
みんなで年越しそばを食べた。
みゅーちゃんに、バツ君に、カラフル君に、ざっく先生に、くる先輩に、天文部の先輩に…
ええととにかく、たくさん。たくさん。
ハレ高の屋上で。寒いって言いながら、いろんなものを持ち寄って、自然と人が集まって。
屋上の神社で初詣してたひとも、みんなで。
おめでとうって、今年もよろしくって笑って。
それぞれに解散した後、明け方に海辺に見に行った初日の出はすごくきれいだった。
イバラシティは海に囲まれているから、日が昇る瞬間も、日が落ちる瞬間も、
こうやって眺められるのは凄く素敵だなあって、この町に帰って来てから改めて思った。
すてきな1年になりますようにって。
寒かったけど、おそばもおいしくて、初日の出もきれいで、ああ、いいなあ、って。
――いいなあ、って。思ったの。
(結城伐都は嘘つきだ)
――バツ君はもしかして、あの、あん……何とか。まさか、侵略者なの?
空に浮かんだ言葉は、不気味な空間で不安をあおるには十分で。
一度考えてしまったそれは、じりじりと焦げ付いた様に、頭の片隅から消えてくれない。
――なんでこんなに驚くほど体は軽いの。
ただ浮けるはずの。浮かせるだけの異能のはずなのに、羽が生えたように飛べてしまう。
幼馴染たちがいるかもしれないと探しに自在に飛び続けられる。
それが今ここは自身の知る場所ではないと思い知らされる。
『危ない所を、ありがとうございます。
でも……アンジニティの住人が、わたし達に、何の用ですか』
――戸惑いながらお礼を言う横で、みゅーちゃんの声は、聞いたことがないくらい、硬かった。
探し出した幼馴染は、最初に出会った赤い異形に追われていた。
その彼女を助けたのは目を奪うほどの、赤い、赤い、炎。
『……はん。なんでもかんでも質問すれば答えてくれると思ってんのか。
俺はお前らの先生じゃねえぞ』
『"アンジニティが何故?"そこで立ち止まるなよ優等生。もう一歩踏み込めよ』
――金の髪、さっきの炎みたいな赤い目の恩人の片側は『人』というにはかけ離れた姿をしていた。
侵略側だという男の姿は、それでも間違いなく幼馴染を助けた。
無機質の様にも、けれど何かを見定めるような眼差しにはぬくもりはない。
『てめえもだ風船女。もう頭までふわふわさせたまんまじゃ居られねえんだよ
――アンジティとイバラシティの戦争が始まった、此処、ハザマではな』
『首から上がついている意義を示せ。さもなきゃ俺が掻き切るぞ。
――問い。てめえらは、なんでまだ生きている?生き残る為にすべき選択はなんだ? 』
――ふわふわ、と。そういえばカラフル君に呼ばれた。
飛んで行ってしまいそうだとバツ君に言われた。
場違いな考えと一緒に、赤い瞳を見たことがあるような気がして、何かがまた引っかかる。
金の髪の侵略者と対峙する中で、ぎゅ、と握りこまれた幼馴染の拳を、
不安なのだろうかと思えば、安心させるように自然とその上から握った。
巳羽の方が年下で、自分よりもよほどしっかりしていて。
それでも伐都がおらず二人でいれば、私は『お姉さん』なのだ。
「まだ生きてるのは、あなたが、助けてくれたから。
ここで生き延びるためには…選択…戦うしか、ない?」
――私は多分何もわかってないから。まだわからないけれど、
ありのまましか答えられない。ああ、テストじゃあこれは不正解かなあ。
『……。……あなたは、"先生ではない"。善意ではなく、
その上で私達に何か価値があるかもしれないと考えているから、助けてくれた』
『生き残るために……わたしは、』
――みゅーちゃんの言葉が『こたえ』を出すより前に。
『ちっ……そういうことかよ。』
『そうだ。
咀嚼し、否定し、思考し続けろ。その先に在るのが――。』
『今この瞬間の、現実だ』
視界は再び、炎に包まれた。
* * *
何が起きているのか、わからなかった。恩人の金髪の侵略者と、
くる先輩に、リリィ先輩に、天文部の先輩に、そして具合の悪そうな、バツ君。
なぜ戦っているのかわからなくて、混乱をし続ける。
少なくとも、先輩たちは敵に見えない。なら何か誤解をしているのだろうか。
だってこの金髪の人は私たちを助けてくれたけれど――ダメだ。入るスキがない。
だって余りにも、それは『戦い』の形をしていた。
うろたえ、戸惑う間に、炎は大蛇の形を象り、大きな大きな炎へ、変わる。
『足りねえな』
息をのんだ、時。
『おまえの相手は――このおれだ』
――なんで、なんでいっつも無茶しちゃうのかなあ、バツ君。だって、そんな、ボロボロなのに。
炎の前に、天文部の面々を守るようにゆらり、立ちはだかったもう一人の幼馴染。
その動きに何を感じたのか、すべてを飲み込もうとしていた炎の動きが一瞬、止まった。
「――まってください!」
――でもきっと私も同じなのかもしれない。何もわからないけれど。
わかんないからこそ、きっと、体が動いてた。こんな大声、めったに出したことないのに。
『──この馬鹿兄ッ!!』
――ああ、きっと、みゅーちゃん、本気で怒ってるなあ。心配してるなあ。バツ君に。
「この人は!さっき私とみゅーちゃんを助けてくれました!」
「この人たちは!私たちの友達で、先輩です!」
今なら言える、と。炎の前に無謀にも躍り出た足は少し震える、
そばで感じる熱は先ほど見ていたものとは比べ物にならないくらいに熱くて。
けれど多分『今』目をそらしちゃいけないのだと何かを感じれば、
熱さで浮かぶ涙をぬぐわず、侵略者を見上げる。
同じく真っ先に兄に駆け寄った幼馴染の表情は、背を向けているから、
その様子をうかがうことはできなくて。
『炎を、消して下さい。彼らをこれ以上攻撃しないで。
でなければあなたは、"イバラシティ"を一人失うことになる』
声が、近づく。自分の背越しに聞こえる確かな意思を持った、声。
『わたしは、選びます。ここで生き残るためなら、』
『あなたを利用し、利用されることを選ぶ』
――炎が怖くなかったわけじゃない。立ち続けたものの、
ちょっと、怖かったよ。ね、隣に立ってくれた時に、安心したのを、気づいてるかなあ。
『友達?先輩?関係ねえな。そんなものは最早単なる火光(かぎろい)に過ぎねえ。
此処で必要なのは夢幻を書き換える凍てついた論理と揺るがされない己の『定義』だ』
『だが――……及第点、ということにしておいてやる。
理由はどうあれお前達は今、己が命を賭して俺(アンジニティ)を利用した』
炎はまるで、目の前の恩人そのものが炎だとでも言うようにまとわりつき、
還っていった。先ほどまでの熱さが嘘みたいに顔が冷えていく。
少なくとも炎は消えた。つまり今この場はもう大丈夫だということに、自然と力が、抜けた。
よかった。恩人の人も、みんなも、私も、いったんは無事だ。
『俺には『イバラシティ』を使って成し遂げたい目的がある。
不足だらけのひ弱なお前らには『アンジニティ』の力が欠かせない』
――何かを言われているけれど、今すぐに考えることはできなくて。
もう、とりあえずみんな無事だったっていう安心感の方が強かった。
瞳はそらさないけれど。崩れ落ちることはないけれど。
目的だとか、そこまでもう頭に入る余地はなくて。
だから最後の恩人さんから幼馴染にかけられた言葉も正確に把握することは、なかった。
この街に、日が昇ることは