
ハザマでの戦いにも慣れてきた。
と言うよりも,アンジニティと鉢合わせすることがなかったのだから,少々拍子抜けしていたところもあったかも知れない。
行き先を話し合う前に,必ずと言っていいほど端末を覗き込んであれこれと考えているリンカを,九郎は少し離れて眺めていた。
よくもそんなに真面目になれるもだ。と感心してしまう。
いつもならそろそろ,顔を上げて行き先を提案してくるころだが……
「………あ、まずいな。「あっち側」のヤツらが近い。逃げられないかも。
ちょっと情報共有しときたいんだけど、いい?一緒に「見て」もらった方が話が早いと思うんだ。」
…その表情から,面倒な事態なのはすぐに分かった。
あっち側,などと濁す必要も無いだろうに。
「…ま,ここまでが平和過ぎたってハナシだわな。」
正直なところ,同じ陣営との練習戦には飽きていた。
練習だというのにリンカは妙に真剣に動きを指示してくるのだ。
そういう意味では,やっと本気で敵をブチのめせる。などと,高揚する気持ちが無いではなかった。
「案外「裏切り者」の皆さんが多くてウチらはひっそりハザマ歩き回れたんだけどねー…いーかげん厳しいか。
今近くてヤバいのはこのご一行。今「共有場所」に映像いくつかピックアップするわ。見といて」
また面倒臭ぇことを,と,口に出しそうになった言葉を飲み込む。
なにやら呟きながら作業をしているリンカを苦笑混じりの表情で待つ。
「………よし、大体「拾えた」と思う。
必要だと思ったらないのも足しといて。見るから。」
映し出されたのは,今この4人に接近しているアンジニティの特徴や,過去に彼らが行った戦闘の映像記録。
「………。」
九郎は,なるほどこんなヤツらか。という以外にさほど感想は湧かなかった。
そんな九郎の横で,深く息を吐くリンカ。
それからリンカは,静かに語り出した。
「………ダメだ、イマイチ読めない。」
「チェックポイントの開放で与えられる力も計算に入れなきゃいけないのもめんどいけど…」
「…まあ,チェックポイント開放に絡む力がどっち方向に働くかは何となく「読める」から…その辺気を付けて,後は相手の「癖」頼みかな。」
「九郎はあんまり突っ走らないよーに。キネは…回復のタイミング少し考えてくれると助かるかな。
ウーリは相手の動きに注意して動いてくれるといーかも。」
読めない。
そんなことは当たり前だと,思う。
殴り合いのケンカなら何度もしたことがあるが,戦う前から相手の動きが分かるなら,そんな楽なことはない。
けれど,リンカの表情は真剣そのものだった。
まるで本当に,相手の動きを読もうとしているかのように。
「……正直,俺はお前が何言ってんのかサッパリ分からねぇ。」
リンカの異能が未来予知だとでも言うのなら話は別だが,そうでない以上,全てはやってみなければ分からない。
「けどまぁ……そうだな,ぶっ倒れっちまったらどうしようもねぇし。」
少なくとも,貴女の言うように突出して集中打を浴びるのは下策だろう。
あとは全て,その時になってから考えればいい。
「なーに,俺がぶん殴ってウーリの奴がぶっ放しゃ片付くって。
いつもみてぇによ,後ろっからサポートしてくれんだろ?」
だから九郎は,そう言って笑った。
面倒な作戦などどうでもいい。普段通りにやれば何とかなる。それでいいと思っていた。
けれどリンカは,どうやらそうではなかったらしい。
「………「アイツら」がどんな風に「マーク」はってて,その上でウチらの誰を警戒するか…
ウチらを負かすためにどんな手を打ってくるかピンとこない,ってこと。
今までどんな戦い方してたのかの映像はチェックしてみたんだけど,イマイチまとまってる感じじゃなくてさ。
おまけにチェックポイントの開放絡みで多分戦いの感じがガラッと変わるし。
ま,「アイツら」の今までの戦い方を参考にだね。」
そこまでなら,いつも通りの話,で済んだかも知れない。
けれどリンカは,悩みながらも,九郎の能天気な言葉を否定する。
「多分,今回はウチも前に出たほーがいいと思う。
サポートに徹してたんじゃ「勝ち切」れなさそう。
ウチ以外けっこー「マーク」キツいんだよねー。」
思わず,表情に出してしまった。
かよわいJKなどとふざけていたリンカが前に出る,などと,何を馬鹿なことを言っているのか,と,そう思った。
けれど,リンカの表情は相変わらず真剣。
きっと,いままで端末を眺めながら,一人でずっと考えていたのだろう。
その結論が,勝ち切れないから,マークされていない自分が前に出る。
なのだとしたら……
「……………。」
何も言えなかった。
思えば,これまで,道順も何もかもリンカに任せていた。
『これまではひっそりとハザマを歩き回れた。』
そう言ったリンカの言葉を思い出せば‥…これまでのんびりとしていられたのも,リンカがそれを意図して道案内をしてくれたからか?
「‥……お前,マジで言ってんのな。」
「考えてもみろよ,俺とお前並んでたらさ,多分だいたいの奴はお前の方狙うぜ?
ぶん殴られて大怪我しても知らねぇぞ。」
きっとリンカは引き下がらないだろう。
そうは思ったのだが,何も言わないわけにもいかなかった。
リンカはどこか茶化すように‥
「ま,コワいけど負けたくないからしょーがないよねー。
別に「殴る」わけじゃないから混戦とかに突っ込む気はないし,ウーリもキネもいるから何とかなるでしょ。
ウチらの構成的に,イヤでもアンタが一番目立つだろーしね。」
そう言って見せてから,少しだけ声のトーンを変えた。
「ま,だからこそ出来る対策、準備はしっかりやるよ。
他でもないウチ自身に関わってくることだし。」
いつも通りの様子で付け加える。
怖い。そう思って当然だ。下手をすれば死ぬかもしれない。
でももし,自分が逆に忠告されたら……きっと,リンカと同じように,怖くとも笑い飛ばすだろう。
「………分ーった,俺もあんま飛び出さねぇようにすっから。」
だからもう,リンカを止めようとは思わない。
…それでも,これだけは言っておきたかった。
「無理はすんなよ?」
「あはは、ウチがそんなムリするタイプに見えるー?」
今更そんなこと,言うまでもなく。
「ん?…悪ぃ,けっこ―見えるわ。」
ぎこちなく笑うリンカと,相変わらず楽しげに笑ってみせる九郎。
4人の話が終わってから,九郎は改めてリンカの集めた情報を眺めた。
もちろん,初めから負けるつもりはない。
それでも,ほんの僅かでも,勝ちの確率を上げるために。