寒いのはもちろん、冷たいのも苦手だ。
刺すような冷たさとか身を切るような冷たさとか言うけど、それを体感している最中だ。

主にナユの視線に。

濡れ鼠だわこの寒波だわ、俺にとったらこれは拷問だ。
大体俺は水辺にトラウマがある。
幼少のみぎりに溺れて命をおとしかけたとか、誰かを水難で亡くしたとか、そんな重い理由じゃない。
けど俺にはとてつもなく重い。
よく言えばフェミニスト、悪く言えば女尊男卑なところがあると自覚してるけどその一端も担ったというか、俺が特有の女性に苦手意識を持つようになったきっかけとか。
あとごく最近だとナイトスピリットという存在はトラウマだ。
闇属性怖い。

…話が逸れた。

水辺だとなんでそんなにびくびくしてるんですか、とナユがしつこく聞くから、仕方なく答えたらこれだ。
ナイトスピリットの件はナユも知ってるけど、まぁ、その。

海の家の手伝いしてたら覗きの濡れ衣着せられて浜辺で女性陣に男性従業員全員並べられて半殺しにされた阿鼻叫喚の地獄絵図ですよ。

あと。

なんか転移システム強制作動の弾みで海に放り込まれて、オアシスの浅瀬で水浴び程度の経験しかない砂漠荒れ地育ちの俺が同伴してた師匠（※義理の母）に遠泳させられたことだよ。

色々あって義母さんは泳げる。
俺？
泳げるようにはなったけどそりゃトラウマだね。PTSDとかいうよね。

そんなこんなで水辺はトラウマしかない。

…って話をしたらこの冷たい視線です。

人にはそれぞれ事情ってものがあると思うんだ。
笑うなら笑えばいいと思うけど16歳って多感な時期にそんな過酷な経験したらそうなるから。

ごめん、笑えばって言ったけど、分かって頼む。

…まぁそれでシェリィ一人に負担かけてりゃ世話ないのは確かだ。
アークに「お前らが一緒になって落ち込んでどうにかなるのか」って先手を打たれたから何も言わないけど。
こりゃまたトラウマが増えそうだ。

フェミニストなのだって、元々、やったら気も腕っぷしも強くてスパルタ師匠の義母さんが実はすごく寂しがりだとか、すごく優しいとか、そういうのを知ってるからだ。
女性は男より心理的に不安定になりやすい。
トラウマは固定だが、不安定ってのはもっと覚束ない。心理的なもんじゃなくてもそんなことは当たり前だ。

この寒いなか責任を感じたからとて水浴びという発想は理解できないし、トラウマだから水辺は任せるって言ったのは俺なのに一人で背負い込もうとするのは…。

「…信頼されてない、つーかな…」

「リマさん」

ぼそりとぼやいたとたん、ナユの視線が、違う意味あいで冷たくなった。

「今のシェリィさんにそれ言ったら、僕、怒ります」

威嚇の唸り声でもあげかねない口調に諸手をあげる。
ずいぶんと長い間木陰で待機していたようだ。

自分がばかなことを言った自覚もある。
信頼してるから後ろを任せてくれてるってのに、これはナユに怒られても当然だ。
煙草は水浸しになったおかげで全滅、口寂しくてくわえているが、なんの訳にも立ちやしない。
余裕がないとは言え、必需品は補充しないとな…。
嗜好品というより、俺にとっては必需品なわけで、まぁそれは俺の事情なんだけど。

「…寒いな」

「…ですねぇ…」

「シェリィ、風邪とかひかねぇのかな…」

「…そう言って覗こうとか」

「冗談でもやめて」

軽口を叩きながらも、隣に座ってぱったん、ぱったんと尻尾をゆらしているナユはそわそわと湖の方を気にしている。

「それにしても」

次の対戦で立て直さなきゃならねぇってのに。

「…このタイミングでこのカードひくかねぇ…」

練習試合の相手がまさかのヒナと福莉、そのメイドだ。
ここで集中力をかくわけにはいかないんだが、これは…。
最近女難の相が出てきたとしか思えないんだが。

ロリショタ疑惑とか女難とか、俺の人生絶賛暗雲立ちこめてます。

「…シェリィさんの様子見てこようかな…」

「お前雄だろ」

（擦り寄られつつも突き放すではなく、毎度素肌部分だけは気にしつつ、ナユさんの言葉には少し表情を緩めて）

（そして時間は少し後。依頼していた装飾品を手にして、左右色違いの瞳を細めて光に翳す）

（ナユさんの頭を撫で、リマさんに）

（綺麗な所作で腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、片手で構えを取る）

（呟きと同時に、手にした長剣の帯びる輝きの範囲が広くなる）