心臓が一際大きくはねた気がして時計をにらみつけた。予定された時間と世界が重なって、合流場所へと走り出す。
　夕方頃から広がりを見せていた雲は、九時ごろ暗雲に変わり、憎たらしいまでに冷たく激しい雨を降らせている。
　路上に照明があるはずもなく、夜の闇は彼女の姿を隠してくれるはずだ。それなのにこの雨のせいなのか、嫌な予感がぬぐえなかった。
　泥土を跳ね上げながら走る。服は勿論のこと靴にも水はしみこんで容赦なく体温を奪っていく。
　かまうものか。
　彼女に対する不安が足を前に出させる、遮るものに構う余裕はない。
　不安の原因は小さなこと。他には誰も気づかないような、長い間一緒にいるからこそわかる小さな予感だった。
　それは後一押しで淵を越えてしまうのではないかという予感。
　それでも必要だから命令を下した。予感というだけで計画を中止にするほど愚かじゃない。
　これまでだって同じような任務を言い渡した、今回が特別じゃない。
　杞憂ですめばいい、心配性だと笑われて、見つめすぎているせいだよと馬鹿にされる。
　都合よく考える俺はどうしようもなく愚かだった。
　
　
　
　とある森を合流地点に指定している常緑樹で構成され、開発も進まないその場所は身を隠すにはもってこいだ。
　そんな森の中の一地点、晴れの日でさえ日の光が遮られる場所は、夜になれば当然のようにほとんど闇に沈む。それでもこの雨を遮るまでには至らず、そこにへたり込んでいる彼女の上に一切の容赦なく降り続けている。
　彼女を見つけたとき、息がとまる思いがした。もしかしたら本当に数秒息を止めたかもしれない。
　膝からへたり込み顔は空を見上げている。いつもの気丈な表情は消えうせ、泣き声をあげる赤子のようだった。しかし泣いているのだとしても、涙も声も雨に遮られこちらには届かない。
　両の手には刃がむき出しになった剣が握られ、目を凝らすと赤いすじが流れていることにも気づける。彼女は任務を果たしたのだ。
　いくら闇が味方をしてくれるとはいえ、血に塗れた剣をそのままにして移動するなんて自殺行為だ。そういうことを気にする余裕がないのだとしたら。
　彼女は既に
　顔をゆがめた。足音を隠そうともせず近づいていくが気づく様子もない。一瞬ためらって、腕を伸ばし彼女を抱きしめる。
　びくりと体をはねさせたがそれ以上の抵抗はない、細身の体が小刻みに震えるだけだ。
　そうしてお互いに声もなく抱き合って、お互いの暖かさを感じることもなく、こうなってしまったことをただ悔いて。
　俺は誓ったのだ。もう二度とこんなことに関わらせはしないと。
　延々と続く耳障りな雨がその誓いを嘲笑っているように聞こえて吐き気がした。
　
　
　私が見た知識はそういうものだった。
　何故だ。と問いたくなる。
　今目の前に居る男の行動と、この知識の乖離は決定的だ。
　それなのに、何故。
　何の矛盾もないような顔をして、そこにいられる？
　
　
　
　
　道場の中にある自分の部屋。
　はじめてきたときから、あまり物を増やしていなかった。師匠の部屋に置かせてもらうことが多かったのもあるし、そもそも物をあまり欲しないということもあった。
　『寒季』が近づいていて、布団から出るのが億劫になっている。それでもがんばって跳ね起きたのは、今日は朝から師匠が居ないと聞かされていたからだった。
　他の子供達には師匠から、変えるまで私（フィーナ）の指示に従うように通達が行っているらしい。大人の命令には従う。それがこの世界の子供というものだ。
　あくびをしながら着替え始める。早く厚着にならないと風邪をひいてしまうような気がして焦ってしまう。落ち着いたら柔軟運動をこなして、朝ごはんの係を起こして朝食を作らなければならない。
　洗面所に向かう廊下も寒い、だけれどこの季節の道場の表情が私は好きだった。
　寒く冷え込み、澄んだ空気が、常に清潔に保たれている道場では更に澄み渡り、入り口を跨いだ瞬間に、その場に自分の体が切り替わるのがわかるのだ。
　とはいえ、いまはそちらへ向かっている場合ではない、洗面所に入り、歯を磨いて顔を洗う。
　水も冷えていて、わずかに残っていた眠気を一撃で吹き飛ばす。
　ばしゃばしゃと乱暴に洗って、手ぬぐいで顔を拭くと、一日が始まったのだと改めて自覚させられ、その場で今日の予定について頭を動かす。
　今日は植え替えを行う予定だ。小さな植木鉢からそれよりは大きなものへと一つずつ、これを繰り返して十分に根が成長するのを待つ。
　小さいままだと根が十分にはれないし、いきなり大きくすると土に入った養分を十分に植物へ与えることが出来ないのだ。
　というわけで、地味な作業なれど、それが今日のメインになりそうだった。その後は自由時間でいいだろう。剣術を私が教えるのは違う気がするし。その間一人で修行できるのは嬉しいし。
　夕方には帰ってくるということだったから、作業を終えてから数時間といったところだな。
　そうやって一日の予定を立てた。ひとまずは、朝食係を起こしに行かなくては。
　
　
　ずずずっと、味噌汁をすする。
　自分たちで作った野菜で食べる食事は美味しい。何より採りたてというのが作用しているのだろう。
　勿論十分な出来といえるものは少なくて、そういうものをどう作るのかにも私は興味があった。師匠にそのあたりを詳しく教えてもらうことも出来るだろうか。
　まぁ図書館に行ってもいいんだけどね……。これは二重の意味。農業については為になる書物だから普通の図書館にも置いてあるはずだ。
　食事は粛々と進み、終る。みんなで食べているのに、この孤独感はいただけなかったが、仕方がない。
　片付けはまた別の係が居るので、彼女らを促して一緒に片付ける。こういう作業を怠ると、どこかでしわ寄せが来る、とは師匠の弁だ。昔はだらしなくてね、という彼女の部屋はいつも綺麗に掃除されている、昔のこと、少しだけなら知りたくもなる。
　食事休憩を挟んで、植木鉢からの植え替えに挑むことにした。
　小さなものと大きなものを一つずつセットで準備し、まずは実演。
　小さな植木鉢をひっくり返して、すぽんっと抜く、土を入れてある大きなほうは小さな植木鉢の形に穴が準備してあるのでそこへはめ込むようにして、土を軽くかぶせて植え替え完了。
　難しい作業じゃない。みんな集中してみていてくれたので何とか問題なく出来るだろう、と思いつつ、私自身も作業を進める。
　何度かやったところで、見回りに行く。土の加減が上手く行ってなかったり、深さが不十分だったりしたら、それを直しながら教える。
　怒っても萎縮させるだけで、望む結果は得られない。……と私も大人になってきたなぁと思ったりしながら、あの時じょうろを取り上げてしまった、病弱な彼女にも教えた。
　実際に大人になるのはまだまだ先だろうけれど、そういえば大人というのはどうすれば大人なのだろうか。と疑問を浮かべる。
　【大人は子供よりも上位】というのがこの世界のルールだ。じゃあ何処からそれは変わる？
　……わからないな。
　純粋に年齢だけなのだろうか、そうしたほうが管理しやすい。まぁ今度師匠に聞いてみよう、わからなければ図書館の二人を訪ねればいい。
　うん、と一人で納得していたら、子供達に囲まれていた、ぎょっとすると、どうやらもう作業は終ったらしい。
　全員を伴って一つずつ確認する、それがすんだら大きな植木鉢を保管場所へ移動し、小さなものは洗って干しておく。
　師匠がいないという状態だけれど、特に問題なく一日の半分は終った。
　後数時間、私に任されたのはそれだけだ、と気楽なものだったのだけれど。
　嵐は午後になってやってきた。


　水辺から砂地への移動。気温の差は予想したとおりだったけれど、湿度の差が思った以上にのしかかってきていた。
　もちろんそのあたりのことは情報として持っていたので、水を多めに購入するなどして対策は十分にしてある。それでもやはり

　苦笑しながらフィーナがつぶやく、シェイミーとサーリャは意外と平気とのことで、グレイは気にするほどのことじゃないとか。
　水辺に住む彼女が抜けてしまったことで、私が一番我慢弱くなってしまった。

　と何故かそこにいる彼女が強い口調で言う。そっちがメタだと言いたげなのを隠しながらフィーナは切り返す

　彼女が指差したのは人魚ちゃんのおなかから下が浸かっている水溜りだった、いや正確に言えばそれは空中に浮いているように見えるし、仕切りのない水槽と言ったほうがよさそうだった。

　首から提げた剣を示してフィーナが高らかに宣言する

　いつになく真剣な表情でサーリャが言う、思わず身構えるフィーナ。

　数秒固まってから

　思わず叫ぶ。

　えっ、と困惑の表情を浮かべるフィーナ

　土下座である

　なんて普通のアドバイスを送りつつ、そんなにセンス悪いかな、と首をかしげるのでした

苦笑して見せながら、イリスは言葉を続ける。

と言いながら、エンブリオの方を見やる。

肩の力が抜けたであろうフィーナに、まるで友人に話すように接する。

弟の事を聞かれれば、少しだけ表情を曇らせて。
でもそれも一瞬のことで、すぐに笑顔に戻り

耳をふにふにされてる間はちょっとくすぐったげ。でも、嫌ではないらしい。手を離されれば首をかしげて

得られた答えに、戸惑いと憤りを覚えて、思わず、といった風に口に出して。

自分が口を出していい事ではないと気付き、言いかけた言葉を飲み込んで、代わりに謝罪を告げ。

相手の様子に、自己紹介もせず話し込んでいたことに思い至って、慌て。

相手に倣って、軽く頭を下げ。

　少し怪訝そうに、その言葉を復唱した。

　問われたことには頷きを返した。
　それから、続いた言葉には、少し驚いたような表情を浮かべた。

　新王によるネクター独占。
　自分の力が自然と高まっていくのを、事態は決して待ってはくれないのだ。

「一揆」が何か分かっていないようだ。

「正解」と「不正解」の間にもいろいろあるようだ。

＞あなたの言葉に、自動人形の少女は深い頷きを以って迎える。
　感銘を受けている――という程ではないが、彼女に取っては少々興味深い話だったのだろう。
　話を聞く。この一挙動に於いては、創られし者に違和感は存在しなかった。

＞だが、流暢な言葉に反して表情は殆ど動いては居なかった。
　多少声色に、柔らかさを感じることはできるだろうが。