少女の渡る先には、数多くの世界がありました。
途上の世界。 発展した世界。
不毛の世界。 恵みある世界。
不思議の世界。 解明された世界。
その一つ一つの地で美味・珍味を探し、
すべてが違う景色を愉しみ、
時には現地の人々との間に交流に花を咲かせる。
少女にとってそれは、楽しい楽しい世界旅行でした。
……しかし、うまくいくことばかりではありませんでした。
複数のプロセスを踏んだ厳重な法律魔法。
それに連動して腕や足の肉を締め付ける多数の拘束機械。
明らかに、その者たちは“異邦人”への応対の方法に熟知していました。
“異邦”から持ち込まれるすべてが、審査の対象でした。記憶や罪でさえも。
―― 結末は簡単なものでした。
光線機械によって顔に刻まれた二重△。
犯罪者とそうでない者を見分けるための印。
判決文。
■4:00
……記憶の奔流が流れ込む……。
思い出したのは彼の笑顔。
花の香り。大きな手。慈しみと親愛。
気持ちの籠った、春を先取りするプレゼント。
桜のソープで素肌を磨き、
香りで満たした湯に身体を浸し、
湯上りにクリームを塗って。
それらの香りにうっとりと頬を染めて、
彼の姿を思い浮かべる――。
*
そんな彼と、私は、世界侵略をかけて戦った。
泡の代わりに砂埃を。
湯の代わりに炎熱を。
膏の代わりに血化粧を。
「……おねーさん!飴ちゃんなめるっすか!?俺のお気に入りなんすよ!」
くすり、と苦笑が漏れる。
……なんてことはない。いつもの彼がそこにいた。
彼が彼らしさを失わないでいるなら、チトセも安心しているだろう。
安心しているのは、それとも私?
『どちらでもいいさ――。』
わかるのは、ここが自分のバスルームでないということ。
何リットルの湯と洗剤を使っても、こびりついた血の匂いを落とせないこと、くらいだ。
■時計
エディアン、白南海。 タクシードライバー。
そして現れた
ロストの一人、ミヨチン。
大仰な名に反して、彼女の在り様はあまりにも“日常”だった。
……肩透かしを食らった。
少しだけ身構えていたのに、なんだか徒労に終わってしまった。
そして新たに示された行き先――。
チトセ サクマ
飴を操る異能を持つ咎人。
常に新しい味覚に飢えている。
桃色の髪で、赤と黒の帽子をかぶっている。
ベースキャンプで過ごすひとときの安息の時間を使って、
Cross+Roseのプライベートエリアを少しだけ弄る。
梅と桜の枝をまるごと再現して、生け花のように飾り付ける。
季節感のないハザマの中でも、少しでも春らしい雰囲気を楽しめるように。
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サクマ 「……梅楽園か。」 |
チトセのお店の近所にあった、それはそれは大きな庭園。
季節に関係なく咲き乱れる梅花の香り、チナミ湖の波の音、町へ吹き込む安らかな風。
天気のいい日には足を運んで、その景色を楽しんでいた。
時には一人で、時には誰かと。
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サクマ 「こっちじゃあ、どんなふうになってるんだろーね。」 |
ひとときの癒しを与えてくれるのか。
それとも、ハザマらしく『ロクデモナイこと』になっているのか。
興味は惹かれる。
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サクマ 「聞いてる感じじゃあ、 みんなアッチに行くみたいだし……。 それならついていこっかな。」 |
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サクマ 「それに、もしかしたら! お団子も食べられるかもしれない、し♪」 |
そこで誰かと出会えたら。
色めく花を背景に踊れたら。
きっときっと、“楽しい”ひと時が過ごせるだろう。
■ベースキャンプ
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サクマ 「くーださいな♪」 |
専用の通貨を支払って荷物袋に食料を押し込むと、仲間と共に店を後にする。
振り返ると、まだまだ会計の行列は続いている。
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サクマ 「まるで、夕方のスーパーマーケットみたいだわ。」 |
大量の食材を買い込むもの、上質な素材のために大金を差し出すもの。
それぞれが思い描いた侵略プランのために、思い思いの品物を買い求めている。
自分のようなヒトだけでなく、巨大な怪物の姿をした者、
特定の実体を持たない何かまで、皆が揃って『買い物』をしている。
かつての、イバラシティでの生活の営みを再現するかのように。
アンジニティに味方しているイバラシティの住人の目には、どう映っているのだろう。
想像だに楽しい。
……
ベースキャンプでは、色々な人と顔を見合わせることができた。
普段単独行動している者も、この時ばかりは誰かと過ごしている様子だった。
小グループの代表者たちは地図を見せ合いながら、今後の方針について軽く確認を行った。
先刻の『ロスト』出現は、いくつかのグループに進行方向の変更を選択させた。
もっとも、そうなることはあらかじめわかっていたことなので、会合自体はスムーズに終わった。
それだけで『みんななかよく』できていればアンジニティに堕ちていない。
利害は一致していても、どこかよそよそしい ……距離感……障壁……
そういったものを取り除くには、私たちに用意された時間はあまりにも短い。
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サクマ 「 イバラシティ あちら側は、キャンプでどう過ごしているのでしょーね。」 |
学生なら、クラスメイト同士で集まったりしているのかも。
そんなことを、地図を見せていた女性(同い年くらいだと思う)にぼやいてみる。
大した意味はない。ただの世間話だ。
彼女は意に介さなかったが、連れの男性(人と鳥と馬と猫の特徴がある!)が代わりに返事をしてくれた。
……
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サクマ 「みんながみんな、 キミみたいなサムライさんだったら頼もしいだろうねぇ。」 |
十字槍を肩に担ぎ、帯刀した彼の近くで軽口を叩く。
彼がその気になれば私の心臓を一突きに、首を軽く跳ね飛ばせるのだろう。
通信越しではわからない、戦いに身を置く者の“圧”を発しているように感じた。
(正直、キミが味方でよかったかも。)
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サクマ 「……ああでも、一緒に戦うならさ、 戦場にも可愛い“花”も欲しいよね。 ね~っ。」 |
少女の前で、巨大なロリポップを一緒に振るって見せる。
非現実的な効果音を伴って、大小の★をきらきらと散らせる。
真似をして振り下ろされたロリポップは、地面に叩きつけられて凄まじい圧壊音を発した。
(すぐに上手になるよ。) 苦笑いを交わし合う。
すべてのアンジニティが好戦的とは限らないように、
すべてのアンジニティが戦い慣れているとも限らない。
ハザマから与えられる力を借りながら独学で戦い方を身に着ける者もいれば、
すでに戦い慣れたアンジニティ住人から少しずつ学んでいく者もいる。
それでも複数対複数という戦いは、歴戦のアンジニティ住人でも不慣れな者が多い。
元々がハグレモノ。自分勝手に生きることしかできない性質。
だから、グループ同士で『練習』が行われる。
なんとも、勤勉なことだと思う。
ハザマのルールの中、
少しずつキャップが緩められて力を取り戻していく私たちにとって、
互いの具合の確認は必要なことなのだろう。
そんな様子を眺めていた折。
都合よく、集団戦の練習を行えそうなグループを見つけることができた。
少人数で行動していた者たちが、一時的にパーティーを組んだものらしい。
その中にいる、赤い髪の、中学生くらいの少女が目についた。
きっとイバラシティの住人。ひどく痩せているように見える。
あまり裕福ではなかったのかもしれない。
もしチトセが見つけたら……どうしていただろう。
休憩は終わり。再びの戦いと、戦いと、戦いが、私たちを待っている。