「建葉槌さま!建葉槌さま!」
幼い子供達が呼ぶ声がする。
明るく、楽しそうに、私の名前を呼んでいる。
「はいはい、どうしたの童たち」
山で香々背男に出会ってから半月ほど…私は準備してもらった住居に逗留していた。
この集落を守っている主に会わせてもらう話だったはずが、随分と長く居着いてしまった…
それもこれも、あの男が『うちの神様は何時現れるか分からない』と言い出したせいだが…
正直なところ、久しぶりにゆっくりと休むことが出来て、とても助かっていた。
「この間作ってた、糸の編んだ奴!私にもあれの作り方を教えて!」
「あぁ、組紐(くみひも)ね、はいはい…約束してましたからね」
組紐の作り方をせがみに来たのは、香々背男の幼い妹と、その友だった。
齢にして、まだ5,6歳というところ。集落の中でも、特に活発な女児だった。
ここの住人達は、よそ者である私に対してもごく自然に接してくれる。
他の場所は農耕が発展しつつあるせいか、住民の中で調和が重要視される様子がある。
そうなると、よそ者…しかもその主導者の立場になる者は、調和を乱す不穏でしかないのだろう。
行く先々で、私は奇異の目で見られるばかりだった。
しかし、この集落は違う。
農耕をするに十分な土地が無いここでは、漁であろうと狩りであろうと、生きるためには如何なる手段でも講じる必要があるのだろう。
常に危険と隣り合わせの狩猟生活では、相手との関係はどうあれ、最低限でも意思疎通を取る必要がある。
そのためか、私に対しても…彼らはさほど壁のような物が無い。
むしろ、他所の神だと知ってもなお、この様に普通に話しかけてくる。
これには、私のほうが少し面食らってしまっていた。
神だと敬いつつも、まるで普通の人間のように…距離感が凄く近い…特に子供はそうだった。
「ほら、こうやって糸を交差させて…一本ずつ入れ違いに重ねていくの。
何度も何度もそれを繰り返していくと、丈夫だけど柔軟な紐になりますよ。
藁を使ったより縄よりも、長持ちするでしょう。大事なことは、一本ずつ丁寧に重ねること…ほら、やってごらん」
説明しながら、目の前で糸を手繰ってみせる。
数本の糸を束にしたものを8束ほど、入れ違いになるように交差させて、それを繰り返す…
複雑に絡み合った糸は、太さと滑らかさを持つ紐になっていく。
そうしている間、少女達は食い入るように糸の動きを見つめていた。
今度は幾つかの糸を少女達に渡すと、皆それぞれに見様見真似で紐を作り始めた。
彼女達が作っていく様子を眺め、時に上手く行かない部分を聞かれて、それに答えて…
ゆっくりと時間が流れていく。
作られていく紐は、一人ひとり、選ぶ色も異なれば、紐の模様も違う。
1人は紅、黒、青の紐を、別の1人は青、紺、緑の紐を…
「……出来た!」
数刻が過ぎた頃、香々背男の妹が歓声を上げる。
その手には、橙色、紺色、白色の糸を使った、やや編みの荒い紐が握られていた。
「…いい色ね。暖かな篝火のような…でも、まだまだ編み方が雑、これから頑張りなさい。
紐というのはね、長く生きた者ほど丈夫で、美しい物を編めるようになるのだから。」
そう言って、少女の頭を撫でる。
雑と評された少女は、不機嫌そうに頬を膨らませたが…撫でられればすぐに嬉しそうに笑った。
その笑顔は、実に明るく、生命力に溢れている。
私は、自分が治める『静』の地を…そこに住まう民を守るために、この地に来た。
しかし、今ではこの地に住まう民も、出来ることなら守りたい…そう思っていることは、既に自覚していた。
そう思っても、この地のことは、この地を治める神次第…私が直接、彼らに何かをする訳には行かない。
(…この子達の為にも、ここの神とは絶対に手を結ばねば……何時?何時になったら会えるの?)
顔を上げると、遠くからこちらに向けて歩いてくる男の姿がある。
今日の狩りの獲物を手にして、妹を迎えに来る姿…香々背男だ。
今日こそは、彼に問い糾さなければ…
この地を治めるという星の神…『天津甕星』に何時会えるのかを。
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タマキ 「……う、ううん…?」 |
また1時間が過ぎていた。
今、目の前にはチナミ区の一角にあったビル群……に、良く似た廃墟がある。
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タマキ 「何だろう、今回は凄く…ハッキリとした夢…というか、記憶というか…」 |
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タマキ 「……というか、なっが!!今回なっが!!」 |
1時間毎にある、現実の時間との記憶の同期…
その際に、毎回のように他者の記憶が流れ込んでくる。
ただでさえ、あちらの自分とこちらの自分で、記憶や経験のギャップがあることに違和感を感じていたけれど…
今はもうそれどころじゃない。
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タマキ 「うーん……これって、やっぱり『建葉槌命(たけはづちのみこと』の記憶、かなぁ… だとしても、どうして私にそれを見せるんだろう…」 |
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タマキ 「……シーズ、一体どういうつもりなの…?」 |
そう呟いても、答えは帰ってこない。
……恐らく、本人が目の前に居たとしても、答えてはくれない気がするけど。
ため息を吐いて、顔を上げる。
今は、目の前に現れた巨大なフクロウ…あの異形を倒すことに集中しないといけない。
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タマキ 「ふぅ…さぁ、行きますよ…!」 |
周りの仲間や自分に向けての気合を入れながら、拳を握る。
その手から、紅色の揺らぎが立ち上る。
いつの間にか…この世界で戦っているうちに、気がつくと炎に似た力を操れるようになっていた。
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(…”この世界では、異能が強化される”)
(これも、私の異能ということかな……私の力は一体…) |
不安に思っても、それを深く考えている暇は無かった。