
赤い空。舗装道路が割れて沈んで乗り上げて、倒壊したビルに最早原型の無い家屋。
この滅茶苦茶な街並みは世紀末とでも表現するのが相応しい。
景観こそ荒廃したイバラシティ、しかしイバラシティとは異なる次元の世界──それが“ハザマ”。
侵略戦争の試合会場となったこの世界で、俺は魔法少女への変身を余儀なくされた。
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うさ子 「……なんか知らんがバケモノ倒せた!」 |
相も変わらず意味がわからない。きっと誰も、身の危険を感じてうさ耳の少女に変身する成人男性の理解なんか待ってはくれない。
いつもの自分よりひと回りもふた回りも小さくなった手を握って開く。馬鹿げて小柄な少女の体は、間違いなく自分の意思で動いていた。
この華奢な細身で、襲い掛かってきた“化け物”を倒した。
ひび割れた道路に血の色をした泥濘が局所的に溜まっている。
先程までそこに、でろでろに溶解した化け物が蠢いていた。この世界に住まう生き物──
生き物で合っているのかは疑問だ──だったもの。あれは侵略者ではないらしいが、あれらを倒しても『世界影響力』とやらは上がるらしい。この世界での36時間後に影響力の高い陣営が勝利するルールとなっている。
案内人曰く、このハザマではイバラシティでの異能が活性化する。対して侵略者達属するアンジニティの住人達は本来の姿と記憶を取り戻し、両者の差がいくらか埋められた状態で争い合うというわけだ。
その特性のおかげで日頃ほぼ使わないうさ子の身体能力も不思議と馴染むというか、普段より必要な動きがわかる。儚い相手だったとは言え、得体の知れない血色泥野郎とも調子よく戦えたことに自然と頬がゆるんだ。
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鰐淵さん 「おうおう調子乗ってんじゃねェ、あんなの練習戦だぜ? だジョー。 侵略者共を追っ払ったじゃねェんだ、油断すんな」 |
鰐淵さんが忠告してくる。相変わらずテンポの悪い語尾を挟むものだ。
そりゃあ、うさ子の力だって万能とは言えないだろう。けれど明るい話に違いは無い。
なぜビジュアルが変化してしまうのかと問わずにいられないが、俺にも少しは生き延びられる希望があるということだ。
なにせ能無し。
いやまあ持ってる能力が気付きにくい力だったとか、晩年になってから開花したみたいな例は聞いたことあるが、発現してないだけにしろ無いもんは無いので相応に生きてきたのが俺だ。
力を貸してきた意味を疑ったこともある自分だが今回ばかりは鰐淵さんに感謝する他無い。実際こんな事態になってしまえば自分の頼りなさは嫌という程痛感するし、足を向けて寝られない。
ただ、何故よりによって俺に援助してくれるのかは依然わからない。彼は自分のことを話してくれないし、尋ねてもはぐらかされる。口を開けば大法螺を吹かれるか、俺を下僕扱いした発言ばかりだ。
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うさ子 「油断するつもりは無えけどよ。……なあ鰐淵さん。 流石に非常時だし、そろそろあんたが何者なのか教えてくれないか? なんで俺を知ってて、力を貸してくれたんだ?」 |
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鰐淵さん 「何者ってそりゃお前、プリティーでイカすサメだよ見りゃわかンだろ。 テメーはこの俺、鰐淵さんの下僕。ソレさえわかってりゃァ良い」 |
この調子だ。何も教えてくれない。
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鰐淵さん 「……だジョー」 |
忘れるならもう語尾要らないと思う。
実際、俺は鰐淵さんに力を借りている以上は彼のご機嫌を伺う必要があり、下僕と言えばまあ、頷けなくもないのだが。
何かと鰐淵さんは俺への当たりがキツい。おちょくって笑いもAのにするし、ファンシーなぬいぐるみのビジュアルに対してやたらとふてぶてしく可愛げがない。
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卯島 「因幡うさ子、ねえ。……この外観なんとかならない?」 |
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鰐淵さん 「貸してやってンだぜ? 文句言うなよ」 |
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うさ子 「いや、だって……」 |
因幡うさ子。うさぎの耳が生えた小学生ほどの少女。少女である。成人過ぎた冴えない野郎の変わる姿が少女である。
そのギャップも勿論無視できないのだが何より気になるのが、少しだけ、汐見莉稲を彷彿とさせる容姿であることだ。
莉稲というのは幼馴染を指す。生まれつき身体が弱く、うちで子どもの時からよく預かっていた縁が今まで繋がっている。。……当然ながら、俺が犯罪に手を染めているとは知らない。
脚に障害を持つ彼女は自力で歩くことも儘ならない。昔からなので俺も彼女の車椅子を押したり介助するのは慣れたものだ。──とか何とか紹介すると、彼女には同情じみた視線が向けられがちだ。俺は彼女の人生より彼女の人間性こそ注視されてほしいと思う。
彼女は気立ての良い善人だ。周囲との差があるまま育ったにも関わらず、人と一緒に笑って泣ける。誰かの幸せを願って日々を生きるような、心の豊かな人間だ。
俺がくずのような大人に育っても、彼女の距離は変わらない。
因幡うさ子がそんな彼女に似てると気づいてしまえば、幼気な容姿の悪用なんてできそうにもなかった。
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鰐淵さん 「うさ子の不満を述べるより先にやる事があると思うジョー。莉稲も来てるだろ、多分」 |
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うさ子 「……! そうか、あいつもあの脳内放送を見てたはずだ」 |
説明を聞く限り、空の色が変わった日に連絡を受けた者はみんな試合参加者と見做されているという。
兎にも角にも早いとこ莉稲を見つけてやらないといけない。
一刻も早く捜してやりたい。
こんな足場の悪いところじゃ彼女は逃げられないだろうから、早く。
──因幡うさ子なら、彼女に手を伸ばすことができるのだから。