『スターゲイザーズ』および『熾す魂火、絶えぬ火光』のパーティーメンバーと合わせております。(148 494 474 473 301 911)
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フタバ 「リリィ、すまねぇ!ツナグから連絡が入った!なんか見える時計台の方に向かう!」 |
走った。早くこの目で確かめたかった。
信用に足る人物に会いたかった。
ふと立ち止まる。CrossRoseに新着がある。
また誰かから返事があったんだ。それを確認した。
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フタバ 「タカ兄ぃ!!」 |
新着を受信する。
仮想現実の世界が広がる。
赤黒い空。異様な雰囲気に毒されたイバラシティ。
そこに一人の黒い甲冑の人物が車椅子を押していた。
木製の車椅子には干乾びた老人が腰掛け、黒い騎士が歩みを進めるたびに、
木製の車輪が軋み、悲鳴を上げる。
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フタバ 「え……」 |
知らない何かだ。人間なのか?これがアンジニティ?車椅子。騎士。
黒い騎士が歩みを止める。そして、甲冑と同じく黒い長剣を引き抜く。
そして、たった一歩で、間合いに捉え、喉元に目掛けて突きが入る。
咄嗟に切っ先を弾くが、剣がすり抜けた。
黒い切っ先も喉当てをすり抜ける。
そのままノイズとともに仮想現実がたち消えた。
確信できた。蛇乃目双刃は否定する。
しかし、どうしても覆しようのない事実が残酷に叩きつけられる。
それは絶対的に信じられる自身の戦士の記憶。
立った時の姿勢、行動に出るときの拍子、流れるような重心の動き、突きの鋭さ。
どれをとっても自分の理想形、自分の憧れ、やがてたどり着く到達点。
宗像貴人、その人だった。
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フタバ 「ぁぁ……ぁ、ァァアアアアアアア!!」 |
叫んだ。何度も叫んだ。ただ叫び続けた。
それしか出来なかった。
憧れであり、理想であり、夢であり、
それは騎士であり、英雄だった。
自分の人生の立脚点だった。
それが否定された。
ただ叫び、考えないようにした。
心が壊れる音が聞こえないようにした。
ただ走り、考えないようにした。
生きている身体の感覚を自分に叩きつけるようにした。
――時計台麓。
声は枯れ、涙も枯れ、ただ充血した目を兜に隠して、そこにたどり着く。
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フタバ 「ツナグ……ッッ!!」 |
その姿を認めると、すぐに走り出した。
「フタバ!無事だな」
ツナグの声を聞く。
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フタバ 「仮想じゃねぇ。よかった……よかった……」 |
掠れた声で安堵する。
「フタバ、早速で悪いがさっき結城から連絡があってな。
早めに合流したい。付いてきてくれるか?」
ツナグから結城の名前を聞く。そして、先のCHATを思い出した。
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フタバ 「わかった。……バツを信じるなって、連絡があったんだ。そっちには来なかったか?」 |
「俺には……来てないな」
ツナグはそう答えた。
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フタバ 「そうか。わかった。念のため、バツの前には俺が出る」 |
信じるなと言われたとて、その言葉も信じられない。
信じられるものはそう多くない。
二人はリリィの力を信じて先に急ぐ。
ツナグの様子からも結城伐都の事態は切迫しているようだった。
タクシーを降りてしばらく進むと、結城伐都の姿があった。
「……結城!」
ツナグはそう呼びかける。
目の前には結城伐都が居た。
「――ナッツ。それに、騎士様」
結城伐都は今にも倒れそうな様相で、答える。
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フタバ 「『剣道三倍段《トリスメギストス》ッ!!』」 |
ツナグの前に乗り出し、結城伐都との間に割って入る。
何を信じていいのかわからなかった。
だが、これはやるべきことだった。
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フタバ 「バツ、お前、まさか、アンジニティじゃねぇよな?」 |
そう問いかけ、盾を構える。
「おれがアンジニティか、だって?
答えるまでもない。……ナッツの異能なら分かる筈だ。そうだろ」
結城伐都がツナグを見ながら、答える。
その言葉を聞いて、ツナグは甲冑越しに肩を叩くと前に歩み出た。
「安心しろ、結城は結城だ」
その言葉を聞いて、剣を納める。
ツナグの異能は間違いなくそれを看破する。
そして、ツナグは俺に嘘をつかない。
少なくとも、これまで采配を間違えたことはない。
「歩けるか?」
ツナグはバツに声をかけて肩を貸す。
そして、3人で歩き始める。
バツは妹を探していた。
バツの妹を保護する。それが俺たちの目標になった。
俺たちはバツの妹を見つけた。
状況は最悪だった。妹の傍には片腕が骨になった、明らかな化け物が居た。
辺りは炎がちらつき、『ナレハテ』らしき何かが炭化し、赤熱している。
司令塔のツナグ。手負いのバツ。
役割は明確だった。
バツの妹と後輩の1年生。目の前の炎の化け物。
判断は一瞬だった。
力量差はわからない。それを判断するのはツナグの役割だ。
騎士の役割は前に立ち、采配の時間を稼ぐこと。
他の天文部員がいれば多少考えも変わるだろうが、いまこの場にいるのは俺だけ。
やるべきことは変わらない。
剣の間合いに敵を捉える。
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フタバ 「うぉおおおお!!!」 |
左腕を持ち上げ、カイトシールドに上半身を隠す。
状況をよく見るために視線を通し、視界の中心に敵を捉える。
牽制はない。難なく接敵し、切っ先の間合いに捉える。
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フタバ 「ぅぉりゃぁ!」 |
振り下ろされる刃は確実に化け物を捉え、縦に両断する。
そのはずだった……。
斬、と化け物を両断する剣。
直後その姿が揺らぎ――閃光が奔った。
「爆ぜろ」
化け物がそう言った。
その手ごたえの無さに気づき、咄嗟に剣を引き、盾を構えようとする。
しかし、間に合わない。両断された陽炎が爆ぜ、爆炎となって襲う。
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フタバ 「がァッ!!!」 |
咄嗟に目を瞑り、渇いた叫びを上げる。鎧の守りはあれど熱気が肉体を襲う。
そして、宙に浮く感覚。
一拍の内に、背中に衝撃を感じる。腕で受け身を取っていた。
衝撃のダメージは少ない。
しかし、皮膚の感覚が鈍く、ひりつく痛みが残っている。
火傷のようだった。
幸い目と耳の感覚はすぐに取り戻せた。
手足の感覚もある。
受けたダメージは大きいが、戦えない状態じゃない。
ツナグの安否の問いかけが聞こえる。
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フタバ 「大丈夫だ、戦える!」 |
そして、立ち上がる。絶望的な戦力差はわかった。
だが、ツナグに戦いの意志はある。まだ心は折れていない。
俺たちは戦える。
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フタバ 「っしゃー!オラァ!!」 |
陽炎に幻惑されるのであれば、
炎を操る相手の方が間合いが広いのであれば、
可能な限り懐へ詰め入り、間合いを見誤らないほどに接敵する。
今度は盾を構えたまま、前傾姿勢でより姿勢を低く、
兜から片目だけを覗かせて走る。
剣は兜の横から突き出すように構える。
まさしく角を突き立てる牡牛の突進だ。
だが、それも通じない。
またしても同じく爆炎であしらわれる。
それでよかった。それで時間が稼げるならば。
しかし、現実はそう甘くない。
化け物はツナグに炎を向ける。
しかし、俺の盾を使ってそれを防いでいた。
次の瞬間、ふと懐かしい声が頭の中に響く。
「二人とも大丈夫!?」
リリィの声だった。
この声が聞こえるということは、最低限スターゲイザーズとして戦えるということだった。
「リリィ!こっちはまだいける!」
リリィが繋ぐテレパシーに心で語りかける。
「リリィ……! いいタイミングだ!」
ツナグの声が響く。
「本体はまだだが、あの炎の解析は今終わった。
だが相手の攻撃があれだけとは思えない。
チャンスは一回だと思ってくれ。
フタバ、もう時間は稼がなくていい、次の炎は俺が消す。
一気に攻めろ! リリィ、妨害のタイミングを合わせてくれ。」
作戦はわかりやすかった。
前衛のやることは変わらない。前に出て、この剣を突き立てる。
先と同じ弾き飛ばされた牡牛の突進。
同じがいい。
炎の解析が終わったのであれば、全く同じ動きがいい。
同じ過ちを繰り返し、同じ炎を繰り出させる。
「……今だ!」
剣の間合いを見極めた完璧なタイミングでツナグからの指示が聞こえる。
俺の背後から鏡合わせの青い炎が現れ、目の前の炎を打ち消していく。
そして、目の前の化け物が一瞬動きを鈍らせる。
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フタバ 「――ッ!!」 |
チャンスは一度。ここで決めなければならなかった。
急所に刃を突き立て、確実に致命傷を与えなければならない。
化け物の急所がどこかはわからない。ただ、人の形をしているのであれば、
人の急所を突くしかない。
その狙いを心臓に定めて、突進の勢いを殺さないように、滑らかに剣を突き入れる。
一瞬。
一瞬だけ躊躇った。
人の形をして、言葉を話すそれの心臓に刃を突き入れることに躊躇した。
その結果を考えた。
しかし、突進の勢いは止まらない。
刃は容赦なく進む。
しかし、無情にもその刃は化け物の肉の無い腕を切っていた。
正確にはその衣服の袖だけを切っていた。
避けられた。
後悔。恐怖。焦燥。憤怒。絶望。
何もかもが心の中に入り乱れる。
それを押し殺し、後方へ飛び跳ねる。
「足りねえな」
金髪のそれが何か言った気がした。
『ナレハテ』らしき炭化した何か。
それらが、煌々と赤熱し、残り火は業火なり、うねる焔の大蛇となってツナグを襲う。
見た瞬間直感が叫ぶ。あの焔は異質だと。ツナグはアレをかき消せないと。
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フタバ 「――ッ!?」 |
まだ地に足が着かない。
ツナグを庇うには間に合わない。
また失敗した。あの化け物の前にしゃんと立っていたなら、こんな結末にはならなかった。
後悔と絶望は確かな形を成そうとしていた。
その時、ツナグの前にバツがふらりと飛び出した。
そして、まるでそれに驚いたかのように焔の大蛇は動きを止める。
「――待ってください!」
状況は流転する。
一人の少女の叫びがこの戦いを終わりへと導く。
声の主はバツの妹と共に居た、同じ学園の生徒だ。
「この人は!さっき私とみゅーちゃんを助けてくれました!」
少女は俺たちに毅然と告げる。
「この人たちは!私たちの友達で、先輩です!」
少女は炎の化け物に毅然と告げる。
そして、バツの妹もそれにつづく。
「炎を、消して下さい。彼らをこれ以上攻撃しないで。
でなければあなたは、"イバラシティ"を一人失うことになる」
決して退かぬ歩みを進める。
「わたしは、選びます。ここで生き残るためなら、
あなたを利用し、利用されることを選ぶ」
状況の理解が追い付かない。
あの化け物はイバラシティの味方だというのか?
「俺には『イバラシティ』を使って成し遂げたい目的がある。
不足だらけのひ弱なお前らには『アンジニティ』の力は欠かせない」
「――――小娘。今の解答、決して忘れるな。『価値』を示せ。
俺は石ころひとつひとつの中から拾い上げてやるほど気が長くない」
その傲慢な化け物はそう言ってのける。
そして、ツナグに歩み寄り、こう言った。
「こいつらは俺が預かる。いいな? 」
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フタバ 「預かるってなんだよ!駒みたいに扱うんじゃねぇ!金髪クソ野郎!」 |
どこからきてどこに向かっている怒りかはわからない。
ただ、動かない身体に鞭打って立ち上がり、そう叫んでいた。
「……はっ。そのご立派な剣で今何を成した?
全員を殺しかけただけだろうが。なあ、騎士"気取り"くん」
化け物はそう告げた。
『全員を殺しかけた』?俺が?
『今何を成した』?何も。
立ち向かったことが過ちだった。
躊躇ったことが過ちだった。
逃げたことが過ちだった。
この戦場で、俺は全てを間違えていた。
この怒りはどこに向けられたものなのか、やっとわかった。
――それは俺自身にだった。