『──どうにも慣れないな、この感じは』
(記憶に連続性がないと云うのは、存外、不便なものだね。
思い返すことが多すぎて、いささか管理に支障が出てしまいそうだ)
『不要な想起、不当な記憶。
何の役にも立たない癖に、数だけは積みあがる。 困ったものだよ。
そんなもの──ここでは。
何の役にも、立たないって云うのに』
生暖かい風が、金糸の髪を揺らした。
地平の果てまで、“何もない”。
無貌の荒野を見据えるその瞳は、泥のように塗り潰されていて。
──小さく零れる溜め息は、いったい、“どちら”から零れたものだったのだろう。
ひと呼吸、ひと狭間の退屈すらも潰しきれぬほど、怠惰に満ちたこの世界では。
残念なことに、“思考を巡らせる”時間だけは、履いて捨てるほど、あるものだから。
『──でさ、“僕”。
当然、“覚えてる”んだろう?
ものの見事に、器の方は、打ちのめされた訳だけれど』
(当然のことさ。
“あれ”は、僕達の予定を外れてはいけないんだ。
愛だの恋だの、うつつを抜かすのは構わないとは云え。
妙な感情を学習されても困るからね)
『人形もどきの異能然り、桃髪の小娘然り。
……あの、溝色の目をした、泥のようなおとこ然り。
木偶は木偶らしくしてれば、安寧のまま生きられたのに。
“背中を推された”とは、佳く云ったものだよ。
崖から転げ落ちるほか、道がないって分かってたくせに』
(莫迦だからね。
莫迦は学習しないから、夢を観るんだ。
浪漫だとか愛とかユメだとか、カタチのないものに、よくよく縋りたがるものさ)
──分かってはいた。
実のない話だということも。
毒にはなれど、薬にはならない話だということも。
けれど。流れるひと刹那。
無言で、無為に過ごせるほどには。
この身体は、この心は。
孤独に、耐えられるようにはできていないものだから。
『……さて。“それはさておき”だ、僕。
僕は今、少々虫の居所が悪いのだけれど』
(──奇遇だね。“僕”
器とは云え、アレは“僕”であり、僕なんだ。
多少、感情が惹かれるのは、致し方のないことだろう)
『これだから、余計な感情を持たせるのは嫌なんだ。
“器”の時間と違って、僕らにはやるべきことがあるって云うのに』
(そう熱るなよ、“僕”。
溜まった鬱憤は、こっちで晴らせば佳いじゃないか)
『……やれやれだよ、全く。
ここまでが“役割”だって云うのなら、主さまも、人が悪いことだ』
──そう。
僕ら
彼らは知っていた。
《管理者》と云うのは、何時だって。
ひとりでは、成り立たない役割なのだということを。
(まぁ、何をごねても。明けても暮れても何も出ないぜ。
その意気を、傍にぶつけたほうが、幾分か生産的なことができると提案するよ。
ほら、ちょうどいい。
あそこに、手ごろな“鬱憤晴らし”がいるじゃあないか──)