
空がまだ明けるべくもない丑三つ時から、私の1日は始まっている。
身体を伸ばし、布団をたたんで着替えて駆け出して。
猫車と道具一式入った袋をつかんで担いでランタンももって駆け回り、ゴミや糞尿を集めまわる。
適当なところの土を掘り、捨てるべきものを流し込んでは、混ぜてはかぶせて肥料にする。
燃えない危険物は別口で集め、各々にそれぞれ処理をする。
散水ポンプに川からひいてる水を汲み入れて運んでは、道にていねいに撒いてごみを汚れを流していく。
もちろんそのままになったらダメなモノは麻袋へ、トングと軍手で回収する。
回るさなかに見つけた困ったさん――飛んできたとか壊されちゃったとか壊れちゃったとかなんだろうな柵とか罠、捕まってるイノシシやシカ、アライグマやウサギやキツネやらやら引きずって、まとめたり、片づけたり、時には治したりだってする。
もちろん獣は放血をして、皮はぎ解体していく工程だってあるわけだし。
沢にドボンしてたり吊るしてあったりした獲物たちも、順次もろもろ処理がある。
他にも卵も産めなくなったニワトリなんかをきゅっと絞めてはまとめて薫製にして、お弁当にする準備もしたりする。
ほとんどねむねむしていて番犬にも狩猟犬にもなってない、老いたわんわの身体に櫛を入れてあげたり、水容れを洗ってさっぱりさせて入れ換えてあげたりすることもある。
そんなこんなとわやわやあちこち動きまわっていれば、空もだんだんと紅くそして明るくなりだしてくる。
明るくなれば朝がくる、今度はガッコの準備が待っている。
なにも変わり映えすることもない、赤と黒が交わる逢魔が時に。
「……ったく面倒くせぇですね。
……おっと始まってんのかこれ」
――唐突に。
声と映像が、飛び込んできた。
飛び込んできたのは、銀縁眼鏡のおにいさん?
ここらじゃ見たこともないパリッとした服、きれいな青いレンズを付けた、おそらく都会of都会のお兄さん。
たいていの人間――まず私もその中に入るんだろう――には関わりのない人だという、その人が矢継ぎ早に何やかやと言っていく。
あんまりにも唐突すぎてわからない、そんな話をまとめると
・私の住む村落がある、イバラシティが“侵略”されている。
・敵は“アンジニティ”という世界。ワールドスワップ――《世界交換》――で紛れている。
・スワップが成功すると、丸ごと交換しちゃいますよ。
――て感じ、みたい。
がああ!! 流れていった声が映像が途切れてしばらくして。
なんだったんだろうと首をかしげてほどなくして。
なかったことにはしようとは思わなかったんだよね。
なんとなく、気になったって、その程度。
侵略……侵略?
国語で聞いたことはあった気はしたけど、なんだっけ……?
非常用灯りとギリギリ入るか入らないかの連絡手段。
ナビやとがったーやイバラインのために使う、スマートフォンをとりだして。
調べれば、辞書にはこう書かれていた。
【“侵略”】
それはある国家・武装勢力が別の国家・武装勢力に対し、自衛ではなく、一方的にその主権・領土や独立を侵すことである。
“侵略”
それは私には、国語で聞いたことがあるかもしれない位の――およそまずかかわりあうことがないであろう、異世界の言葉のようだった。
だって私が住まう村落に、侵略をする価値があるのか問いたいくらいで。
もしそんな価値があるならば、むしろたくさん来てほしい。
私の住まう村落は、――どんどんと朽ちて、ひとがいなくなっているのだから。
私が住まう村落は、コヌマ区にある大きな村落。
んー……?
“大きな村落”といえば聞こえはいいかもしれないのだけど、限界集落なんだよね。
あ、ちがった。
限界集落だったらおじいちゃんおばあちゃんがたくさんいるんだって位はわかるんだ。
どんな人がすんでいるかもいないかもわからなくなってしまった位に、さびれたさみしい村落なんだ。
畑付きの家があちらこちらに点在するこの村落は、むかあしむかしはたくさんの自給農家があったんだよってきいている。
だけどいまはほとんどが離農――つまり農家をやめてしまっていて、村を出て行っているわけで。
残る人に対して残された村落は大きすぎてみな手も回らず、よそとの交流もなくてずいぶんずいぶんたっている。
畑や林や道だって、手入れする大人なんてほとんどいない。
当然手入れをするひとがいなければ、畑は荒れて壊れたおうちや道がてんこ盛りとなっていく。
だから私はガッコの前に、行けるところを駆け回って手入れするのが日課となっていたりする。
そうでもしないと死んでしまう、そんなさびれた村落だから。
でもどんだけさびれた場所だって、ここが私が生まれたところ。
もすこししたらバイバイなんだと言ったって、ここが私の育ったところ。
大したことはできないんだってわかっていても、全部は無理だってわかっていても
手が届く、出来る限りに手を伸ばすから、だから少しでも元気で生きててほしい。
そんな日常を生きている。
昨日と同じ今日があり、今日と同じ明日がある。
それはほぼほぼかわることもなく、だけどだんだんと朽ちていく。
――終わりに向かって静かに続く、そんな日常がこの村落。
朽ちゆく村落にはひとがおらず、仕事も需要もありはしない。
お婿さんになって住んで添い遂げてくれそうなひとと言われてしまえばもっともっとムリがある。
明日を紡げるあてがない。
狩人になって自然と暮らしていくなら話は変わってくるかもだけど、私は血なまぐさいのはちょっとダメ。
狩りも処理も力仕事もできないわけじゃないけど、私にはどうにも合わないかんじ。
それなら街に住めるようになりたいな、って考えて。
でも大都会だと気後れするし、ひとが多すぎても人酔いしてしまうだろうとも考えて。
高校いったら出会いも増えるし、もしかしたら村に住んでくれるお婿さんを見つけて捕まえて帰ってこれるかもしれないしっていってみて。
コヌマ区にある避田高校や、タニモリ区にあるイバラ創藍高校。ツクナミ区にある相良伊橋高校とかブランブル女学院とか案ではいろいろ出たんだけれど、見学したり街をみたり土地をみたり、合う合わないと偏差値と下宿と金銭的なこと、ダメだった時にどこで暮らせそうか暮らしたいかってそういうこともいっぱいいっぱい家族会議した結果
チナミ区にある、梅ヶ丘高等学校の推薦狙いに落ち着いて
いまは小論文や面接対策・受験勉強をしてる日々。
村落には、当然もちろん塾なんてない、ガッコすらないくらいなのだから。
ならどうしてるかって、ひいおじいちゃんが昔とった杵柄と私のためだけにガッコの形をとってくれてる。
遠くの役所に申請して、形がとれれば問題ないのだといいながら。
今はいんたーねっとや通販が、あるかららくだねともいいながら。
私のガッコは私という名の生徒が1人、ひいおじいちゃんという名の先生1人。
内申も推薦もなんとかなるよといわれてて。
ものすっごい大ぽかさえしなければ、って上にはついていたけれど。
とりあえず、なんとかなるよというかするよといってくれている。
傍らにいる最後の身内、ひ孫に出来る最後のことだと、さみしそうに笑いながら。
もしダメだったならその時は、私はチナミ区で仕事を探そうかなとか思ってる。
なにもない村落で役割を仕事を探すより、ずっとずっと天国だから。
さびれた村落に居続けるより、ずっとずっと安心だからともいわれたから。
昨日と同じ今日があり、今日と同じ明日がある。
《世界の交換》――侵略だなんて、私には全く関係ない。
それこそ一昔前のウェブ小説ではやったみたいな? 異世界転生したら? て感じの
そんな遠くの、遠くのお話。
そう、私ハ 思ッテイタ。
ソウ、ワタシハオモッテイタ。