「パアル……？一体、どうしたんだ？」

ただただ静観するパアルに対し、さすがのクイトも戸惑いを感じたようだ。
言葉は通じずとも、今までパアルはハディートを守る行動を取っている。
今回もハディートを守るために前に出るだろう。そう思い込んでいた。
ハディート達の前に現れたそれ――軽薄そうな男――は、クスッと笑みを零した。

「お疲れ、ベルスーズ」

「何を言って」

ああ。子供のお守りは骨が折れる。

「誰！？」

突如響いた低い声に、ハディートは咄嗟に身構える。
周囲を注意深くうかがうように視線を動かすが、他に気配は感じられない。
ならば一体、と思い始めた瞬間に動く気配が一つ。
ハディートは信じられないとばかりに目を見開き、恐る恐る振り返った。

「パアル……？」

ハディートは呆然と名前を呼んだ。
パアルはいつも通りスーッと滑るように動き、軽薄そうな男の隣で止まる。

残念だが、我はパアルなどではない。我が名はベルスーズ。神の力の残滓よ。

パアル、いや、ベルスーズは酷く淡々と真実を告げた。
何故、ベルスーズは今まで沈黙を貫いていたのか。
それ以前にどうして目の前に現れ、なおかつ守るような行動を取っていたのか。
何がなんだか分からない。
頭が現状を把握しようと動き出すが、空回りするばかりでスムーズには働いてくれない。

「ベルスーズにはハディート、君を守るために近付いてもらったんだよ」

ハディートが抱いた疑問を察し、軽薄そうな男が口を開く。
だが、疑問は解消されるどころかますます増えてしまった。

「どうして、ぼくの名前を知ってるの？」

「それはずっと君を見守っていたから」

「え……？」

軽薄そうな男はニコッと笑い、おどけたように話し始める。

「まずは自己紹介。オレの名前はケイケ。君と――同族さ」

ハディートは思わず言葉を失い、クイトもまた怪訝そうにケイケと名乗った男をうかがっている。
どう見ても、どう考えてもケイケは人間だった。角も、翼も、尻尾もない。
身長も飛び抜けて高いわけでもない。何より、特別力が感じられるわけでもない。
だと言うのに、ケイケは今はっきりとハディートと同族だと言ってのけた。
同族。
ケイケがそうであるかはともかく、ハディートがどういう種族か知っている上での発言と見て取れる。

「これ見てもらえば分かるかなー？」

スッと目が開かれる。
瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走った。怖い、と本能が訴えてきている。
ハディートは一歩、また一歩と後退しそうになる足をなんとか留め、グッと斧を握り締める。
ケイケからは黒い炎のようなものが立ちのぼり、拡大していくそれはやがて一つのシルエットを形作った。
大きく曲がった角。天を覆い隠す翼。巨木を彷彿とさせる尻尾。
黒い影の竜が唯一色を持った瞳をギラギラと輝かせ、ハディートを見下ろしている。
これがケイケの本性なのだろうか。
となればケイケ曰く、同族であるハディートもこのような成長を遂げるのだろうか。

「分かってもらえたかなー？」

ケイケが再びニコッと笑えば、竜はたちまち消え去った。
逃げる事も声を出す事も出来ず、その場に縫い止められたように固まっていたハディートは、
たっぷりと時間を要してから小さく頷く事しか出来なかった。
ケイケはそれでも満足したらしく、笑みをさらに明るいものにしていた。

「何故だ……」

静かに、いや、ハディートと同じく動きを止めていたクイトがポツリと呟いた。
ケイケはきょとんと、まるで子供のように首を傾ける。

「うん？」

「何故、ハディートを見守っていた。何故、今頃になって目の前に現れた」

「ああ。そうだよねー。確かに不思議だよねー。うん。オレもそれを話そうとしてたんだ。
そっちから切り出してくれて助かるよー」

合点が行ったとばかりに両手を合わせ、ケイケは無邪気に笑った。
状況を知らない者が見れば、素直に子供みたいだと思えただろうが、
ハディートにとって今はただ怖いと感じるしか出来なかった。
そして、クイトにとっても気を抜いてはいけないと、さらに警戒心を強めるものでしかなかった。

「……まずは種族について話をしよっか。ずっと気になってたんじゃないかな？」

確かにずっと気になっていた事だ。ここ、メルンテーゼに来てから特に気にしていた。
それがようやく分かるかもしれない。そう思うと自然と頷いていた。
ケイケはやはり笑ってから、近くにあった切り株に腰掛ける。
そして、ゆっくりと口を開いた。

「オレ……いや、オレ達は元々夜から生まれた種族だったんだ――」











「それがオレ達なんだよ」

ハディートはまず疑問に思った。
癒しの力なんて使った事がない。それ以前に特別な力など持っていない。
だが、ここで口を挟んではいけないと、ケイケの真面目な顔付きに口を噤んだ。
ケイケはフッと小さく笑った。

「ごめんごめん。話を中断しちゃって。続けるね？」











「――そして、彼らは息を潜めるようにして身体を小さくしていき、
人間に決して見つからないように生きるようになったんだ」

昔語りを終え、ケイケは目を開いた。

「うっ、く……ひぐ……ヒッ……」

そこにはボロボロと涙を流すハディートが居た。
語られた内容が悲惨だったとは言え、先程まであれだけ警戒していた相手が居る手前、
悲しかったからと素直に涙を流す。
クイトもまた警戒している場合ではないようで、ハディートを慰めるように寄り添っている。
ケイケは嬉しそうに笑い声を上げた。

「ハディート、君はとっても優しいんだね……よかったよ」

まるで人間みたいに泣くものだ、とは言わなかった。
ケイケは立ち上がり、目を擦ろうとしたハディートにタオルを差し出す。

「うぐ……ありがとう、ございます……」

「ハハハ。お礼も言えるんだねー。うん……オレもお礼を言わないとね」

誰に？と言わんばかりにうかがってくる顔には、既に警戒心は見られない。
思わずケイケは笑みを零し、自身よりも大きい頭をわしゃわしゃと撫で始める。
本当に純粋に育ったものだと、どこか眩しいものを見るようにケイケは目を細めた。

「さーて、種族については大丈夫？……じゃ、今度はオレが見守っていた理由ね」

涙を拭いながら頷いたのを確認し、ケイケは話を進める事にした。

「オレは生き残りなんだ」

「え？」

「まあまあ。そのまま聞いてよー。で、当時のオレはそりゃもう荒れに荒れまくって、人間に復讐しまくったわけ。
でさ、気付いたらオレもう悪魔になってたんだよ。そりゃあ、癒しを司る一族が殺しだもん。魂も変質しちゃうよねー。
……そんな時さ。世界を放浪してる神様と出会ったの。神様はやっぱり強いね。退治されると思ったよ。
でも、そんなオレにさ。神様は慈悲をくれたんだ。魂を鎮めて、成す事を成せってさ。オレ、もう驚いちゃってさ……
けど、神様のためになるならいいかー、なんて……それから修行して、オレは神様のような存在になったんだ。
そんでオレは一族を見守る事にした。これ以上失わないために。それがハディート、君を見守っていた理由」

思わず涙が引っ込んでしまった。
軽い調子でさらりと語られたが、その内容は軽々しく扱っていいものではない。
どう返答すればいいかと考えあぐねていたところ、ケイケがさらに話を続ける。

「どうして、今頃になって君の前に現れたか……それはね。君が一族の希望だからだよ」

「き、ぼう……？ぼくが？」

「ああ」

ケイケはしっかり、力強く頷いた。
一つ、また一つと疑問が解決していったはずがここに来て、新しい疑問が生まれてしまった。
真っ直ぐにハディートを見つめていたケイケだったが、フッと物思いに耽るように目を伏せる。

「人間に見つからないように生きていたんだけど、やっぱり人間はどこにでも住めるからね。
見つかっちゃったんだよ。昔より小さくなったし、相手は冒険者達だったから一人やられちゃってね……
雄の竜だったよ。雄の竜にはつがいが居たんだ。雌の竜のお腹の中にはね。卵も出来てたんだよ。
そんな時につがいを奪われて……雌の竜はオレと同じ、復讐を考えてしまった」

グッと拳が握り締められる。
己と同じ復讐を望む者が生まれてしまった事に、まるで悔やんでいるように見えた。

「それはもう強い憎しみだったよ。その想いを浴び続けた卵はそれは大きくなった。
そして、卵が産み落とされて、孵るまで後もう少しってところで、
また冒険者達が雌の竜の前に現れてしまった……卵を守るため、雌の竜は必死に戦ってたよ。
でも、憎しみもまた強かった。追い詰められていく内にどんどん強くなっていったよ。
それが雌の竜が最後の力を振り絞った時、力となって放たれたんだ」

「……それで、どうしたの？」

「周囲一帯、消えちゃったよ。跡形もなく」

「そんな……た、卵は？卵はどうなったの？」

「ああ。卵、か……母親の愛ってのは凄くてね。
どんなに歪んでしまっていても、子供だけは守るものみたい」

「じゃあ」

ハディートはホッと胸を撫で下ろした。
その言葉から卵は無事だったと推測出来たからだ。

「うん。卵は守られた。人間に殺される事のない世界にって願ったんだろうね。世界を超えていったよ。
……けど、不思議なものでね。その卵は人間が支配する世界に飛ばされてしまった」

「…………それって、まさか」

「ハディート、君がその卵だ」





続きはまとめブログにて。

銃弾をひとつ取り出してみせる。それから片手で銃弾を握ると、
両手をすばやく動かしながら、幾度も銃弾を持ち替える。
しばらくしてから両手を前に出し、真剣な目をして強く見据える。