森を抜けた時、誰よりも先にソルトが見つけたのは、以前森で戦った、トウカの『センパイ』――
『マコト』の仲間である、ピンクの長い髪の女性の倒れた姿だった。そして傍らには白衣の男性。
男性の方の姿は然程ではないが、女性の方の傷は自分達に負けず劣らず、余りいい状態とは言えない。
どこか休める処は、という提案に対し、先導を案内しようと現れたのはルドのノーム『テラ』だった。
砂漠の中、瓦礫と日蔭へと先導しようとするそれに、ソルトへ視線を向ければにこりと笑いかけられたので、
同意と取り、肩を貸しながらついていこうとする。疲れていないかと。大丈夫かと問いかけるルドとトウカの言葉には笑みを返す。
事実、自分はそこまで重傷ではでは無いから。
やがて名乗り出す互いの名前。女性が『メィレー』男性が『ゲオルギウス』
そして視線をめぐらせれば、金の髪の少女と黒髪の少年――『マコト』が居ない。

「…マコトさんともう一人の女性の方はいらっしゃらないんですね…
仰っていた通り、山岳に行かれたのでしょうか…」

其れは森を抜ける前に交わした会話。ひとり言のようにぽつりと、
漏らせば何かを探す様に視線を向けていたトウカから、声が、聞こえる。

「クロさん。……先輩から何か、聞いていたの」

僅かに驚いたように、目を丸くして。其れには何も答えない。
言葉が、蘇る。だからただ笑う。いつもと同じ、笑顔で。
笑顔なのか、常の顔なのかわからぬ、穏やかな、笑みで。

「トウカさんはまず、ご自身の体を休める事の方が大事だと思いますわ。
…休息が、必要な方は、他にも」

「……クロさん」

短く呼ばれる、名。

「教えて。先輩は、もう一人の女の子と、どこかへ行ったの。……それともまさか、ひとりで」

笑みも無く、ただ、真っ直ぐに見詰めてくる瞳。逸らす等無い、ただ、純粋な。
――『彼女にだけは、俺と会ったことを内緒にしていて欲しい。』

森を抜ける前に、投げかけられた言葉を思い出す。
ああ、隠せないなと目を細め。眉を下げて笑う。
そして同時に思う。

――『そしてあいつが泣いていたら、その涙を拭ってやってくれ。』

大丈夫。彼女はそれだけじゃない。
泣く事もあるかもしれないけれど、守られるだけの少女ではない。芯の強さを、意思の強さを確かに、持っている。

隠せないなと、同時に隠すべきではないと、思ったからこそ、口を開く。
なるべく事実をそのままに、変えぬ様、言葉を選んで。

「……私も、詳しい事は存じ上げません。風竜と契約、とだけ。
それと――森を抜けた先、砂地に仲間の方がいらっしゃると。旅の助けに、なると」

マコトにあった事は仲間の誰にも話していないけれど、驚かないだろう。

「心配なお気持ちはわかります。…けれど、きっとマコトさんは、
トウカさんがそんなぼろぼろの状態では心配されると思いますよ？」

事実は伝えられても、思いは語れない、全ては知らない。
それは『彼』の思いであって『私』の思いではないから、それを伝える事は出来ないから。
だから私は『思ったまま』を伝える。それ以上の説明は、何かあれば補足されるだろうと。

「……どうして」

ぽつり。思ったままをそのまま口にしたように。その言葉の真意は。
何に対してかは、分からない。笑みは、無いままに。

「……わかっている。彼の後を追うだとか、そういう無謀な事は、考えていない。……安心して」

違うと、緩く、首を振る。そんな事は微塵も思っていない。彼女はそう言う事をする人では無いから。

「後を追うとは、思ってませんわ。――いつかおとずれる、もう一度会う時に。です」

後の言葉は、確信を持って。そう遠くない未来に訪れるであろう事を。唯穏やかに笑って。

「……もう一度？」

「…………そんな時は、きっと……」

何かを堪えるように、口元を結ぶ、その仕草。ああ、まただ。また、耐える様な、この。
彼女は、信じていないのだ。――もう一度が、ある事を。
マコトの方から望んで、トウカに会いに来る事は、無いのだろうと。
諦めて、しまっているのだろうか。それは少し、淋しくて。


そして聞こえる、ソルトの、言葉。

「……この人数だ。じっとしているわけにも行かない。ねぇ、『ゲオルグ』？
君、ルドとクロが居ない間、僕らの護衛を頼めるかい？」

「……『ルド』？　『クロ』？　僕らの中じゃ、比較的自由に動けるのは、君達だ。頼めるかい？」

「……後で落ち合おう。お互いに、こんな状態だ。誰が見たって解る。此処は、協力すべき場面だ」

その言葉には、頷く以外の選択肢は無い。もちろん、自分の意思でだ。
マコトの言葉を受け取るなら、仲間を頼れといった彼の言葉には素直に甘えるべきだし、ソルトの言う事は正論だ。
このまま砂漠にただ佇むより、動ける人間が様子を見て来た方がいいと。そういうことなのだろう。ソルトの問いかけには勿論、と頷き。

「そう、だな」

「……クローシェは、大丈夫か？」

息を吐きながら問いかけられたルドの声には確かに頷いて見せる。無理は、しない。

「私は大丈夫です。無理は致しません。…ルドさんこそ、無理をなさらないで下さいね」

完全に治癒の力をかければ、この後様子を見に行くならば万が一の時を考えると危険だと思い、
少しだけ力を抑えて、一番手負いに見えるメィレーへと治癒の光を向け、それから二人へ、頭を、下げる。

「……メィレーさん、ゲオルギウスさん。ソルトさんと、トウカさんを、仲間を、宜しくお願い致し
ます」

マコトの言葉に甘え、二人へ仲間を頼んで。そして後ろに聞こえるトウカの言葉と、見送るソルトの言葉に少しだけ、笑みをこぼす。
ああ、やっぱり、トウカさんは、ただ涙を流し続けるだけの少女ではない。
私は彼が、彼女を頼むと言った時の表情を、彼女の表情を告げた時の彼の表情を、知っているから
そして、彼女に告げなかった、言葉。

――『俺はまだ、彼女と会えない。……今のままじゃ、駄目なんだ。』

『まだ』と。少年は言った。
だからきっと彼は、何かを乗り越えて、きっと彼女に会いに来るだろう。

『だからトウカさん。『もう一度会う時』なんですよ』

再会を願うではなく、その日が来る事は確かだと、分かるから。心の中でそっと呟いて。
今は自分の仲間を、彼女を。彼の仲間を、少しでも助けられるよう。
自分がすべきことをと思い、杖を、もう一度握り直した。

すれ違いざまにかけられた声に、肩の辺りをふわふわと漂っていたロークが困惑したように動きを止めた。
自然と自身も足を止め、優しげな声をかけてきた女性に向かって、振り返る。

ようこそ、という歓迎の言葉に、彼女の出身を察した。

見た事のないエンブリオの姿に首を傾げ。

呑気に杖を、構える。