■Fear of attribute change...


正直、知識の収集等にはそう興味がある方ではない。
読書なんて趣味なぞには縁遠い人種である自覚はある。

何処かに篭って黴臭い本を読む位なら、知りたいものを知るために実際にそこへ行くなり、探すなり。
行動する方が余程気性に合うからだ。

が、自身の命運を分けかねないこの世界での戦闘、所謂次の攻城戦での対戦敵に関する事前調査だけは怠っていないはずだった。
はずだったのだ、が――。

その攻撃を真っ先に受けた瞬間、手にした長剣から困惑の入り混じる少々切羽詰ったアークの声が飛ぶ。
同時に、手にしていた精霊剣の帯びていた紅蓮の炎の色彩が、別のものへと強制的に変化した。

そう――流水の、氷のそれ。
水属性を示す水色のものへと。


“……これは……マスター！？”

「属性の強制変化技！？　しかもコイツじゃ完全に反属性じゃあないか！！　間違いなくこの地点の敵は水属性じゃさして攻撃が入らない……くそっ、情報を何処で見落とした……！？」

“マスター、動揺している時間はない。構えよ、次が来る！！　今は１人ではなかろう、前衛に立つマスターが揺らげば全体の士気に関わるぞ！！！”

「ちっ、分かってるよ！！！　とりあえず反省諸所は後回しだ、仕方ないからこのままで何とかする……！！」


――しかし予想通り水属性へ転じた技では、さして敵にダメージが入らない。
短時間で速攻での戦術を組んだはずが、たった一つの見落としであっさりと瓦解する恐怖。

しかも本来火属性で反動があるはずのものが、身を切るような水撃となって自身に反射する。
その度に文字通り全身ずぶ濡れになりながら、水で滑る長剣の柄を握り直す。

ただ目前の敵を殲滅する為に無心になって長剣を振るう。
自身の失態の上でここで負けるわけにはいかないという思い。


結果、想像以上にダメージを負いつつも、全身ずぶ濡れになりつつも。
辛うじて自身もリマもナユも、全員立ったままでその戦闘は終わった。


「……レシュ。この地点の敵データの事前調査のメモ、まだ持ってたよな。ちょっともう１度見せて」

「それより負傷の手当てが先ではないかと判断し……」

「後でいい。とっとと出してくれ」

「……承知しました」


レシュが懐から取り出したメモにざっと視線を走らせる。
そこには確かに、問題の相手が使う技に、水属性への変化技が含まれる記載もあった。


「……。私の見落とし、か……」

「お怒りを承知で申し上げれば、ここ暫くシェリィ殿は時折物思いに沈んでおられて、調査時の集中力に欠ける様子が見受けられるように思います。故に、その影響によるものではないかと推測は出来ますが」

「何であれ、手落ちには違いない。これを承知していれば、立てた戦術は違っていたからね。ここまで危ない勝負になる程の戦力差じゃなかったはずだ」

濡れた前髪から滴り落ちる水滴が、メモの上に染みを作ったのを見つめつつ、それをレシュに返す。


少し離れた場所で心配そうにこちらの様子を伺っていたナユの頭にぽん、と手を置いて。
その傍らのリマには小さく頭を下げる。


「今回は情報収集を私が引き受けたんだ。正直１つのミスでこれだけ戦況に響くのは、色々……甘く見すぎていた。リマの鍛錬以前に、私自身を何とかすべきだな。危ない橋渡らせる羽目になって済まなかった」


何か言いたげに口を開きかけた彼の言葉を遮るようにして手を振って、そのまま水辺へと向かう為に身を翻す。


「どうせずぶ濡れなんだ。ちょっと頭冷やしてくるよ。水辺が近いことだし。あぁ私は水温が冷たかろうが平気な体質だから、風邪引いたりはしないし気にしないでくれ」


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――そんな自分の身を気遣ってか。
何かあれば駆けつけられるギリギリの範疇辺りに居る様子の、彼の気配を感じながら。


身を切るような冷水に全身を浸す。
さすがに全く冷たくないとはいえない水温が、いっそ心地いい。


普段は失敗しようが命の危機に晒されようが、自分１人の命で責任だ。
が、今は共闘者が居て。
様子がおかしいというナユを預かっている戦闘なのに。

その様子を見るどころではないというこの様に。
さすがに落ち込んでいる自分を自覚する。

だが必要以上に落ち込んでいれば、今度は“共闘”のはずなのに、情報収集をこちらへ任せた事でリマ達が自分達を責める形になる。
そして、任せて貰ったのは本来信頼分のはずだ。

よって、この接戦の責任も。
負った傷も、全て自分の責任。


“集中力に欠ける様子が――”


レシュの声が脳裏に響く。
半ば無意識に、今は何も見えない右手の甲を見つめた。

其処に在る“絆”は、未だ失われていない。
今回の失態を知られれば、きっと呆れられるだろう。


「……こんな無様な真似はそうそうしでかしたくないし、同様の姿も、二度と見せたくないもんだね」


頭までざぶりと水に漬かれば、長い長い髪が水面に揺れる。
ここで目一杯落ち込んだら、もう反省は終わりにしよう。

水の中に、全てを沈めるようにして。
今回の失態は、今後で必ず取り返す。


「頭冷やすにゃ丁度いい場所で良かったよ……」




■今回の日記にもリマトリィドさん（955）とエンブリオのナユさんを拝借しました■

（擦り寄られつつも突き放すではなく、毎度素肌部分だけは気にしつつ、ナユさんの言葉には少し表情を緩めて）

（そして時間は少し後。依頼していた装飾品を手にして、左右色違いの瞳を細めて光に翳す）

（ナユさんの頭を撫で、リマさんに）

贅沢はできない、の一言に眉根を寄せて。

手元の蔦から紅い果実をひとつもいで渡した。

本気で悩んでるらしく、大きく首を傾げる。

褒めているつもりらしい…。

言うなり、奢ったついでに頼んだ酒を一気に飲み干した。

ちゅんちゅん、ちちちち……。その言葉に反応したのか、スズメが鳴き。

かーこは体を左右に揺らしつつ、そう答えた。疑問は無いようで。

視線に気付いたスズメは距離を取ろうとした。……が、にげられない！
かーこは、捕まえたスズメを指し。

服の袖口から、紐付きのちいさな袋を取り出して。スズメを中に入れて袋の上を軽く結び。
手に持ったまま、見せる。その袋には穴があるようで、そこからスズメがこっそり顔を出す。

動きにくくなるという言葉をきいて、納得したらしい。このままじゃ危ないし、と。

注いでもらった酒を旨そうに飲みながら。

影で焼いていた岩魚を酒器に入れ、熱い酒を注ぎ･･･骨酒をつくる。
焼いた魚の香りと日本酒の香りが合わさり独特の香味を生んでいる。
それを新たに用意したシェリィさんの杯へ注いでいく。

（皆にもと差し出されるが、はず、を連呼されると不安でしかない不具合←…。）

（綺麗な所作で腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、片手で構えを取る）

（呟きと同時に、手にした長剣の帯びる輝きの範囲が広くなる）