――観察していた。
突然連れて来られた荒廃した世界。ここへ来てからというもの、彼女は何も行動せずにじっと観察していた。
大勢の人々の中に人間ではないものが混じっていることは、それのおかげでわかった。
戸惑う者。
呆然とする者。
恐怖に怯える者。
この状況を嬉しがったり喜んだりする者もいるみたいだ。
その様子を見ながら、先ほど遭遇したメガネをかけた白スーツの男性のことを彼女は思い出していた。
イバラシティにいた頃も連絡を受けた記憶はあったのだが…何が何やらわからず、夢を見たのだと思った。
だが…今なら、はっきりと理解できる。
これは夢ではなく――今ここで、確実に起きている現実なのだと。
アンジニティによるイバラシティの『侵略』と…彼はそう言った。
あの素敵で豊かな世界を、我が物にせんと蹂躙しつくそうとする輩がいると、彼は確かにそう言ったのだ。
…。
……。
………そのようなことを。
許すわけにはいかない。
…………彼女の心の中では、穏やかではない感情が芽生え始めていたが。
その一方で、彼女の頭が冷静でいられたのは、ひとえに彼のおかげだろう。
怒りを振り払って半ば落ち着かせるように、彼の、いや、
ご主人様の言葉を、もう一度頭の中で反芻する。
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「……観察しなさい」 |
源 流泉
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流泉 「いいですか、はかりさん。困ったときや迷ったとき… そして、君自身に危機が訪れたときには…まずは観察しなさい」 |
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流泉 「君は賢い子だから…そうすることで様々な理解を得ることが出来る力を持っています。 理解をすることが出来れば、選択肢は大いに広がる。恐れずに前を向くことが出来ますからね」 |
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流泉 「ですから、君自身を護るためにも…大切な誰かを護るためにも。 君が持つ力をどうか役立ててください。…無茶はしない程度にね?」 |
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流泉 「……え?大切な誰かって?うーん…そうですねえ… 例えば僕とか!…プッ冗談ですけどね。…全く」 |
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流泉 「そんなものは自分で決めることですよ?」 |
どこか超然としており、自分ごとき若輩者には全く理解の及ばないこともあるお方だが、
それでも愉快で優しくて、そして善良な自らのご主人様を彼女は心の底から信頼していた。
彼の言葉は彼女の指針。ならば、こんな所で心を折れているわけにはいかない。
……ここへ来てから時間がかなり経過したように思う。そろそろ動くには十分な頃合いだろう。
あの白スーツの男性は、敵に打ち勝てば影響力が上がるとも言っていた。
そして、それがイバラシティを救う道になるとも。
ならば、自分の影響など微々たるものだが…。
もしかしたら、全く役に立たない可能性のほうが高いかもしれないが。
だが、それでも――。
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はかり 「埒があきませんね…。ひとまずここを離れましょう」 |
はぁー…と大きく溜め息をつき、そう呟いた。
「大切な誰かを護る」――その答えはとっくの昔に出ている。
私にとって大切なお方は、ご主人様だ。だが、ご主人様ただ一人ではなく、一人一人のご主人様だ。
知っている人、知らない人、行き交う人々の数だけ存在するあの世界そのものが――
私のご主人様。
なればこそ、イバラシティを護るご主人様と共に戦い、侵略を企むご主人様を全力で止めてみせる。
やれることは多くあるし、どこから手を付けていいのかもわからないが、まずは行動だ。
ごしゅじんさま
あの愛しき世界を、必ず護り抜くために。