
―― 2020.4.15
■検体Cの発作について
検体Cは時折精神異常の発作を起こす。3つの精神の内の1つ、『かつて喰らった人間の精神』が主な原因となっている。『自己犠牲精神の暴走』と見ることができるが、『信仰不足のため行われる暴食』ともとらえることができる。自分の精神干渉で鎮静化が可能。
本人は暴走をよく思っておらず、同一状況に陥った際に強制的に元に戻す許可は得ている。原因を取り除くためには歪んだ精神を克服させるか、信仰を満たしてやる必要がある。特に今は信仰が少なく、不安定な状態であるため発作も起きやすいようだ。
■コヌマ区の呪術について
何者かがコヌマ区の者らに呪術をかけている。呪術の範囲は断言できないが、『波長が自分の世界群と似た存在』に対して強く発揮されているらしい。
雪がこの説についての提案が持ち出される。考えについては乗り気ではないが、真相を調べるためにはある程度仕方ないだろうか。
(呪術と称したが、この呪術は異能であり魔力を用いたものではない。性質としては似ているが、力や術式を言及すると異なるものとなる。最も、自分たちがわかりやすいので呪術と表現する)
―― 落ちこぼれ
ボクのレッテル。どれだけ努力しても覆すことができない烙印。
■■■として生まれたし、力も持っていた。けど、ボクの身体というのはあまりにも、戦いに向いてなかった。
「……この子はあまり長生きできません。それに、■■■としての力も強い方ではない。更にいうなれば、身体能力は殆ど伸びることはないでしょう。人より脆い状態で生き続けなければならない。
もって、40年というところでしょうか。」
……3歳のときに、お母さんがお医者さんと話しているのを聞いた。
お母さんは立派な人だった。剣を振るって敵を打ち倒して、よく笑って明るくて、ちょっと無鉄砲なところがあるお母さんだった。
お母さんは強い人だった。歌を歌って奇跡を起こし、神の代行を行う、美しくておしとやかな優しいお母さんだった。
後を継ぐ必要がある。ボクたちは■■■の力を一子相伝で受け継いでいく。
だからボクも、歌った。頑張って歌った。お母さんのようにならなくちゃ。
人前に出れば、目つきを指摘された。
怖がられて、逃げられて、ボクは人前に出ることが怖くなった。
引きこもって、けれど歌って、いっぱい勉強もして、戦うための力も身に着けて。
いつか、とある世界でボクは認められた。怖くないって。気にしなくていいって。その言葉に凄く救われて、また前が向けた。
頑張れた。頑張ってこれた。
だけどすぐに気が付いた。人より弱い人間が、どうやって人の中でも優れた人間になれるだろうかと。
出した答えは簡単だった。ただ一点、誰にも負けないほど力を伸ばす。
ボクには詩がある。受け継ぐ歌がある。これは絶対に曲げることはできない。
だから、歌を伸ばす。それ以外を、切り捨てる。
魔力を捨てて、霊力のみに絞って精神干渉に特化した歌術を。
命を削り、元から少ない霊力を生命力で補う術を。命を、投げ捨てろ。
霊力は持てなくてもいい。作り出せるのなら、器は小さくても構わない。だからその器を大きくする代わりに、どんな心にも響く歌を歌えるように。
心を敏感に。人の心を知り、同調させるために。己の心を壊してでも人の心を理解せよ。
こうして、ボクを作る。
やっと、これで、誰かに歌を届けることができる。
ボクは脆くて、誰よりも頼りないかもしれない。
だけど、いっぱい歌ってきた。いっぱい勉強してきた。
歌って、歌って、歌って、歌って ――
認められなくてもいい、ただ誰かの原点に立てるように、後を継がなきゃ、いつか神の代行をボクがやらなきゃ、だからそのためにはいっぱい練習して、勉強もして、人と同じ時間の中でも一秒たりとも無駄にはできない、だってボクは落ちこぼれだから、その分沢山努力しなきゃ、頑張って頑張って頑張らなきゃ、
ねぇ
ねぇ ボク、いっぱい頑張ったよね
遊ぶ時間も 皆と一緒にいる時間も 家族と過ごす時間も ボクは頑張って 歌って 頑張って 努力して 学んで 戦って
なのに なのに ねぇ なんで
いなくなる
みんな いなくなる
のけ者なだけだったらよかったのに
この世界は素数でできていて はみ出し者が自分になるだけだったらよかったのに
ねぇ
ボクね 本当に 皆が幸せだったら それでよかったんだよ?
ただ
ただ ただ
―― ボクは、一体どこで間違ったのだろう。
―― 『とある海巫女の手帳』より
著 ツワォツ・エトパァイエ
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ちわわ 「…………」 |
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おいなり 「……?ちわわ様、どうされましたか?考え事でも?」 |
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ちわわ 「ん、あぁ……鳴海ってやつ、さ。あたしは人間は皆喰っちまいたい。その心にゃ変わんねぇんだけど…… あいつ、ただ大切な奴に会いてぇだけなんだなって。ほら、あたしって花梨と『同調』することで異能を使うだろ?だから、声からなんとなく心が聞こえてさ。」 |
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ちわわ 「……必死、なんだよな。繋ぎ止めようって。ただ大切な奴に会いたいだけで、自分がやんなきゃそいつはいなくなっちまうって。そんな心が聞こえてきて、あぁ、同じなんだなって。 あたしだって、花梨を守りたかったからさ。たった一人の、あたしが共に居たいと思った人間。……誰よりも、大切だった人間。」 |
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おいなり 「……ちわわ様、もしや、イバラの防衛を」 |
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ちわわ 「それはそれだ。あいつの、どうしようもねぇ世界で見つけた救いはあたしにゃ関係ねぇ。あいつの親友のことも、あいつにゃ関係ねぇ。 だから、あたしはあたしでやらせてもらう。あたしにゃ花梨が全てだ。だから、あいつにゃ悪ぃけど、あたしはこのまま、あいつの、なずみの敵対をさせてもらうぜ。」 |
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おいなり 「…………」 |
―― あぁ、どうして
―― 貴方様も、本来なら我らを悪とした人間に牙を剥いていいと、わたくしめはそう思うのに
―― どうして、貴方様はそこまであの方にこだわるのでございますか
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おいなり 「ところで全然リオネル様のこと話題に出しませんね貴方様。」 |
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ちわわ 「イバラのあたしの心まであたしは知らねぇ。」 |
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おいなり 「アッハイ」 |
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ちわわ 「ただまあ、あいつも難儀なやつだよなぁ。人間のエゴに縛られてさ。利用された、その事実を捨てねぇで自分を縛り続ける。全くもって、難儀なやつだ。」 |
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おいなり 「……その言葉。そっくりそのまま貴方様にお返しいたしますよ。」 |