「……『倒れたのが君で良かった』よ。
　君やマコトや、カーキアスだけは、『僕が見えていた』から」

そう言ってソルトが『見つけ出した』女性は、見覚えのある人だった。
桃髪の。先輩と、行動を共にしていた。
認識した瞬間、心臓が、とても嫌な音をたてる。

嘘をついていた、いつぶりかの事だった。
どんな顔をして会えばいいのか、わからなくなるなんて。

けれど辺りを見回してみても、彼の姿はなく。
結局輪に加わったのは、同じく見覚えのある、白衣姿の男の人だけ。

「…マコトさんともう一人の女性の方はいらっしゃらないんですね…
　仰っていた通り、山岳に行かれたのでしょうか…」

すると、意外な人から、意外な言葉が落とされた。
いつの間に、という疑問を押さえ込んで、何か聞いていたのかと尋ねる。
答えはなく、こちらの身を労わるような言葉と、いつもの笑顔。

「……クロさん」

流されかけた言葉を引き留めるように、名前を呼んだ。

「教えて。先輩は、もう一人の女の子と、どこかへ行ったの。……それともまさか、ひとりで」

先を歩く学者の男性に背負われた、魔法使いの女性の傷は、深い。
彼女は決して弱くない。私はそれを身を以て知っている。
それでも、こうなってしまうなら、この先での単独での行動は、何れ程危険なのかと。

そもそも、隠していたい事だったのかもしれない。
クロさんは少しだけ、困ったように眉を下げた。

「……私も、詳しい事は存じ上げません。風竜と契約、とだけ。
　それと――森を抜けた先、砂地に仲間の方がいらっしゃると。旅の助けに、なると」

どうして、と。溢れるままに呟いていた。
彼は、更なる風の力を望んでいて、彼は、私達を助けるような言葉を残して、

何か、縋りたくなるような気持ちが同時にこみ上げて来て、振り払うように俯く。
約束は終わっていないと、風精の少年は言っていた。
裏付けるように、彼が落としていった欠片がちらちらと視界をかすめる。

でも、

「心配なお気持ちはわかります。
　…けれど、きっとマコトさんは、トウカさんがそんなぼろぼろの状態では心配されると思いますよ？」

「……わかっている。彼の後を追うだとか、そういう無謀な事は、考えていない。……安心して」

許されなかった事実が重く伸し掛って、自分を思いやる彼女の気持ちすら、上手く受け止められない。
柔らかな笑みを浮かべた彼女を、傷付けてしまっていないだろうか。
いっそ、その優しさに寄りかかって、今の気持ちを全て、吐き出してしまえば良いのか。
けれど自分は、彼以外への気持ちの預け方を、知らない。
旅の中で、少しだけ彼らを知りたいと、傷つけまいと思う気持ちを得たけれど、
それでも──あの家にいた頃と同じように。『煩わせない』事が、１番に来てしまうから。

「後を追うとは、思ってませんわ。――いつかおとずれる、もう一度会う時に。です」

「……もう一度？」

思いもしない言葉。
再び振り向けば、変わらぬ微笑みがあって、眩しいようなそれに、思わず目を細める。
彼女の声は、光のようで。けれど、

「…………そんな時は、きっと……」

言葉は、最後まで続けられなかった。未だ、向き合えていないのだと、自覚する。
結局、再び口を開いて紡げたのは、ソルトの提案に対する、
「気をつけて」という当たり障りない、本当の言葉達だけだった。

ため息をひとつ落とし。目を閉じて開けば、僅かな、ほんのり八つ当たりめいた鋭さ。

ミニドラゴンの頭の方からどんどんと、漆黒の鎌へ吸い込まれてゆく。
ぐるぐると中心で混ざり合って――――

流れる汗を拭って、再びため息を零す。
ここにいない仲間達が向かった先を見つめ、目を細めた。

ぱさり、と冬花へ風を送るように羽ばたく―――

ふわり、降り立つ姿。はためく黒。一陣の風。
ボロボロの学ランを纏った少年が、そこにいた。
上空高くを、蒼竜が飛び去っていく。

呪術師へ、振り返る。『右眼』が、彼を捉えて。

そうして、視線は再びブランチマンを名乗る男に戻す。

一呼吸おいて。語りかける言葉は、背後にいるであろう少女へ。

胸元のネックレスの先、トンボ玉を手の中に握り締めて。
右眼で、前方を『視る』。ブランチマンよりも先、陽の差す世界を。
自分自身の、進むべき道を。

　ふらりと、応える姿。
　少年が『其処に居る事』が、当たり前のように、呪術師は一瞥めいて向けられた視線を、見詰め返す。
　まるで、『最初からそうなる事を知っていた』みたいに、その顔には、常の笑みが貼り付いていた。

　灰色の瞳。その視線。今まで見た事の無かった、少年の背中越し、敵。
　ひらりと、指先が虚空で踊る。何かを繋ぐ様に、その軌跡は、少年から、少女へ。

　少女を通り抜けて、傍らの熱源を通り過ぎ、再び、細い腕の先は、『敵』へ。
　まるで、拳銃めいた形の、指先。

　折れてしまいそうな程に、細い、指先。

魔法使いの啖呵が響く中、
風に遊ばれる髪もそのままに、ただ、瞳に彼の背をうつして。
開きかけた唇が震え、閉じる。何かを堪えるように、瞬きをして。

ひらりと、いつものように目に入る、細い指先。
彼と、自身。結ぶように踊るそれを追うまま、立ちはだかる彼等を見つめ。
胸元のポケットに入れた栞に手を当てながら、
落とされた言葉ごと飲み込むように、すうと、息を吸う。

声はもう、震えても掠れてもいない。

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