※　遅れましたが、第五回の話完成。興味のある方はどぞ。
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　考えても、考えても。
　掛けるべき言葉一つ、浮かばなくて。
　考えるだけ深みに嵌まるような気さえしてくる中で、ふいに思い出したのは、彼女と出会った時のことだった。

　――コトカさんと出会ったのは。ラルフさんとの手合わせを終えた、その少し後。

　確か、ひとまず王城を出た所で、何処へ行こうかと考え事をしていて。
　けれど、その時の私は、手合わせの後、ルリアンナさんが口にした一言が、妙に気になっていた。

「なるべく誰かと一緒に進むようにしたほうがいいわよ！！」

　これから進攻する人へ向けた、単なるアドバイス。多分、そうだろう。
　その時の私は確かに、まだ頼りなかったと思う。……今も、かもしれないけど。イェジとは契約していたものの、十分に力を引き出せるような状態ではなかったし、……色々、不安もあった。
　けれど私の後に来た、堂々とした巨躯の戦士や、いかにも戦い慣れした傭兵にすら、ルリアンナさんはそう声を掛けていたようだった。
　知らないもの同士が手を組むことは、旅をしていれば、よくあることだと思う。募集を聞き、王城に向かう何ヶ月かの間、私も幾度か、行き先が同じだった人々と一緒に行動したことがあった。
　けれど、表立ってそれを、参加者に勧めるのには、なにか理由があるのだろうと思っていた。一人では、到底立ち向かえない強大な敵が、この先には居るとか。
　元々、私が耳にしたのは増援の募集だった。当然、一揆勢として、先に戦っている人々がいただろう。その人々が、太刀打ちできなかったような、そんな存在。
　もしくは、一人きりでは抜けられないような難所がある。一人で行っても、どうしようもないような所。
　そんなアドバイスを無視できるほど、その時の私は強くはなかった。では、誰かに声を掛けるべきだろう、どうしようかと思っていた時。

　――ウルヘアさんが、イェジを襲ったのは。

　例え見た目は子狐でも、エンブリオであるイェジを襲うのは、野生のエンブリオか、モンスターくらい。風を伴って飛び回るイヌワシの姿から、きっとエンブリオだろうと思ったけれど、野生のエンブリオがこんな所にいるとは思えなくて、辺りを見回して。
　そこで私は、こちらへ駆け寄ってきた少女に、声を掛けた。彼女は戸惑いつつも答えて。
「え、あ、ええと、……そ、そう、なんだけど。あの子はあなたのよ、ね、」
「ええ、そうです、どうすれば……」
　入っていくのも躊躇われて（思い返していて思うけれど、普通に止められたような気もする）狼狽えながらそう返した私に、彼女は焦った様子でウルヘアさんを見て、
「ごめんなさい、ちょっと待ってて、……ウルヘア、」
　そう言ってから、ウルヘアさんの方をきっと、見た。
「ウルヘア！」
　一際、強い口調で名を呼ぶ。そして、彼女は指を手に遣り、大きく息を吹く。
　高く、大きな音が、空に響いて。
「ピィ、」
　そして、どこか不服そうに一鳴きして、ウルヘアさんはイェジを追うことを止めた。
　見事な手際に、私もほっと胸を撫で下ろす。契約者とエンブリオの関係は様々だけれど、二人にはきちんとした関係が成り立っているんだと、妙な感心すらしていた気がする。それから。

　それから。

　彼女に謝られた。真摯な謝り方だったし、イェジも追い回されて疲れてはいたけれど、怪我はなかった。ウルヘアさん自身も、お腹が空いていて、悪気は無かったのだと聞かされれば、怒る気にもなれなくて。
　抱え上げたイェジを見せながら、気にしないでほしい、と言ったけれど、彼女の表情は晴れることはなく。また、襲ってはいけないから、と彼女は踵を返した。
　――多分、そのまま見送れば、こんなに、関わることなんてなかったんだろうと思う。けれど、去っていく背中を見た時に、ふと、先ほどまで思い返していた言葉が頭を過ぎった。

　『なるべく誰かと一緒に進むようにしたほうがいいわよ！！』

　そう、ルリアンナさんが忠告したことを。彼女も、きっと言われただろう。けれど、彼女は一人で去ろうとしていて。
　このまま、別れてもよいのだろうか。頭の中に浮かんだのは、そのことで。けれど、ここで彼女を引き止めて、それを言って、どうなるんだろう。そうも思って。
　でも、けれど。

　――選ぶのよ。あなたが信じる道を、信じられるものを。

　遠い記憶の中、誰かの言葉。かすかに聞いた、その声に押されるように、
「あ、あの、……っ！？」
　迷いながら呼び止めかけた、その時。

　突然、イェジが私の腕を蹴って下りた。

　ぶわりと毛を逆立て、威嚇するように唸って、そして。

「……テ、ワウンッ！」

　吠えた。大声で叫んだようにも思えたけれど、鳴き声では私には分からなかった。子狐の姿になってからも、不慣れではあるけれど、いつも人の言葉を話してくれていたから、むしろ鳴き声の方に驚いて。
　彼女も振り向いて、明らかに気の立った状態のイェジに、戸惑っていた。
「え、……えっ、」
　変な緊迫感に満ちた空気の中、ウルヘアさんが悠々とした態度で、一鳴きを返す。
「い、イェジ？」
　どうしたのだろうと声を掛けたけれど、彼はなおも吠え続けた。その視線はウルヘアさんに向いていた。そこでウルヘアさんに対して、怒っていることにやっと気付いたくらいで。何が引き金になったかは、考えてみても分からなかった。
「ガウ、ワウンッ！」
「イェジ、やめ」
　止めようとしても、お構い無しに吠え続ける。私の声など、彼には届いていない。
「ギャウ、ワウ…ッ！」
「……ああもう！」
　吠え続ける姿に耐えかねて、私が取った行動は。
「止しなさい！」
「キャウン！？」
　イェジの尻を、引っぱたくことだった。
「ウルヘア、ちょっと黙ってて！」
　こちらの行動に、はっとしたように、彼女もウルヘアさんの脳天に手刀を振り下ろしていて。声が届かないのなら、実力行使しかないと思ったけれど、痛みからでも、止まったことに少し安堵して。
　……そこから。先ほどとは逆に、こちらが謝って。それで。

　それで。

「それで、あの、……他に何か、用でも？」
「……あ、はい、ええと」
　彼女が、問いかけてくれたことで、何とか口を開いた。
「その、……君は、平原へ向かわれるのですよね？」
　あの時、口にしたことは、きっとあんな状況でいうことでは、絶対なくて。ちら、と見下ろしたイェジは、尻尾をだらりと下げて黙っていた。あの時のイェジも、私が何を言い出すかなんて分からなかったと思う。それだけ、唐突な言葉だったろうし、言うべきことでもなかったと、今は思うけれど。
　けれど、でも。何度も、何度もリフレインする言葉に、このまま去ってしまうことは出来なかった。
　ほんの少し、躊躇って。
「私も、同じ方へ向かうので……パーティを、組みませんか？」
　誘いの言葉は、思わず浮かべた苦笑いと一緒に、頼りなく響いた。
「……、……は？」
　彼女の反応は、ある意味予想通りで。目を丸くして、そう返されて。
「ええと、……ちょっと待って、」
　混乱したような声音。少しの沈黙の後、私をじいっと見て、
「あなた、本気？」
　そう言われるのも当然だと思った。
「ええ、本気です。……君が困惑されているのも、承知しています」
　苦い笑みを浮かべたままで頷き、聞く姿勢を取ってくれた彼女に真摯に答えようと、考え考え、言葉を紡ぐ。
「……ウルヘアさん、でしたよね。先ほどは、お腹が空いていたとお伺いしましたし、食欲はあっても、悪気は無かったんだと思っています」
「先ほどの、イェジも……訳も分からずに、いきなり追い回されたので、その鬱憤晴らしに反撃しただけでしょうし。それぞれの理由を理解できたなら、それはしないよう、次から気をつければいいことですから」
　あの剣幕からして、イェジとウルヘアさんの間で、何かしらのやりとりがあったのだろう。
「それで、君に声を掛けようと思った、最大の理由としては……ルリアンナさんが仰っていた事、です」
　何度も、何度も思い返していた言葉。
　参謀と自称する赤毛の女性は、何か知っているような、そんな口ぶりで。
「あの時、わざわざ、誰かと道を行くべきだと彼女が忠告した意味を考えた時、君一人……いえ、君と君のエンブリオだけで、このまま行かせてよいのかと、思ったんです」
　ただの、私のエゴかもしれない。けれど、そう思ったのは事実で。きっかけなんて些細なものかもしれない。
「私もイェジと二人でここまで来ました。けれど、これから先もそれでやっていける自信はありません。それと、君と組むことでどうなるかも、正直、わかりません。でも……揃って、一揆を生き残れる可能性は高くなる、と」
　そこまで言って、はたと気付く。喋りすぎたと思った。
「ええと……その、ですから」
　取り繕うように笑う。
「……こんな状況ですけど、君と君のエンブリオが良ければ……ご一緒できると心強い、と私は思います」
　彼女は、黙って話を聞いてくれていた。少し考えるような素ぶりを見せてから、それから、じっと私を見て。
「……最初に言っておくけど。私、あなたに守られる気はさらさら無いわ。ここまでは来たんだもの、見くびらないでちょうだい」
　はっきりとそう言って、でも、と続けた。
「あなたの言うことは、一理あると思う。これから先は、私たちだけで上手くいくとも限らないもの」
　彼女は、傍らのウルヘアさんを見る。
　ウルヘアさんは品定めでもするかのように、こちらを見て、ピィと一鳴きした。
　それに頷きを一つ返して、それから私に向き直り、言う。
「だから、あなたと『協力』できたら嬉しいわ。……どうかしら？」
　言葉を聞き届け、頷こうとして。ふと、未だ黙りこくったイェジに視線を落とし。
｢イェジ、｣
｢ケっ……もウ、決メたん、だローが｣
　小さく呼びかければ、ちらりと私を見たイェジは悪態をつきながらそっぽを向いてしまった。
　けれど、明確な拒絶ではなかったから、良しとして。
｢……はい、もちろんです。元よりこちらが望んだことですし、ありがたいと思います｣
　ほっとして。もしかしたら、少し笑っていたかもしれない。
｢ええと……では、よろしくお願いします、……あ｣
　そこで、やっと、彼女の名を聞いていないことに、自分も名乗っていないことに気づいて。どれだけ懸命だったのかと、自分で自分を揶揄したくなった。
｢……すみません、名乗るのを忘れていましたね｣
　イェジを抱えたまま、出来るだけ居ずまいを正して、告げる。
｢私はミハウ・クワイアトコウスキと申します。彼は、イェジ。……君の名前を、教えていただけますか？｣
　そう問えば、少しだけ躊躇した後に、彼女は名乗った。

「……コトカ・ララヤルヴィよ」


　それが、始まり。


　思い返しても、……やっぱり、おかしかった。
　ウルヘアさんがきっかけとはいえ、心に引っかかった言葉一つの為に引き止めたのは私の方で。それから、きちんと話すこともせずに、ここまで来てしまって。挙句の果てに、あんなことまで言わせた。何度考えたって、行き着く先は後ろ向きの結論。
「……分かれた方がいい、のかもしれない」
　ぽつり、口をついて出たのは、そんな言葉だった。これ以上、彼女に負担を掛けるくらいなら、いっそ、そうした方が。
　幸い、今はトーコさんやウィルフレッドさんもいる。私一人が離れても、きっと大丈夫だろう。それでなくても、エンブリオとの契約も増えたし、誰かと一緒なら危険な目に遭う事もないはずだ。
　私の方は……何とかする。同じように力はつけて来られたと思うし、これから元々の目的を果たすために、ただ先へ進めばいいだけの話。最初の頃は全く得られなかった情報も、ある程度、集められるようになった。たまに、難所を越えるためにパーティを組むとしても、その時だけ、気をつけていればいい。
　そうだ、その方が、きっと。

「なっさけねえモンだなァ、テメエ」

　――泥のような思考に沈み込む意識を、嘲る様な声が、すぐ近くで。





Chapter 2:Elegy　end

next >>> Chapter.3

ひらひらと手を振りながらミハウを見送ろうとしたが、彼が立ち止まると、ん？とその手を止め

この雀の名前はスズメというらしい。
"スズメ"が多用されると若干混乱しそうではあるが。

"ついてみました"　というのがよく分からないが、おそらく　"ついてきました"　といいたいのだろう。

このスズメ、ルリアンナに一揆要員にされていた。
ルリアンナ恐るべし。

唐突な問いだった。
瞳はミハウを捉えている。

息をついて、へら、と笑う。