
第一目標は『イバラシティの戦力の底上げ』だ。
現時点で戦闘の心得がある人物――神実はふりのような――と組めば手間は省けるが意味がない。そいういった連中には同郷で混乱している人間共を先導してもらうべきだ。男の目的を叶えるためにはゲーム終盤までにイバラシティとアンジニティを拮抗させなくてはならない。
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オニキス 「……ちっ」 |
出来るだけ手早く片づけたつもり、だったが。己がアンジニティだからか、あるいは次元タクシーという名の通り空間の歪みでもあるのだろう。目的の人物の気配は索敵範囲に存在しなかった。
『力』を増大させ全速力で駆け抜ける。
アンジニティを警戒し目立たず行動するつもりだったがそうもいってられない。……喰われてからでは、何もかもが手遅れなのだ。
――*――――*――――*――――
ナレハテの群れに追いかけられている対象――結城巳羽と其処に鉢合わせした早生さきを発見。最悪の事態は避けられた。
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オニキス 「退け」 |
ぢ、と空気が焼け焦げる音と共に亡者の隙間を縫って奔る閃光。
少女を呑み込まんとしていたナレハテの群れを熾きる炎が真逆に喰らう。"導火線"に従って広がる焔は怪物達を包み込み、僅かな逃げる隙も与えずに燃やし尽くしていく。
そんな分かりきった結末に構うことなく、背中の少女達へと振り向く。
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さき 「みゅーちゃん、大丈夫?えっと、ありがとうございま…す?」 |
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巳羽 「危ない所を、ありがとうございます。でも……アンジニティの住人が、わたし達に、何の用ですか」 |
「……はん。なんでもかんでも質問すれば答えてくれると思ってんのか。俺はお前らの先生じゃねえぞ」
鼻先で笑う男はその仕草ほどは感情を表してはいなかった。
相変わらず冷たく揺蕩う焔を宿した瞳を無機質に、あるいは、検分するように少女達に向けている。
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オニキス 「"アンジニティが何故?"そこで立ち止まるなよ優等生。もう一歩踏み込めよ」 |
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オニキス 「てめえもだ風船女。もう頭までふわふわさせたまんまじゃ居られねえんだよ――アンジティとイバラシティの戦争が始まった、此処、ハザマではな」 |
一歩、二歩、と悠然と歩いて、巳羽とさきの目前にまで近付く。
少女の決死の覚悟すらも現状では歯牙にかける価値はないのだと――荒涼とした大地を踏みしめる足音が告げていた。
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オニキス 「首から上がついている意義を示せ。さもなきゃ俺が掻き切るぞ。――問。てめえらは、何故まだ生きている?生き残る為にすべき選択はなんだ?」 |
動揺。逡巡。だが錯乱しているわけではない。
目の前の化物の言葉を咀嚼しようと喰らい付いている。悪くない反応だ、と思う。
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さき 「まだ生きてるのは、あなたが、助けてくれたから。ここで生き延びるためには…選択…戦うしか、ない?」 |
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巳羽 「……あなた、は」 |
たどたどしくも感じた儘に言葉を紡ぐさき。目を見開き驚いた気配を見せる巳羽。
……こっちは気付いたか。このくらいは『天河ザクロ』の認識通りだ。しかし何を察しようが、それだけでは意味がない。そこから得られるものがなければ――
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巳羽 「……。……あなたは、"先生ではない"。善意ではなく、その上で私達に何か価値があるかもしれないと考えているから、助けてくれた」」 |
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巳羽 「生き残るために……わたしは、」」 |
少女にとってのオニキスは今、このハザマを表す象徴の筈だ。
それを前にして立ち向かう意思の折れない限りは待つ、つもりだったが。
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オニキス 「……ちっ。そういうことかよ」 |
ナレハテを喰らいきった炎が晴れる先。感知に引っかかった気配に振りむいた化物の瞳に映る光景に色彩が仄かに揺らぐ。天文部と『イデオローグ』――同じアンジニティの虜囚にして侵略に乗ったに違いない蝙蝠の怪人。
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オニキス 「そうだ」」 |
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オニキス 「咀嚼し、否定し、思考し続けろ。その先に在るのが――」 |
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オニキス 「今この瞬間の、現実だ」 |
直後、高速で接近する"騎士"を迎え撃とうと飛び出す。
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騎士 「うぉおおおお!!!」」 |
咆哮と共に盾を構えて突っ込んでくる騎士。振るわれる刃。
斬、と化物を両断する剣。
直後その姿が揺らぎ――閃光が奔った。
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オニキス 「爆ぜろ」 |
吸血鬼を象る熱量はそのまま火焔の暴力へと転じる。
面を振り切った体勢の騎士に容赦なく襲い掛かり、炸裂した。
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(疾いな) |
身体強化の異能は振れ幅が分かりやすい。このハザマで齎されるイバラシティへの恩恵はかなりのものだった。
それでも通らないのは単にオニキスが過去経験し、そして予測した速度からも逸脱していないというだけ。評価に値しても脅威に当たらないのだ……そう、単体では。
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(さあて、どう出るイデオローグ) |
騎士を吹き飛ばした化物は、焔に撒かれる甲冑ではなく――その先に佇む蝙蝠の化物と稀有な解析能力を持つツナグを瞳に捉えた。
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(……、) |
おかしい。イデオローグに動きがなさすぎる。演技ではない、する意味もないだろう。……この絵を描いたのは奴ではないとでも?フタバが斬りかかったのは本人の意志ということか。
ならば隙を与えないように立ち回り、天文部を処理してからイデオローグを打倒すればいいだけだ。あの蝙蝠はこのゲームにおいて最も危険な敵になり得る。体勢を立て直される前に仕留めておきたい。
だから――油断、ではなかった。
『天河ザクロ』が把握していなかった解析を昇華した反消滅の力を見せるツナグ。
不意をついて妨害を加えたリリィ。
仲間に全幅の信頼をおき迷わず再突貫を仕掛けたフタバ。
彼らはこの身に刃を届かせた。結果的には右袖を割いた程度に終わったが、それでも確かに。
天文部が表題通りではない活動を行っていることを『天河ザクロ』は察していた。
人間同士が手を取ることで生む得体の知れない力は『オニキス』も識っていた。
だからこそ、
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オニキス 「足りねえな」 |
小さな呟きは、冷たく感情を覗かせない今までと違う、奥底で渦巻く熱量から発された。
それを映し出すかのように――ナレハテを燃やし尽くした、単なる残り火だった筈の灯が轟、と気勢を上げる。
その焔は先程までとは決定的に違っていた。
ツナグの異能から表現すれば『情報量の爆発』というべきか。
表出する現象の大枠としては同様でも、根本が完全に書き換わっている。解析の視点にたってみるならば、まるで別の言語様式で書き表されているかのような。
その証左だというかのように炎熱は独りでにうねる。さながらそれ自体が生あるかの如く、大口を開けた『焔の大蛇』が、全てを呑み込まんと。
した、その刹那。
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イデオローグ≪結城伐都≫ 「おまえの相手は――このおれだ」 |
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オニキス 「…………!」 |
吸血鬼はニンゲンを、いや、同じ領域に在る化物すらも信じてはいない。
彼が認めるのはただ一つ。生の根底、積み上げられた足跡、何を成し何を欲するか――如何なる状況ですらも微動だにすらしない己の『定義』。
だからこそオニキスは瞠目した。あのアンジニティにあって尚、悪辣、非道、卑怯とののしられたイデオローグ。弱者から奪い強者に媚びへつらい、更にその裏では主の寝首を掻く算段まで立てるような賢しい盗賊。
しかしそこには常に"現実"があった。己の持つ能力を冷静に分析し、不毛の荒野が広がるだけの牢獄で少しでも生き残る可能性を上げるため――"生きたい"というもっとも根源的かつ強い欲望。
イデオローグの言動に反してそこにはひとかけらの嘘も混じる余地はない。はず、だったのだ。
/11/@@(奴が身を捨てて、他者を庇う真似を――――!)
全てを焔で呑み尽くすさんとした大蛇の動きが、一瞬、停止した。
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さき 「ーー待ってください!」 |
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巳羽 「──この馬鹿兄ッ!!」 |
戦場にできた僅かな空隙を切り開く、さきの声音。
間髪いれずにみうも飛び込み、イデオローグを――兄の姿を象る怪人を護ろうとしている。
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さき 「この人は!さっき私とみゅーちゃんを助けてくれました!」」 |
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さき 「この人たちは!私たちの友達で、先輩です!」」 |
もう平時の浮世離れした様子は欠片程も見られない。必死に戦場を遮り訴えかけるさき。
緩やかに、されど荊を踏み締め血を流す確かな決意をもって歩み寄る巳羽。
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巳羽 「炎を、消して下さい。彼らをこれ以上攻撃しないで。でなければあなたは、"イバラシティ"を一人失うことになる」 |
先に揺れていた瞳は、その残滓さえも包み込む熱が滾っている。
それは力及ばぬ現実を前にしても尚、諦めを選ばなかった人間のみが宿す耀き。
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巳羽 「わたしは、選びます。ここで生き残るためなら、」 |
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巳羽 「あなたを利用し、利用されることを選ぶ」 |
渦巻く焔の熱量はたかが人間程度を焼き尽くして尚余りあるもの。己が意思一つで其の前に立ちはだかる少女らの瞳を、吸血鬼は静かに覗き返していた。
……どれほどそうしていただろうか。
暫くすると炎はぐるりとオニキスの身体に纏わりつくようにとぐろを巻き、化物の中に還っていく。
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オニキス 「友達?先輩?関係ねえな。そんなものは最早単なる火光(かぎろい)に過ぎねえ。此処で必要なのは夢幻を書き換える凍てついた論理と揺るがされない己の『定義』だ」 |
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オニキス 「だが――……及第点、ということにしておいてやる。理由はどうあれお前達は今、己が命を賭して俺(アンジニティ)を利用した」 |
早生さき。男がまがりになりにも助けた、という点に頼りすぎているきらいがあるが悪くはない。かの少女が見せた急場での行動力は予想外だった。少なくともこの地に立ち向かう第一歩は踏みしめたと評してもいいだろう。
結城巳羽。幾何かの事情は含まれるにしろ、戦いには無縁なごく普通の学生の範疇に収まる人物だった筈だ。故にあの問いは確認作業、最初はどの程度『使える』かを見極める為だったのだが……実際にはどうだ?この短時間、怒涛の展開の中で『答え』を出してみせた。
吸血鬼は、"人類の敵性種"は、だからこそこの光景を識っていた。
儚き命の者どもが魂を種火に熾す条理を覆さんとする力、鮮烈な『生』の眩い耀き――。
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オニキス 「俺には『イバラシティ』を使って成し遂げたい目的がある。不足だらけのひ弱なお前らには『アンジニティ』の力が欠かせない」 |
一方の少女の答えの論拠の答え合わせをするかのように嘯き、さき、巳羽、伐都達の横を通りすぎる刹那――――巳羽の瞳を、緋色の眼光が射抜いた。
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オニキス 「――――小娘。今の解答、決して忘れるな。『価値』を示せ。俺は石ころひとつひとつの中から拾い上げてやるほど気が長くない」 |
収穫はあった。
イバラシティの戦闘能力、及び異能の強化幅の正確な把握。少女達への思わぬ作用。
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オニキス 「……その答えが試されるのは、これからだがな」 |
懸念はある。イデオローグ。奴が焔の前に身を擲った、あの行動は。
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(計算づく、なのか?) |
当初は想定外の敵、吸血鬼オニキスと邂逅したことで一時混乱の渦中にあった。それは間違いない。だが本来のイデオローグの知略なのば辿り着いてしかるべきなのだ。どのような思惑があれ、男が少女達を守っていた、ということに。
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オニキス 「……はっ。どんな思惑を抱いていようが俺が喰らう。それだけだ」 |
ツナグの元へ向かう。了承を取る義理などないが、イデオローグの件を言い含めておきたかった。奴は正体を見抜いた上で受け入れていたのだから。
それに少女達の意思をより強固に仕立てるきっかけにもなるだろう。同じイバラシティの学友に、己の口から、誰にも強制されずに再度宣言を行うというのは大きな意味を持つ。
いずれ来たる『選択』の前には、ささいな縁にしかなり得ないとしても。