
隕石迎撃事件から一か月程経った。
結局、楓子は『私』と再び会う機会もなく日常に戻っていた。
荊闘乱祭でチアリーディングをし、友人に「いよいよ巨乳開示か」とからかわれたり。
イバラ・コレクションを見学に行き、別の友人の晴れ舞台を見てからかう側に回ったり。
イノカク部に現れたOBの面々を相手にする、看板防衛チームの一員として立ったり。
イバラシティの学生としてはごく一般的な学生生活を謳歌していた。
しかし、とある日。
イノカク部でちょっとした騒動があった。
とある人物のちょっとした失敗を内心で笑う、大した事の無い事ではあった。
しかし、その後に続いたちょっとした騒動により、その事は大きな意味を持つ事になった。
『私はかつて私に石を投げた奴と同じ事をしている』
本土で楓子に石を投げた者達。
異能を持つというだけで触るどころか声をかける事すら拒否した者達。
「話してほしけりゃスマホでも充電しとけ、コンセント」
「お前に触られると痛いだろ、静電気よりタチ悪いわ」
「一体何者だよ、気持ちわりぃ……」
言葉にするかしないかの差なんだ、と楓子は痛感した。
言わずに私を無視した者達と自分は何も変わらない。
芥川にフォローされ、少しは持ち直した楓子であったが平時の精神状態には程遠く、
鬱屈した思いを抱いて日々を過ごした。
自己嫌悪にまみれた心を丁寧に隠し、クラスメイトに朝の挨拶をする。
自分に唾吐きながら、イノカク部の先輩にどうやって謝るか考える。
自分からの軽蔑の視線を背中に感じながら、ゲーム実況を撮る。
当然そんな状態ではよいモノが取れる事ははなく、時間を無駄にした。
ベッドに倒れ込んで、大きく息を吐く。
「最悪……」
自分を指して言う言葉だ。切り替えが出来ていない。
機嫌をコントロール出来ず、ひたすら自分を批判しているだけだ。
適時機嫌をコントロールしなければならない。他人に当たり散らす前に。
「他人に当たり始めたら、ほんとクソだな……。そうなったら死んだほうがいい……」
寝苦しさを感じ、何度も寝返りを繰り返して眠気を待つ。
結局は全く眠れずに朝を迎え、勉強と日々のトレーニングを事務的に消化して出校する。
クマの出来た目をクラスメイトに心配されて、実況取れなくて、と受け流す。そんな自分にもうんざりした。
心配してくれるクラスメイトすら、適当に相手するのか、私は。
心の中でウンザリする。
精神状態の不調は、異能の調子にも影響する。
他人には分からないレベルで出力の上昇が遅く、感覚的にも流れがよくない。
どうにかしなければ、日常生活にすぐ支障が出る。かつて謎の存在に追われて不眠症になった時のように。
そう思ったものの、解決の糸口も見えないまま更に数日が過ぎた。
クマを消す程度には眠る事には成功したものの、異能の調子はそこそこ、という状態。
そんな中、いつもお世話になっているミツフネ先輩と異能のトレーニング試合をする事になった。
不調ではあるが、イノカクをする分には問題ない。スポーツ程度なら十分だ。
そんな思いで当日に臨む。
結果から言えば、自分の傲慢を晒す結果になった。
自慢げに新しい技を出して、イノカクでこんな技使えないと言って、改めて他人を下に見ているという事を自覚してしまった。
相談もあってザストへ移動する途中も、内心酷く落ち込んでいた。
更にはザストでその悩みを見抜かれ、もうどうしようもなかった。
逃げる私をミツフネ先輩は一度だけ止めた。
その声に反応してしまい、立ち止まる自分を責める。
結局、貴様(おまえ)はただ人に構ってほしいだけなのだ。
ひたすらに自己嫌悪を募らせる私に、ミツフネ先輩は問う。
『お前は自分を強キャラだと思っているし、
その事自体は良いことだと思っているし、
恩恵も最大限享受しようと考えているが、
それ以外の何らかの理由で、強キャラムーブ
したくないと思っている。
それこそ気分が悪くなる位に、強く。』
当然だ。異能については語るまでもない。
隕石すら撃ち落す異能が弱いわけがない。
後者についてもわざわざ言う必要があるだろうか。
馬鹿みたいに一人だけ強い奴がイキっていたら、誰も構ってはくれない。
ただただ嫌われるだけだ。
もう一人にはなりたくなかった。でも、そんな自分が嫌だった。
そう思う私に、投げかけられた答えはシンプルだった。
『
モロバは孤独か?』
剣野モロバ。雷硬剣を教えてくれた先輩で、確かに第一印象は傲慢な人ではある。
でも決して粗野なだけの人物ではない。付き合えば細やかな気遣いと優しさを見せてくれる人だ。
そんな実例を出されては、腐っているだけの自分はあまりにも、そう、ダサい。
●
目指すべき実像が見えれば、うだうだ悩んでいる必要はない。
スパッと切り替えて、憂慮すべき"まだ謝っていない"という事をしっかりと済ませる。
その為に睡眠を取って、久しぶりに十分な睡眠を取って、学校へ向かう。
「失礼、剣ヶ峰楓子さん?」
「はい?」
聞き覚えのない声に振り返れば、黒いスーツを着た男性が一人立っていた。
なんというか、特徴の無い顔をしている。似顔絵を描けと言われればひどく苦労するかもしれない。
確実なのは男性という事だけだ。
「貴方の異能の件で、少しお話を伺いたいんだ。
放課後でもいいんだが、時間を取ってもらえるかな」
笑みを浮かべて男性はそう言った。
異能について、話を伺いたい。……あまりにも胡散臭い。
こちらの印象を察したかのように、男性は続けた。
「五月の件を拝見したのでね。まずは話をしたいだけさ」