
私は魔王。魔王ミスティ=ブラッド。
そんな名乗りを、この世界で幾度しただろう。
私のように、明確に自身を把握している者ばかりではないのかもしれない。
アンジニティからの侵略者達は、皆一様に、ふたつの記憶を持つ。
そして、その記憶のどちらが本物か……ということも、簡単に断ずることは出来ないのだろう。
この世界は、姫宮真紅であった頃の私からすれば、出来の良い悪夢のようで。
そして魔王であった私からすれば、自身とは切り離された平行世界のようだ。
何が正しいのかと問われれば、何もかもがまるで正しくないことのように思える。
それでも、何かひとつ信じられるものがあるとすれば、それは"誇り"だ。
私は"秩序"を守る魔王であるという"誇り"。
それだけが、この世界でただひとつ信じられるものだ。
この世界に来て1時間……姫宮真紅の所属していた学校の教師と出会う。
私達はお互いに顔見知りでありながら、全くの初対面でもあるのだろう。
だからこそ、名乗る。
「初めまして。私は魔王。魔王ミスティ=ブラッド。姫宮真紅と名乗っていた者です。」
「私はアンジニティの侵略者です。
学園の皆様を騙していたこと、まずは謝罪致しますわ。」
これは、私にとっては挨拶でもあり、謝罪でもあった。
私は姫宮真紅ではなく、イバラシティの民にとっては敵であるアンジニティの侵略者である。
親しい仲間の振りをした敵であったことへの謝罪。
怒りも憎しみも受け止める覚悟はあった。
しかし、返ってきた言葉は、なんとも落ち着いたものだった。
「あは。"ミスティ"さん、ひさしぶりだね。こっちでも相変わらず冷静なんだなぁ。」
彼女は、笑って、挨拶を返してみせた。
「あやまることはないよ。…うん、あやまることなんてない。」
「……こかげ先生は、どちらですか?
イバラシティ側ですか? それとも……いえ、どちらの出身であれ、イバラシティ側につくのであれば、私にとっては味方……可能であれば協力したいのですが?」
「うん、私はイバラシティを守るよ。
みんなを戦いにかかわらせるのは気が引けるのだけれど、みんなにとってもひとごとではないものね。」
彼女……熾盛天晴学園の理科教師、絹笠こかげは、そこでふっと言葉を切り
「味方……か。ねぇ、聞いてもいい?ミスティさんは。何でイバラシティ側なの?」
その理由を問う。
それは、単純な疑問にも見えて、また同時に、彼女自身の迷いにも見えた。
「イバラシティ側である理由ですか。強いて言うならば、秩序の為です。
我々アンジニティの民は、然るべき理由があって否定の世界に存在します。
そこから出ることもですが、外の世界と入れ替わるなどということは、世界の理に反することです。
それに、否定の世界から出ることは、否定されたことへの否定……過去に背負ってきたものの否定です。
我々が我々として在る為に、我々は誇りをもって否定の世界に在るべきなのです。」
「………こかげ先生は、イバラシティ側につくとはいいましたが……
その口ぶり、姿は変わっていなくとも、もしかしてアンジニティ出身なのでは?」
彼女の言葉から、見え隠れしていた疑問を、言葉に変えて問う。
すると彼女はにこりと笑い。
「困ったな、すぐばれちゃうなぁ。
隠しとおすつもりもなかったんだけどね。
"はじめまして"。元イバラシティ出身の"織物の神様"だよ。
出身地だってのもあるし、学校のみんなもいるしね。だから、うん。私は侵略を許さないよ。」
彼女がその言葉を言い切った頃、遅れていたもうひとりの仲間が追いついてきた。