時間は進む。
何をしようと、何もしなかろうと、平等に。
世界を奪取する為の侵攻の時間の経過を、時計が知らせている。
頭には新しく十数日分の記憶が埋め込まれるが、前よりは反動もない。
チヨ子は合流した仲間を見遣る。
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『どうでもいい事を考えるのは馬鹿らしいでしょう?』 |
きっぱりと自分の幸せなどどうでもいいと言った神父。
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『望まれていないのにできてしまう命って、たくさん、あるから』 |
望まれていない命がどうにか身を寄せ合い、それでも埋まらぬ“からっぽ”。
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『だって僕、生きたいけど死にたくなる、申し訳なくて、俺、う、うゔ……』 |
中々輪郭を保てない、自分が何だったかを忘れてしまっただれか。
皆、一緒に来てくれる、らしいが。
チヨ子は安堵以上に、虚しい気持ちに満たされていた。
正直、傍にいてくれる仲間に、捏造された記憶とは言えど縁があった人達に、そんな風には言いたくない。
だけど悲しくなる程に、チヨ子は此処に来てから誰とも心を通わせられてはいないのだと知った。
当たり前と言えば当たり前なのだ。
イバラシティで一緒いたとしても、ハザマじゃ縁も所縁もないのだから。
それなのに仲良くしましょうだなんて言える方が可笑しいのは理解している。
それだけならきっとまだ、分かってた。
違う。違うんだ。
大事なところは、そこじゃなかった。
チヨ子は皆を幸せにしようとしていた。
だけど幸せにしたい皆は、幸せを受け止める器、受け皿のようなものに、それぞれ問題を抱えている。
神父の受け皿は、無くしてしまったのか、粉々になってしまっているのだろう。
それでは幸せを正常に受け取れない。
“からっぽ”の受け皿は、きっとそもそも存在しない。
それでは幸せを受け止められず、それはすり抜け落ちていく。
だれかの受け皿は、その人自身が隠してしまいがちに見える。
それでは幸せを差し出されても、ちゃんと受け入れられないままだ。
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チヨ子 「…………、……」 |
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チヨ子 「……ねえ、それじゃあ、だめなんだよ」 |
ただ一人、行き場のない感情を抱くチヨ子というばけものは遠くを見ながら呟いた。
これはただのエゴだ。自分が他人を幸せにしてあげる、だなんて。
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知世子 「とっても傲慢で愚かで醜くて、最低最悪で。その癖何にも救えないし、何の糧にもなりやしない。」 |
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知世子 「酷いよね。幸せにしてあげる、助けてあげる、救ってあげるって。何様なんだろうね?」 |
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知世子 「まぁ“私”にはお似合いかもね。お姫様にはなれないからってせめて星の光にでもなろうとしてるんだよね。醜い自分がキラキラ輝く星になんて、戻れる筈ないのにさあ。お姫様も星の光も何もかも“私”には似合わない。相応しくない。可愛くないし綺麗でもない、ただのゴミクズの癖にさ」 「でも滑稽でとっても素敵だと思うよ。きっとあの人が見たら、愉悦の笑みを浮かべるくらいにさあ。幸せだったのも幸せに躍起になってるのもきっと“私”だけなんだし、そうやって“私”が孤独になるところが見たかったんだもの」 |
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「ねえ私、今とっても “ 虚 し い ” んじゃない?」 |
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チヨ子 「うるさいなあ」 |
最近、頭の奥が煩い。耳鳴りが酷い。“私”じゃない“私”が、騒がしい。
……分かってる、分かってはいるんだ。
そんなこと。
これは一方通行で、押し付けがましい感情だ。
そうだとは、重々承知な筈なのだ。
それでも幸せになって欲しかった。
きっと“知世子”が得た幸せは嘘じゃなかったから。
皆の笑顔が好きだった“知世子”も、嘘ではないから。
やっぱり守りたいのだ、皆の笑顔を。
時間が、なかった。
皆を幸せにするには、時間が足りない。
裏切る皆に対して謝罪をするにも、きっと時間は足りない。
だからチヨ子は、急ぐ必要がある。
押し付けがましくても、今の内にやれることをなるべくやっておかなければならない。
星の煌めきが夜空の何処かに吸い込まれ、消えていく前に。
チヨ子という一つの星は、この煌めきを振り撒く必要が、ある。
一度溶けてしまったものは、最初の頃と全く同じようには固められない。
起こった変化はそう簡単に止められない。
チヨ子も同じだった。
時計の針が進んでいくのと共に、自分の身体が徐々に波に飲まれていくのを感じていた。
この身体が溶けて、溶けて、何もなくなって。
本当に虚に還るなら。
それまでにチヨ子は、何かを遺したかった。
自分という光が虚に還ろうと、遺されたものはそこに在り続ける。
もし自分の大事な人達の受け皿を元に戻し、幸せをその皿にそっと盛り付けられたなら。
チヨ子がいなくなっても、チヨ子がいたことは失われない。
完全な虚にはならないままで、何処かで生きていける。
この気持ちは、たった一人の、一つだけの想い。
同じように傍にいるのに、誰とも繋がらない孤独な願い。
受け止められなくても差し出し続けると誓った、永遠の祈り。
愛に由来する、チヨ子の核であり、“失ってはならない”もの。
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ペンデュラムを残して、その姿が揺らいでいる。 |
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チヨ子 「……ふわちゃん、此処からは、星……見えないね。まっくらだ。」 |
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「──縺翫°縺ゅ&繧?」 |
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チヨ子 「……なあに? どうしたの~?」 |
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「縺翫°縺ゅ&繧薙??縺阪∴繧九�縲?�?」 |
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チヨ子 「…………」 |
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チヨ子 「……、…………そうかも、しれないねえ……」 |
星は未だ明滅し続ける。
弱いながらも、その存在を主張し続ける。
生き続けようとする。
時間は進む。残酷に。
空虚は蝕む。凄惨に。
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チヨ子 「……そうだ、わたし、あの子に謝らないといけないんだった。」 |
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チヨ子 「……あの子、あの子、そう、あの、」 |
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「繧「繝ウ繝翫お縲√け繝ェ繧ケ縲√ロ繝舌�繧ォ繝?縲√こ繧、繝医?√Μ繝シ繝エ繧。縲√え繧」繧ケ繝�Μ繧「」 |
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「縺ソ繧薙↑縲√∩繧薙↑縲√#繧√s縺ュ縲√#繧√s縺ュ」 |
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チヨ子 「…………?」 |
【籠を探す鳥の道】
ワタシはイバラシティの外から来た人間だ。
元は遠い場所で生まれて、大好きだった地で大好きだった人を失った。
だから其処にいるのが次第に苦しくなって、大好きだった人の旧友のいるというこの地に来た。
それで、彼の死を伝えて、自分も心機一転しようとしただけのつもりだった。
未だ時計を集め続けてしまう変な癖は止まらなかった。
秒針の音がワタシを責め立て、どうして救わなかったと繰り返すのも変わらなかった。
突如生まれた異能との付き合い方も、分からないままだった。
彼がいなくなってから色々とあったけれど、何一つ、自分じゃ変えられないままだった。
それだけだった。
それだけの人間でしかなかった。
なのに。
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無情にも、飛鳥の後ろの時計は針を進めている。 |
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飛鳥 「……どうしてワタシ、ここに」 |
確かに、侵略がどうとかこうとか、説明があった覚えはあった。
でもワタシは外部の存在だ。イバラシティに長居してもいない。
きっとワタシには関係のない事だと、見て見ぬ振りをしていたのだ。
……出来なかった。
ワタシは侵略戦争に巻き込まれたのだ。
これは外部がどうとかは関係なく、イバラシティにいて選ばれてしまったらおしまいらしい。
ワタシは大きく息を吐いて、それから妙な色の空を見る。
やっぱり、自分が選ばれただなんてまだ思えない。
正直無理矢理引き込まれただけだろう、多分。何かと一緒に。
そんな風に事態を片付けようとする自分と同時に、ふと頭に浮かんだ何かを囁く自分もいた。
──もしかしたら巻き込まれたのには意味があって、ワタシは此処で何かすべきなのかもしれない、と。
ただの勘だ、思い付きだ。だけど思い付くと、どうにも頭から離れなくなって。
脳裏にちらついた彼の顔が、焼き付いて離れなくて。
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「ねぇ、 もしかして何処かに、 ……センセ、が」 |
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時計が開く。クロウタドリが始まりの歌を歌う。 |
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『──ねぇ飛鳥 今度こそ、飛び立てますか?』 |
からくり時計はワタシに問いかける。
ずっと縋ってきた籠から飛び出して、本当の籠を探す意志を。
何処かにいるかもしれない彼を、今度こそ救う勇気を。
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飛鳥 「……飛び立てますよ。 飛び立ちますとも」 |
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飛鳥 「あの人は……ワタシがいないと、ダメなんですから!」 |
クロウタドリは、異質な世界の空に舞う。