砂地で謎の霧につつまれてパーティを分断されたシュガーは、王城に与する謎のシスターと遭遇する。シスターが召喚したトロイア勢による攻撃を受けて、シュガーは命からがら砂地から水辺へと逃げてきた。そこではさらに巨大なイカが待ち構えていたわけだが、突如舞い降りた黒いワンピースな魔神様が加勢してくれることになった。

巨大な大王イカに対して、黒ワンピースの小さな魔神様が啖呵をきる。連戦で疲労の極みにあったシュガーであるが、魔神様の眼差しを意気に感じ、身体に鞭打ってイカに立ち向かう。それに、このイカを撃退しなければ水辺で安全に一夜を明かすこともできないだろう。

魔神様が何らかの術式を履行すると、彼女の魔力キャパシティが膨れ上がる。そして魔神様は次の術式発動の構えをとって動かない。いわゆる「気をためる」ための動作である。となれば、と、シュガーは思った。イカの注意を引きつけて魔神様の一撃を援護するのが己の仕事のようだ。

シュガーも魔神様に負けずと大王イカを睨みつけ決めゼリを吐いてみる。イカの赤い目がギョロリとシュガーを睨み返し、シュルシュルと水面からイカの触手が這い上がってくる。シュガーは意識を集中させてエンブリオ達を呼び出した。まずは、魔神様の前面にアニマとナイトフォールを配置する。

次にシュガーはイカを牽制しながら川上へと走りだした。イカの注意を魔神様からそらすためである。イカはシュガーの挑発にまんまと乗って後を追いかけてくる。陽動はうまくいったなと思ったものの、しかし、次の瞬間には、巨大なイカの足が蠢いて地面が割れて崩れ、あ、と思う間もなく、シュガーは水中へと落とされてしまった。水温は痛いぐらいに冷たく、透明度の高い水中に瓦礫が降り注ぎ、イカの赤い巨大な目がぎらついているのが見えた。シュガーは必死で水をかくも、重い荷物を背負ったままでは浮かぶこともままならない。

まずい。海中で水棲生物に敵うわけがない。溺れて死ぬか、食われて死ぬかどちらかだ。死の恐怖はシュガーの臓腑をさらに冷たく凍らせていく。恐怖が極限に達し、時間が止まっていくかのようであった。シュガーが死を覚悟すると、何かしらの光景が頭に浮かんでは消えていく。臨死の走馬灯体験が始まってしまったようだ。


牛車がのんびり進んでいる、
　狩衣の武者共が流鏑馬に励んでいる、
　　若葉が眩しい参道を僧侶たちが横切って行く、
　　　月明かりに照らされた縁側に猫が一匹歩いてる、
　　月明かりに照らされた小袿の女性の笑顔、
　庭を竹馬で歩き回る水干姿の子どもたち、
海上の帆船の一団が西日を浴びる…


あれ？と、シュガーが首を傾げてしまう。俺は京都でお祭りを見たことあったっけ？　結婚したこともないし、子供もいない、これは俺の走馬灯なのか？　すると、停止した時の彼方から、エコーがかった男性の声が聞こえてきた。

こんにちは、屋島大臣です。
　こんにちは、屋島大臣です。
　　こんにちは、屋島大臣です。
　
平家の怨霊の誰かがシュガーに助勢してくれようとしているのだ。そして、声の主は屋島大臣こと平宗盛であった。シュガーは奥歯を噛み締めてあの世とこの世とをつなぐ術式を履行し、平宗盛の怨霊を召喚する。水中を沈んでいくシュガーが水底の丸石の上まで沈みきると、武者姿の平宗盛が川底に立っているのが見えた。

しかし、シュガーはがっかりである。宗盛は平家の総帥であるわけだが、同時にヘタレとしても有名であった。思慮が足りず傲慢な振る舞いをしがちであり、その恨みが平家滅亡に繋がる遠因となっている、と、様々な書物が伝えていたりする。

曰く、平宗盛は、壇ノ浦でも一門が入水している脇でオロオロするばかりだったとか、呆れた部下に海中へと蹴落とされたとか、京都で罪人として引き回され、鎌倉で頼朝で面会した時には恥ずかしいぐらいに媚びへつらったとか、そんな耳に聞いていて悲しくなるようなダメダメエピソード満載のヘタレスターなのである。今更どんな助勢が期待できようか？

だが、今日の宗盛はいつもとは違った。すごく頼りがいがある雰囲気であった。いつもならば戦場で右往左往する醜態をさらしてしまう宗盛公であるが、今日は落ち着き払った威風堂々とした態度であり、いつもはくたびれた眉もヒゲもキリリと上向きであった。

思わず内心で呟いて、そうか！　とシュガーは思い出す。平宗盛は「なまじゐに究竟の水練にておはしければ」と平家物語で言及されるほどの水練の手練である。平宗盛は壇ノ浦の急流を泳ぎ切った男なのだ！

壇ノ浦を泳ぎ切った男の霊のアドバイスは適格であった。シュガーは冷静さを取り戻し、その心に再び気力の火が灯る。

シュガーは大蛇のパロロコンを呼び出し、シュガーを捕食せんと向かってくる大王イカに差し向けた。パロロコンは魚雷のごとく航跡を残してイカに向かっていき、イカと交戦を始めた。そして、シュガーは肩に背負った荷物を捨て、水面へと浮き上がる。息継ぎの後、ざばと水をかいて岸にたどりつく。

シュガーは乱れた息を整えながら、横目にイカの様子を伺う。イカに蛇がからみつき、イカは蛇を触手で絡めとり、互いが互いを食らわんと格闘していた。しかし、イカの動きは止まっており、攻撃のチャンスである。シュガーは水際まで戻って、他のエンブリオを前面に配置して魔力を注ぎ込み、パロロコンを呼び戻すと、それを追いかけるイカに対して魔弾による砲撃を開始した。魔力の閃光がイカに殺到する。爆音がして煙が立ち上り、イカは苦悶のあまり身をよじって暴れていた。

シュガーは掌に回転する力場を発生させた。止めとばかりに、石切のフォームで力場を放つと、回転する力場はシュンシュンと水面を跳ねていき、イカにドギャンと直撃した。爆音と水柱が立ち上がり、イカは２度３度と痙攣した後で、ゆっくりと水面下へと沈んでいく。なんとか勝利である。シュガーはふぅ、と息を吐いた。

シュガーは魔神様のところまで戻ると、彼女はまだ気をためる構えのままであったし、アニマに至っては暇そうにしていた。シュガーが「終わったぜ」と魔神様に声をかけると、魔神様はバツの悪そうな様子で構えを解く。しかし、シュガーは正直に感謝の言葉を伝えた。戦で大事な事に1つには、どんなに強大な敵であろうとも立ち向かっていく勇気と気概である。シュガーは萎えかけた気力を魔神様とそして宗盛公によって蘇らせることができたのだ。

シュガーは魔神様と別れ、川底に捨てた荷物を回収するべく探索した。シュガーの荷物は下流の岸に打ち上げられており、宗盛の霊が荷物の脇に立っていたため、シュガーは荷物を回収することができた。

そして宗盛の霊はざぶざぶと水底へと戻っていく。そして振り返り、

かつて宗盛はシュガーに対して、王を討伐した際に、王が助命を願うなら、その願いを叶えてほしいと伝えているのだ。

それに、と、シュガーは付け加えた。エンブリオ同士の戦闘では、基本互いのエンブリオの削り合いなので、戦死者は存在に少ないものだ。ブランチマンも多くの参戦者に突破されているが、エンブリオの現界を砕かれて気絶するだけだった。この一揆は成功させねばならないが、その結果としてブルボン王家やロマノフ王家の人々の悲惨な末路のようなことには、きっとならないだろう。シュガーのその言葉を聞くと、宗盛の霊は寂しげな笑みを浮かべ、水底へと沈んでいった。

ショボくれたおじさんで、あの人にはとても軍団を指揮できるようなキリョーがあるようには見えないわ、とアニマは呟く。そうだな、と、シュガーも暗い気持ちで思い出す。もし、宗盛にもっと胆力が、あるいは戦略眼があれば、平家は西海の海の上を彷徨うことはなかったかもしれない。

平家物語等の軍記物では、宗盛は愚鈍な人物として描写されている。しかし、シュガーは思う。それは物語上の都合による部分も大きいだろう。宗盛は政治的な実務能力は高かったはずだ。平宗盛の怨霊とは、平家の悲劇の因果や因縁の多くを呪いのごとく背負わされてしまった、悲劇的な男なのかもしれない。

アニマの呟きを聞きつつ、シュガーは水際に打ち上げられた荷物の泥を払い、担ぎあげて背中に背負い直す。ひんやりとした感触が背中にじんわり広がっていく。

生まれる時と場所が平家の棟梁としてではなければ、きっと宗盛は、水泳の得意な平凡な市民として一生を終えただろう。シュガーは静かに息を吸って吐き出す。己を一揆に掻き立てる怨霊たちの声の源、深淵の何かに触れたような気がした。

いつも無気力なアニマがそんな哲学的な問いを発するとは、と、シュガーは嬉しくなり、むぅと不機嫌なアニマの頭をわしゃわしゃとなでてやった。そして、遠くから声が聞こえてきた。見るとアイリスとエクレムが川下からこちらに手を振っていた。黒猫もしっぽをピンと立てて歩いていいる。はぐれてしまったパーティのメンバーはどうやら無事のようだ。さらに声は重なって聞こえてきた。遥か彼方の冥府から今日も今日とて言葉が届くのだった。

シュガーは遠目に聳え立つ王城の建造物に一瞥をくれる。一揆が始まってから２０日余りが経過し、シュガー達も王城の奥深くまで進行してきたおかげか、王城の建造物を見上げることができるぐらいに近づいてきた。

※ボールダーはイラストも無く、イメージが湧きにくいのでひとまず放置しています。
※ヒュドラは恐らく近々契約が破棄されるので特に設定を考えていません。
※キョンシーはヒュドラの次に契約破棄の可能性が高いので、やっぱり設定などは考えられていません。

どこからともなく、若干ノイズのかかった音声が聞こえる。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

ハチェットのカバーを外す。硝子の青い目が揺れた。