早いもので、今年の冬も過ぎ去ろうとしている。
草木は芽吹き、桜は蕾を膨らませる。時折吹き抜ける朗らかな風は、春の気配を内包していた。
白状すると、自分は所謂"青春"というものに憧れを抱いている。
漫画やテレビの見過ぎかもしれないけれど。だって、たった一度きりの高校生活なのだ。
誰だって、少なからず『今という瞬間を出来るだけ良いものにしたい』という想いは持ち合わせているはずだろう。
勉強したり、部活に打ち込んだり。友達と遊んだり、もしかしたら恋とかしちゃったりして。
結果としては、ちょっぴり青春できちゃってるんじゃないかなぁと思っている。自分で言うのもなんだけれど。
率直に言えば、毎日楽しいのだ。そりゃあまあ、全部が全部楽しいことってわけじゃない。勿論悩みとかもある。
それでもだ。
目覚ましアプリのアラームで目を覚ます。布団のぬくもりが少し恋しいが、登校時間は待ってはくれない。
カーテンを開けよう。差し込む暖かな陽の光がベッドを照らし、室内を僅かに舞う埃がきらきらと輝く。窓の外には穏やかな春の空。朝の匂いが、した。
学校に着いたら何を話そうか。今日もまた、バカ騒ぎをしよう。これからのことを考えるだけでこんなにも胸が躍る。
込み上げる高揚は、どこかノスタルジーを伴って。三月の陽気にあてられたのかもしれないが、それでもいいじゃないか。
何だか引かれてしまいそうなので、こんなこと誰にも言えないが。正直、その、毎日が愛おしくて堪らないのだ。
だって、ずっと焦がれていた。
ずっと求めていた。
ずっとずっとこうしたいって思ってたんだ。
ずっとずっとずっと、こんな日々を、――待ってた……!!
春休みになったら、またどこかに遊びにでも出かけようか。楽しいよ、きっと。
平々凡々たる日常、変わりない毎日。最高だ。涙が出そうなくらい。
そんな日々を、何度夢に見たことだろうか。届かなかった、16歳の冬のその先を。
全部まやかしだって分かってる。『侵略』の為の、偽物の姿。だって"高国藤久"はとうの昔に死んだ。
……まやかしでしかない。
イバラシティにいたあいつらが、何の疑いもなく当たり前に呑気に享受しているそんな幸福な日々はおれにとってまやかしでしかない。
…………なんでだよ。おかしいだろ。そんなの。なあ。
口の中が乾くような感覚。胸の奥をどす黒い鉛の塊のようなものが満たしていくのが分かった。
分からせて、やりたい。
おれの味わった苦痛と恐怖を、理解させて、やりたい。
「…………」
『侵略戦争』の期間はハザマ時間にして僅か一日と半分ほど。それだけの時間を我慢すれば、きっと己を縛める何もかもから解放される。
まやかしだって、現実に出来る。そして、あの生ぬるい世界に浸ってきた奴らだって。
今まで待ち続けてきた時間。永遠にも思えたその時間に比べれば、そんなのどうってことないだろう。
そもそも、相手は異能を持っているとはいえ陣営の多くが只の人間なのだ。今まで通りやればいいだけ。
人間の身体の脆さは、自分も良く知っている。
アンジニティ陣営が勝利したら。
今まで出来なかったことを、沢山しよう。今度はちゃんと、"17歳"をしよう。
勉強したり、部活に打ち込んだり。友達――は、まあ。『否定』の世界に送られてるかもしれないけどさあ。あはは。
とにかく、もしかしたら恋とかして。
……そして。暖かな陽だまりのベッドの上で、目を覚ますんだ。