
//side:イバラシティ
「社長、この後の業務についてですが」
「ああ」
革張りの椅子に深く腰掛けながら、クウィリーノは秘書の発言に相槌を返した。
手元の書類を読み進めながら、この後予定している業務内容を頭に入れる。
午前中には、春から放送予定のコマーシャル関連の仕事をこなしたばかりだ。
そういったつまらない仕事の後は、大体にして『楽しい』仕事が待っている。
今日も有能な秘書は、スケジュールの組み立て方にソツがないらしい。
「――以上が内容になります。道具の手入れは終わっておいでですか?」
「問題ないよ」
書類をぺらりとめくって、また次の文字列を眺める。
掃除道具の手入れは嫌いじゃない。
異能を使うだけの文字通りの掃除よりも、何もかもをこなすほうが楽しめるからだ。
それに最近は、後片付けに有用なものも手に入った。
お陰でその分だけ雑事に惑わされず、煩わされず、好きなことを出来る。
思い描く絵をそのまま描くように、滞りなく進められるのはひどく心地が良かった。
「社長、ご機嫌がよろしいですね?」
「んー……、そうかな?」
「ええ」
「そっかぁ」
理由を尋ねない秘書は、代わりにクウィリーノの手の中の書類にちらと視線をよこした。
だからクウィリーノも応えるように、口端を持ち上げる。
そうして心得た秘書が心に留めたところで、ピピピ、と電子音が響いた。
どうやら時間のようだ。
それと同時に、もうひとりの秘書が音もなく現れた。
「お時間です」
「はーい✩」
語尾を軽く上げながら、椅子から立ち上がる。
今日の掃除に随行するのは彼女のようだ。
実に職務に忠実で、滞りのない流れだ。
「じゃ、行ってきますか。あとはよろしく」
「承りました」
「そっちの準備も良いね?」
「全て滞りなく」
「ん」
歩きながら上着の内ポケットを外からなぞると、冷たく硬い感触が返ってくる。
いくつか仕込んであるそれらの内、今日はどれを使うことになるだろうか。
鼻歌でも繰り出しそうな軽快さで、秘書によって開かれた扉をくぐろうとする直前、ああそうだ、と振り返る。
「その書類、片付けておいて」
「かしこまりました。お帰りをお待ちしております」
そうしてクウィリーノはひらりと手を振って、その場を後にした。
残された秘書は、机上の書類を手早くまとめると、分類通りに整理していく。
その内の数枚は、とある調査報告書だ。
篁雪里、と書かれたそれは、鍵のかかる書庫に仕舞われた。