title role etoile
白紙の役者
──それが、あたしの本当の異能らしい。
15年生きてきて、やっと自分の異能を知ることなんてあるかなあ?
まあ、それを知っている両親は飴玉になって、『御堂翠華』は行方不明扱いになっているんだから教
えてくれる人がいないのは当然か。
昔から、自分の立ち振る舞いに違和感を感じたことなんてなかった。
"そう"在ろうと決めたから、そう動くのは当然なんだと。
『役』を充てられたんだから、その通りに演じるのは当然のことなんだと。
でもそれは、どうやら舞台の上だけの話だったらしい。
超強力な自己暗示。自分すらも騙すことができるあたしの異能。
──自分を騙すって、どういうことかわかるかい?
自分の立ち振る舞いや感情に何も違和感を持たないほど騙せたとして。
それが本当に『騙した』ものなのか、わからなくなるんだよ。
自分の持っている気持ちや言葉が『本当』なのか『嘘』なのか、自分ですらわからなくなってしまう。
……そういうことさ。自分を騙すっていうのは。
さて、ここでひとつ疑問が浮かぶわけだ。
あたしは、どこまでが本当で嘘なのか?
ハナから御堂翠華に生み出された存在だけど、あたしはあたしなりに自我を持って、大切なものに誠実であろうと生きてきたわけだ。
ハザマでだって、友達だった人と平気で戦えるし、落ち込んでいる人を励ますことだってできる。
こんな過酷な環境で動じることなく、ヒーローのように立ち続けることができる。
そりゃ、そうありたいって思っているからね。格好つけたいんだ、あたしは。
じゃあ、本当は?
本当は怖い?友達だった人を傷つけたくない?アンジニティから逃げ出したい?飴に変わっていく自分の体に怯えて泣き出したい?すべて放り投げて眠ってしまいたい?
わからない。客観的な『本当』なんて、自分を騙し続けたあたしにはもうわからなくなってしまったわけで。
チトセさんが好きだ。あたしを妹のようにかわいがってくれて、抱きしめて、優しく励ましてくれる。寂しがり屋で、正しい『愛』の使い方を知っている。あんな素敵な大人の女性になりたいと思う。
北条さんは、面白い。普段はぐうたらな態度を取っているように見せるけれど、悩んでいる人には大人としての人生経験を語ってくれる。自分を信じてまっすぐに突き進んでいける。あんな意志の強さを持ちたいと思う。
ヒビキ先輩はお人よしだ。北条さんに呼ばれて焼肉をしているかと思えば、食べきれない量を任されてそれでも食べてしまえる。……一回しか会ったことのないあたしのために、異能を使って助けに来てくれたこともある。人助けを戸惑わない行動力を見習いたい。
しらくちゃんは、あたしの親友だ。断れない頼みごとをしたいときは真っ先にあの子を当たるだろう。いつも笑顔で、だけど涙もろくて情が深い。きっと友達が大切で、力になりたい人なんだろう。太陽のような笑顔を未来でも見たいと、そう思う。
乙女ちゃんは、きっと志が高い人だ。自分の無力さを知って、それでも足掻こうと思って走ることのできる強い人だ。そして、あたしを『強い人だ』と言ってくれる。あたしの証明をしてくれる。前を向く意思を見習いたいと思う。
香枝ちゃんは、心優しい子だ。心を勉強中だなんて言うけれど、あたしなんかよりよっぽど心が成熟している。傷ついた他者の心に寄り添って、大切な人の幸せを願うことができる。あの子みたいに優しくなれればいいと思う。
柚依ちゃんは人懐っこい子だ。あたしのことをコメ姉ぇと呼んで、まるで小動物みたいにぴょこぴょこ後ろをついてきてくれる。家族のことが大事で、家族そのものを大切にして、誰かの不幸に憤って悩むことができる。あの子みたいに素直に誰かのために感情を出せたならきっともっと誰かの力になれるだろう。
高国先輩は誠実な人だ。誰かが苦しんでいるときは真剣に話を聞いて、自分なりの気持ちを答えてくれる。自分にできる範囲で最大限の気遣いをしている。そのさりげなさを見習いたい。
巽君が大好きだ。あたしに『生きたい』と思わせてくれて、その責任を取ると。幸せにすると言ってくれた。彼に名前を呼ばれたり、手を握ってもらえるだけで胸が一杯になる。お互い格好つけてばかりだけれど、その頑張りを支えたいと強く思う。一緒に並んで歩いていきたいと、そう思う。
────この感情も全部、嘘?
──まさか!!
嘘なんかであるものか!!
たとえそれが作られたものでも、嘘なんかになるものか!!
そんな恐怖、あたしはもうとっくに振り払ってきたんだ。
誰もが皆、必死に役を演じている。その度合いに大小があるだけで。
あたしのこの気持ちは本物だ。たとえそれがワールドスワップによって捻じ曲げられたものだとしても、今のあたしの感情は本物だ。
本物にしていこうと、そう決めたから。
自分の名前を変えても、異能を変えても、性格や立ち振る舞いを捻じ曲げたって、今まで起こったことがなかったことになるわけじゃない。
あたしは、『コメット・エーデルシュタイン』なんだ。
それまでの自分も、これからの自分も今のあたしにはさほど関係ない。
みんなが『コメット』って呼んでくれる今がいい。それを守るために、この場所で戦い続けよう。
──本当に?──
恐怖も、憐憫も、躊躇いも、今は沈めて。
──忘れる前に──
いつかそれが崩壊した時、それを受け止めてくれる人がいると信じているから。
──それまでに自分は──
いつかあたしがどうしようもなく間違った時、怒ってくれる人がいると信じているから。
──傷つけないと──
みっともなく泣きじゃくって後悔したら、笑ってやってよ。
──最悪、殺さなければ──
あたしが本当にあたしを見失ったら、引っ叩いてでも舞台から下ろしてよ。
──演じなきゃ──
ハザマにおいて、コメット・エーデルシュタインの体は飴に置換されていく。
『白紙の演者』のデメリット、ひとつ。
あまり過度な役を充てられると、他の能力が大幅に落ちる。
ハザマにおける異能強化は、デメリットにも適用される。
この状態を続けると、身体機能や細胞の一部を犠牲にする。
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亡霊:御堂翠華 「……あーあ。張り切っちゃって。」 |
コメットから少し離れた場所。空に浮かぶ少女は溜息を吐いた。
亡霊・御堂翠華
アンジニティにおけるコメット。
右目が飴玉に置換されている。
なんか常に不機嫌だ。
御堂翠華の異能は、コメットのように可変ではない。
アンジニティに落ちた時より異能は固定されてしまった。
否。もはや異能ではなく、化け物の能力として固定されてしまった。
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亡霊:御堂翠華 「便利でいいなあ、あれ。反動が邪魔だけど。」 |
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亡霊:御堂翠華 「──どのへんに無駄なエネルギー割いているのやら。」 |
コメット・エーデルシュタインは、強い。
たとえ親しい友人がアンジニティだったとしても、『侵略する』という行為自体に敬意を払い尊重し、その上で真っ向から向き合える人間だ。
個々人の意志と決断を何よりも尊重できるのは、舞台から降りた彼女の絶対の価値観である。
その行動について異能のリソースを割く必要はないだろう。
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亡霊:御堂翠華 「(じゃあ、どうしてその手は飴玉に変わっているのか。)」 |
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亡霊:御堂翠華 「(悲しいのを我慢しているから?弱音を吐かないようにしているから?)」 |
どれもピンとこない。相手は絞っているが、弱音は吐いているようだし。
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亡霊:御堂翠華 「(わかんないや。まあ、ハザマで死ぬ分にはどうてもいいか。)」 |
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亡霊:御堂翠華 「(けどね、その異能は厄介だよ。)」 |
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亡霊:御堂翠華 「(あなた、"必要ない所にまで"使うでしょう。)」 |
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亡霊:御堂翠華 「(根本的に間違ってるんだよ。頭でっかち。)」 |
考えを一度断ち切り、前を進む彼らについていった。
怖い……嘘
気が向かない……不適切
悔しい……いらない
もどかしい……必要ない
悲しい……不必要
傷つけたくない……臆病者
殺したくない……卑怯者
──コメット・エーデルシュタインとは誰だ?
──それは。
あたしが望む『コメット・エーデルシュタイン』は──
……最適で、ありたい。
コメット・エーデルシュタインは、一般人である。
人に殺傷力のある弾丸を発砲出来た試しはない。