其は世界を食らう者、限り無き捕食者なり。
…ここはどこだろうか。
身体がぼんやりとし、思考もぐるぐると定まらない。
先ほどまで何をしていたか、それさえも思い出すまでに少し時間をかけそうだ。
とにかく、ここから移動しよう。
考えるのは後でも遅くはない。
まだ目覚めきっていない頭を無理やりにでも動かし、おぼつかない足取りで歩く。
其は欲望を抑えられぬ者、穢れし異形なり。
…いやに身体が動かしにくい。
まるで大きな石を引きずるかのようだ。
それに全身を回るような火傷の痛み。
それらは思考を妨げ、何か思い出すことすら遠ざけていく。
ほんの少しだけ、歩くことが億劫になった。
しかし、それ以上に、ずっと深刻で、どうにかなりそうな感覚。
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※ 「…おな か すい た」 |
付きまとう飢餓感、それはどうしようもない不安と恐怖を与える。
何でもいい、何かを食べたい。
…ふと、道端に転がっていた石に目を止める。
これは食べられるものなのだろうか。
そのように思考に移るには、あまりにも理性が足りなかった。
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※ 「…」 |
石を拾おうとするが、違和感を覚える。
…自分の腕が無い?
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※ 「…?」 |
何か、思い出しそうだが、それ以上に酷い飢餓感だ。
早く食べたい、そう思うと余計にそれは深刻となる。
…幸いにもどうやら腕の代わりに髪が動くようだ。
髪で石を拾って、それを口に放りこむと、そのままかみ砕く。
さくさく、とクッキーを食べるような、軽快な音がした。
音だけではない、この甘味はまさしくクッキーそのものである。
いつのまにか、石はクッキーへと変化していたのだ。
…それでもまだ飢えている、まだ食べたりない。
もっと、もっと食べたい。
そうでないとおかしくなってしまいそうで、取り返しのつかない事になってしまいそうで。
だから道端にあるクッキーを何度も何度も食べる。
大きくても、小さくても関係がない。
そこにあるから食べる、食べていい物だから食べる。
…おいしい、けれど満たされない。
すぐにまた飢餓感に襲われる。
逃げられない、どうすればいい。
少し考えようとするも、頭の中さえも空っぽになってしまう感覚。
食べたりない、もっと食べたい。
だから道端にあるクッキーを何度も何度も食べる。
おなかがすいたから、それは悪い事じゃない。
だっておいしい物は幸せになるから、悪い事じゃない。
甘美なる楽園は崩れ去り、後に残ったのは衝動のみ。
…そういえば、クラスメイトのみんなは大丈夫なのだろうか。
自分だけここにいるのならばそれはまだいいが、胸騒ぎがする。
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※ 「…」 |
そんなことを考えていると、いつしか大きな鏡の前に立っていた。
この鏡もおいしいのだろうか、ゆっくりと、歩を進める。
鏡に自分の姿が映る。
それを見て、ようやく、思い出した。
そうだ、自分は。
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※ 「…ぁ」 |
暴食の魔女などではない。
ましてや「飴宮 彩季」なんて少女は存在しない。
このあふれ出る飢餓感は、抑えられない欲望は。
それはきっと自分が壊れた魔女であるから。
彼の者の名は【飢餓の魔女】
失落の果てに、壊れ堕ちた者なり。
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飢餓の魔女 「…」 |
鏡はゼリーのように、ぷにぷにと、そして向こうの世界の「ソーダ」に似たような味がした。
ごちそうさまでした。
…ああ、でも。
どうやってみんなに謝ろうかな。