彼は怪訝そうな顔でこちらを見た。彼の鼻の横から生えた小さなヒゲが神経質そうに揺れる。眉をひそめたその顔を、意外と表情豊かなのだな、とアリスは受け止めた。
　腰を浮かせ、半歩後ずさった彼のその反応に、血に餓えているようにでも見えるのかと嘆息しながら、アリスは一歩近付くこともせずその場に座り込んでみせる。背の低い彼よりも視線が下がり、その目を見上げながら言葉を紡ぐ。

「この通り、害意も敵意もありません。少しお尋ねしてもよろしいですか」

　それでも警戒を解く様子はなかったが、それでも座りこんだだけあってか、話くらいは聞いてくれるようだった。「お猫様がおれに何の用だ」と口調は刺々しいが、一歩踏み込めば脱兎のごとく逃げ出しそうな張り詰めた雰囲気からは多少なりとも好転したと言える。
　森を抜けてきたこと。闇雲に歩いてきたため、今どこにいるのかがわからないこと。戻るのではなく、先に進みたいこと。そして、人ならざるものと出会えて、多少なりとも安心したこと――。訝しむ彼に、今なお生々しさを伴って残る左腕の傷を見せてやると、「そんなもの見せなくていい」と言いながらもとりあえずは納得してくれたようだった。

　案内されていくと、一人の女性のもとへとたどり着いた。彼女は鼠の彼と挨拶を交わし、アリスのことを簡単に紹介した。純粋な人間であるその女性に対して、今度はアリスが警戒し身構える番であったが、彼女こそが鼠の彼が道案内を頼んだ相手なのだという。「おれからすれば、面識もなにもないあんたなんかよりはずっと信用できるよ」と言われれば、アリスは納得する他になかった。
　不思議な感覚だった。自分よりもよほど獣に近い臆病な亜人の少年が、純粋な人間のことをさして信用に足るというのだ。あるいは自分にはない考え方なだけなのだろうかと、二人を見てアリスは考えた。人であるかあらざるか、肝要なのはそこではないのだろうかと。
　案内くらいはしてくれるという二人の厚意に甘えて、アリスはその後ろをついていく。立派に地を踏みしめる鼠の少年の姿を見ていて、知らない世界に放り込まれたのだと、改めて思い知った。

無言で相手を睨み付ける。

アマドはそっとしゃがみこむと、もそもそと土を食べ始めた。

しかしそれは赤土ではない。

手中に爪を隠し、何事もなかったかのように手指を払う。