葉になっていないが、どうやら大層驚いているようだ。

しかし数秒して、やっとその竜が青年だったと理解したようだ。

まだすこし羽根が逆立っているが、先ほどのスズメの姿にもどった。

本当にびっくりしたらしい。

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

あいかわらず俺の命名センスが光って困る。
しかし、ベルに俺を心配することを促す姿をみると、
根っからの良い奴なんだと感心する。





きっと、知らず知らずのうちに頼りにされて、
なんだか厄介ごとをまかされまくってしまうタイプの青年だと見た。

そう言いながら、手を振って近づいてくる。

（女装）青年は戦闘前から燃え尽きている様だ。