【Side L】
――何時も通り、ハザマへの記憶が引き継がれる時間。
流れ込む記憶に中に、幾つか思いもよらぬ情報が混ざる。
「……私やティーナの体調が悪かったのって、これ、かぁ……」
暫くの間、悩まされていた二つの事柄がわかってしまい
思わず、顔が熱く、そして顰めてしまう。
我ながらなんというか――まぁ、未だ信じられない事であるような気もするが……
間違いなく此れは事実だ。
何処までも悩ましく、頭が痛い種ではあるが、当然、悪い気なんてするわけがない。
それが本能的なモノなのか、それとも、その根源を与えたのが、愛する少女だからなのか。
ただまぁ――
これは間違いなくかりんに、此方でも説教をされる。されてしまう。怖い。
しかも、肝心の共犯者とも言えるティーナは此方にいないのだ。
つまり、その分も私が背負う事になる。ズルい。
天使様、かあ様代わりに怒られて。
割と貴女が悪い分、今回に関しては多くあります。
「……いや、嬉しい報告として大目に見てくれないかな。ダメかな、ダメそう」
……懸念は多くある。本当に此れで良いのか。
私が……〝持てて〟しまってよいのか、と。
――何も持てないと思っていた自分。何も持てないと教えられた自分。
もの
産まれてはいけなかった、とある事を否定された自分が手にした命。
力
触れてしまえば壊して、失わせてしまう異能。
物の価値というものを、限りなく軽くしてしまうモノ。
私が使う力は〝死〟そのものだというのに、
それとは真逆の、対極的なモノをその身に宿した。
そんな自分でも〝持てた〟というのは皮肉なのか、
それに対する叛逆なのか、それとも――
複雑な心境な事には違いない。
まだ、まだ自分を変えられないけれど、それでも……。
今暫くは、この与えられた幸福を糧とし、その熱に身を委ねよう。
今はまだ〝己の世界〟を守る為に、前に進むために。
そうして、何時か、この思いを必ず――
「――それにしても、手料理の一つは、ちゃんと作れるようにしないとかな」
『幸福は一つ、されど、災禍もまた一つ』
【Side S】
わたしの事ながら
『……いやはや、我ながら情けない』
開口して言葉がまずは其れである。
もっとこう、自分の事なんだから、
何かしら慰めの言葉をくれても良いと思うのにそれである。
「……やめてよ。ただでさえ打ちのめされてるのに。
そう言う追い打ちするの」
思考が止まり、返しの言葉にもなっていない一言を返す。
『だって、前なら気付けてたでしょ。あれくらいの変化。
幾ら平穏に浸かりたいからって、物事見なさすぎだよ。
――いや、〝ティーナ〟も〝ティーナ〟だけどさ』
私の言葉は酷く辛辣だ。呆れ混じりの声色が無駄に私を苛める。
けれど、否定はしない。否定は、できない。
傍に居るわたしが、他人の手に寄って気が付かされるまで判らないなんて。
きっと。もっと。ちゃんと。私が聡ければ。あんな事は起きていなかった筈だ。
『はっきり言って、弱くなったんだよ、〝わたし〟は。
色々されてきて、理不尽というものを嫌という程に刻まれてきたのに』
そんな事、言われなくても判っている。
だけど、それは〝閉じた世界〟でのわたし達の話だ。
外の世界は、そんな物は転がっていないとおもっていた。
でも現実は違って――その世界も怖い場所だった。
わたしは勝手に夢を見ていたのだ。
外の世界には誰かの悪意になど、絡め取られる事はそうそうないのだと。
……早い話、わたしはまだ未熟だった。
妹の、凛音の経験を借り、あの子たちの姉であり、そう振る舞おうと。
自らの大切な人である少女を、今度こそ護り、手を引いていこうと思ってはいても。
だけどそれは、所詮は付け焼刃でしかない経験則だ。
七年。たった七年だ。
七年しか生存を許されなかったわたしは、実に無力なのだと思い知らされる。
今は外の世界でるのが、恐ろしい。
ふとしたことで、また幸せを奪われるのかと思えば――酷く、それが怖かった、
しあわせ
ごく当たり前の、普通が手に届かない。
誰をも害さず、誰にも害されず。
誰にも必要とされず、誰かに愛されなくとも。
それでもただ一人、彼女の……クリスのものだけは欲し、欲されたい。
私は、あの子とただ静かに、生きていきたいのだ。
だって、もう……それを許されたっていいではないか。
漸く、漸くなのだ。
10年の間、何処でも無い深い暗闇の中で眠りについて、一年前、眼が覚めて。
そうして、悪霊となったあの子と再び出会った。
その時は、自らの願いはきっと叶えられるず、ああ、また別れてしまうのだろう、と。
諦めにも似た気持ち、それでも、送り出す心心算はあったのだ。
けど。
多くの人と一人の少女が与えてくれた贈り物のお陰で、その結末には辿り付かなかった。
人並みの生を得たあの子と、共に歩けるようになったのだ。
わたしはまだ、正しく人になれていないけれど、
あの子がその場に居てくれるのであれば、きっと辿り付ける。
色んな物を見て、食べて、楽しんで……偶には喧嘩して。どうせ負けるけど。
何処かに連れていき、代わりに何処かへと連れていってもらい。
愛し愛され、想い想われて……その繰り返しを続けて。
そんな生活をして、大人になれるころにはきっと――
……『これは』、そう思っていた矢先の事だった。
私はまたあの子を奪われかけているのだ。
いっそ、私の欲と想いに任せて、何処へも行けない様に縛り付けて仕舞えば……。
でも、それだけはできない。してはならない。
彼女の意思を奪い、選ぶという自由を与え無いのであれば、
〝あの少女〟とやっている事は変わらなくなってしまう。
凛音と似たあの少女の身姿。
細かな銀髪と、私たちを置き去りにして成長してしまった妹と似た形。
それが……また私から奪っていこうとするのだ。
そのせいで、終わった筈の、妹への憎悪が再び想起される。
違うとはわかっていても、どうしても被ってしまう。
その事に強い嫌悪を自分に感じ、苛める。
なぜ、どうして、また、なんで。
そんな気持ちばかりが、うす暗く胸につもっていく。
……どうして、わたしばかりがこんな思いをしなければいけないのか。
だから
――カミサマ、私はあなたの事が大嫌いです。
あなたは、わたしから奪う事しかしませんでしたから。
だけど、お願いです。わたしからこれ以上、〝奪う〟事をやめてください。
わたしは誰をも害さず、害されず……あの人と共に、人として生きたいのです。
人として、ごく普通の生を歩んでいきたいのです。
でも、それでも、その願いが届かないのであれば
私は、もう、きっと――